第三十話
ST-6防衛戦はこれにて終幕。
“ハングドマン”の機体反応の途絶。
ST-6方面防衛艦隊旗艦は、その突然の凶報に混乱の渦に叩き込まれていた。
「ギャレット最先任上級曹長の機体反応が途絶…!?」
「なんだと!?計器の故障ではないのか!?」
「う、嘘だろ!?彼はこの場ではユリウス隊長に次ぐランクのパイロットだぞ!?」
この世界の艦隊戦においてエースパイロットの存在は非常に重要な意味合いを持つ。
一握りのエースの中のエースであるランカーは、当然のように敵艦を直掩諸共粉砕する。
Dランク帯以上ともなれば、たった一人で数十隻規模の艦隊を粉砕することすらある。
その一角が崩されたのだ。
しかも、彼らからすればジャック・ギャレットという男は、この艦隊の最高戦力であるユリウスを型落ちの機体で撃破した怪物。それが墜とされた可能性が浮上したのだ。
「て、敵は上位ランカーを…それもBランク帯以上のトップランカーを用意していたのか!?」
「終わりだ…トップランカーが相手じゃ…ユリウス隊長も…」
その混乱と恐慌は艦橋要員たちへ急速に広まっていく。
「落ち着け貴様ら!ただ狼狽えるだけでなんになる!時間の無駄だ!あくまでも、機体の反応が途絶えただけならば、ジャミングされているだけの可能性がある!彼の機体の反応が途絶した宙域にはなにかあったのか?」
艦隊司令は冷静さを保ち、自身の部下を叱責すると状況を把握しようとした。
彼の叱責により、なんとか冷静さを取り戻した艦橋要員たちは彼の指示通り情報を集めていく。
「それが…なにもありません。敵の反応すら存在しません」
「彼の反応が途絶した時点でのログを確認します!…これは!」
幕僚の一人が何かに気が付いて声を上げた。
「どうした!なにかわかったのか?」
そんな艦隊司令の問いに対して幕僚は答えた。
「ギャレット最先任上級曹長の機体反応が消失する前、この宙域で敵の反応が不自然に消失していっています…これは…ジャミングでしょうか?」
それを聞いて艦隊司令は、得心が行ったとばかりに頷いて口を開く。
「間違いない…これはジャミングだ。おそらくは今彼は単騎で複数のランカーを相手取ることになっているのだろうな…ユリウス隊長に連絡しろ。ギャレット最先任上級曹長は現在ジャミングによって機体反応をかき消され、単騎で複数名のランカーを相手取っている可能性がある。至急その地点にSAFを送ってくれとな」
「了解!」
平静を取り戻し、ユリウスへと連絡する部下を見て一息つく艦隊司令。
(頼むぞギャレット最先任上級曹長…もしここを失い、我らが敗走することになれば…その失態によって、再びアトラス派がセバスティアーニ派に押されることになる。墜ちてくれているなよ…)
彼は、ジャックが墜とされたという最悪のケースを想像し、思わず冷や汗を掻く。
あの息をするように人を殺せる、人の心を持たないサディストであるセバスティアーニが権力闘争で勝利した場合、自分たちはまともに死ぬことすらできるか怪しくなるのだから…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『は、速いッ!なんだこいつ!?』
『か、カメラで捉えきれねぇ!?』
『う、撃て撃てぇ!弾幕を張ればいくら機動性があっても蜂の巣だ!』
『──という事で、当該宙域にSAFを何機か送って頂けないでしょうか?』
「ふむ、奴に限ってそんなことはないだろうが…まぁ、いいでしょう。複数の小隊を送りましょう」
『ありがとうございます!』
ユリウスは母艦からの通信を切ると、目の前の敵機へ躍りかかる。
『は、はや──』
『も、もう目の前に──』
『よくもボビーを!あ──』
「こちらユリウス、第5小隊並びに第6小隊に通達。ギャレットが当該宙域にて通信途絶。ジャミングをされている可能性があります。速やかに調査へ向かいなさい。仮にランカーと交戦中であれば、無理に割って入らず宙域を離脱してこちらへ通信を行う事。いいですね?」
『ファイブリーダー、了解』
『シックスリーダー、了解』
彼は友軍への通信を行いながら目に付いた敵を蹴散らした。
「全く人騒がせな…」
ユリウスは、そうぼやきながら偶々近くにあったSAF母艦を標的に定め、愛機“ヴァーチュ”を躍動させる。
「私の手間を取らせたのだ…相応の働きはしてもらいましょう」
『なんだ…!?馬鹿に速いぞ!?』
『間違いない…これはアステリアの第五世代軽量級機のレジーナだ!』
『軽量級なら…実弾であっさり沈むだろうがッ!』
彼の行く手を阻もうと、多数の直掩機から火線が伸び、鉄の暴風雨が“ヴァーチュ”に襲い掛かる。
しかし、その美しい紫の機影に攻撃を掠らせることすら叶わず、瞬く間に弾幕を抜けて距離を詰められる。
「鬱陶しい…墜ちなさい」
『ぎゃっ──』
『よくもやってく──』
「目障りです」
『に、逃げ──』
「邪魔です」
一機、また一機と踊るように敵を屠る“ヴァーチュ”。
やがて、直掩は全て墜とされるか振り切られ、ユリウスはSAF母艦に取りつこうとする。
『なんだ!あの機体は!?』
『あれは…レジーナ!?第三世代機に乗った格下に負けたポンコツじゃないのかよ!?』
『識別反応、Cランク帯18位ユリウス・フォン・アトラス!?オイオイ…親の七光りでランカーの座を買ったお坊ちゃんだって話じゃないのか!?』
『ええい!対空砲火であの親の七光りを蜂の巣にしろッ!』
彼らは、未だユリウスを親の七光りなどと侮っていたためか、対空火器による迎撃が遅れた。
それは、ユリウスの“ヴァーチュ”を相手取るにはあまりにも致命的であった。
「ふむ、随分と迎撃が遅かった…どうやら貴方たちは直掩が片づけるとでも思っていたようですね?全く舐めた真似を…身の程を知りなさい!」
ユリウスは、対空火器をレーザーハンドガンで次々と沈黙させ、右肩のプラズマキャノンをこの艦のバイタルパートに叩き込み、とどめとばかりにレーザーハンドガンで撃ち抜いた。
『そ、総員退艦!こいつただの七光りじゃ──』
『だ、駄目だ間に合わ──』
『い、いやだあああ──』
彼らは相手を侮った代償をその身で支払わされた。
「さて、次は…ほう?」
爆沈する艦からユリウスが離れると、そこへ高速で接近する機影があった。
それは銀色に塗装された、両肩に六連誘導ミサイル“THI-T3-6”、右手にマシンガン“THI-MG-03”、左手 にはリニアライフル“THI-LR-04”を装備した“THI-MM05-HELIOS”。
マクシミリアン・ルイスの乗機“クリティカルパス”である。
『チィ!遅かったか!識別反応Cランク帯18位ユリウス・フォン・アトラス…!』
「識別反応、Dランク帯29位マクシミリアン・ルイス。なるほど、こちらへ来ましたか…」
『難敵だが…グレイブス隊長がギャレットを討ち…ここへ来るまで足止めするッ!』
「精々…私の前に立った自身の愚かさを呪いなさいッ!」
ユリウスは不規則な軌道でルイスの“クリティカルパス”へ接近する。
ルイスは、“ヴァーチュ”の動きを制限するべくマシンガンを撃ちながら、両肩の誘導ミサイルを放つ。
「なるほど…誘導ミサイルとマシンガンで動きを制限し、その左手の火器でとどめを刺すつもりですか?…舐められたものだ」
『なんだと!?ええい!第五世代の軽量級機の機動性はこれほどに…!』
“ヴァーチュ”は、ブースターを全開にしてマシンガンの火線を躱しながらミサイルのいくつかを振り切り、未だ追尾してくるミサイルをレーザーで迎撃した。
『だが!この瞬間を待っていたッ!』
ルイスは、ユリウスがミサイルの迎撃に意識を割き、自身の動きから意識が逸れた隙を狙い、“ヴァーチュ”のコックピットブロックをリニアライフルで狙撃した。
『なッ!?完璧に決めた筈ッ!』
「この程度…予測の範囲内です」
しかし、それはユリウスに完璧に読まれていた。
爆炎を切り裂き襲い掛かる、偏差射撃による必殺の弾丸がプラズマの壁に阻まれた。
ミサイルを迎撃する瞬間、“クリティカルパス”の方に向け左肩のプラズマシールドを展開したのだ。
それにより、ルイスによる必殺の狙撃は防がれることになる。
『な、ならば!時間稼ぎに徹するまで!』
「ふむ、これは防がなければコックピットを正確に撃ち抜かれていたか。この男の狙撃能力は中々厄介です…ここで墜とす」
“クリティカルパス”は両肩のミサイルを発射し、左手のリニアライフルと右手のマシンガンを発砲、“ヴァーチュ”が近づけぬように火線を伸ばしながらブースターを全開にして後方へ下がる。
「ほう、時間稼ぎに徹するつもりですか。なんとも甘い考えだ」
『ぐぅ…これでも駄目かッ!?』
しかし、“ヴァーチュ”は踊るように火線を躱し、プラズマキャノンを発射してミサイルの内の一発にぶつける。
その直後、プラズマ爆発がミサイルを飲み込み、12発の誘導ミサイルは全て誘爆する。
『ならば!もう一度ッ!?ぐッ!?』
「終わりです」
再び、手持ちの火器を撃ちながらミサイルを発射しようとしたルイス。
しかし、ブースターを全開にした“ヴァーチュ”が“クリティカルパス”に急接近、速度を緩めることなく強烈な蹴りを放ってそれを止めた。
「墜ちなさい」
『グレイブス隊長…申し訳──』
ユリウスは、強烈な蹴りで動きが止まった“クリティカルパス”のコックピットへ、容赦なくレーザーブレードを突き立てる。
直後、“クリティカルパス”は爆散。
彼は敵ランカーの撃破を確認すると、母艦へ通信を入れる。
「こちら、ユリウス・フォン・アトラス。Dランク帯29位マクシミリアン・ルイスを撃破した」
『了解しました!ところで隊長、ギャレット最先任上級曹長の安否ですが…』
「なにかわかりましたか?」
『彼は無事です。Cランク帯17位ギルバート・グレイブス並びにEランク帯35位カチュア・レードフ、Fランク帯46位強化人間104号の撃破を確認。その…全て彼がやったようです』
「ほう、では私が仕留めたものでランカーは最後ですね。勝ち戦で無駄な被害を出すわけにはいかない…ランカーがいないとはいえ、油断しないようにと全軍へ伝えなさい」
『了解しました!』
ユリウスは母艦との通信を切ると、溜息をついて呟く。
「全く人騒がせな…まぁ、いいでしょう。きちんと仕事はやっていたのだから」
そう言って、彼は再び機体のブースターを吹かし、艦隊戦の真っ只中へ飛び込んでいく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ハングドマンへの補給を急げ!」
「誘導ミサイルはどこだ!?」
「在庫切れです!」
「ハァ…」
あー…もうマジで無理…
なんもしたくねぇ…
かつての戦友が変わり果ててた上に、それを自分の手で殺すとか…
グレイブス大尉…あんた…何があったんだよ…
昔のあんたは公明正大な正義漢だったじゃないか…
売り言葉に買い言葉とはいえ…俺そんな人に向かって、“変わる必要が無かったんですよォ!あんたと違って…俺は顔も頭も性格も良かったんでねぇ!”とか言っちゃったのか…
あぁ…もう…一生引きずりそう…
グレイブス大尉…昔のあんたはサリヴァン総司令官からおもしれー男要素を抜いて、100%真面目にした感じだったじゃん…
なんであんなヒャッハーな口調に…
しかし、なんで…エンブレムが教皇の逆位置だったんだ?
つーか、なんで最初攻撃するときに声をかけた?
通信に割り込んだのは動揺を誘うためだけなのか?
「なぁ、グレイブス大尉…あんた本当は……今の自分を俺に否定してほしかったのか?」
教皇の逆位置の意味って確か…
「”守旧性”…”偽善”…”不信感”ねぇ……なんともまぁ…」
「すみません、ギャレット最先任上級曹長」
なんだてめぇこの野郎!?
人が死ぬほど落ち込んでるときによォ!
「…ああ、なんだい?」
「誘導ミサイルがもう残っていません。今ミサイルポッドに入っているのが最後です」
あー…はいはい…在庫切れね…
もうちょい多く持ってくればよかった…
次からはそうしよ…
「そうか…では、予備で持ってきた武装の“AE-PM-03-TRIGLAV”に右肩の武装を換装してくれ。ところで、左肩のグレネードランチャーはどうかな?」
「わかりました。右肩をプラズマミサイルに換装します。グレネードランチャーはまだ弾が残っていますが…いかがいたしますか?」
うーん…プラズマキャノンに変えるかなぁ…
いや、それじゃエネルギー兵器ばっかになるし…
そのままでいいや
「グレネードランチャーはそのままで頼む」
「了解しました」
はぁ…そろそろ補給終わるか…
それじゃあ、そろそろ出撃準備を…
『敵艦隊が撤退を開始!繰り返す!敵艦隊が撤退を開始!』
『追撃は無理のない範囲で行うように!』
「なるほど…終わりか」
まぁ、あんだけランカー討ち取ったらそうなるか…
周りの歓声がうるせぇな…
「アルビオン星系の方はどうなってるやら…」
ヒルデの話が正しけりゃ…俺がこうしてここにいる以上、既にタイタン・ヘヴィ・インダストリーズは攻め込んでいてもおかしくねぇな。
サリヴァン総司令官たちが第四世代機に乗り換えてるなら…まぁ、なんとかなるだろ。
レンくんの復讐ゲージ溜まんなきゃいいけど…
「これで、本当に攻め込んできていたら…」
ヒルデにお礼しなきゃいけなくなるなぁ…
なにさせられるんだろう…(恐怖)
それが一番怖いわ…
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