第十七話
ジャック、お前には休日なんかないぞ?
中央星系、惑星キャピタル。
スコルピオーネ運輸、社長室。
その部屋の主、セバスティアーニは不機嫌そうな顔で、デスクの上の端末と部下からの報告書を見ていた。
「チッ…ルキウスの野郎…交渉相手が身内なおかげで随分と交渉が上手くいきそうじゃねぇの」
その報告書には、ルキウスが今回の敗戦によって得られない可能性がある、アルビオン星系のステラリウム利権の10%を交渉で勝ち取ったことなど、アステリア・エレクトロニクスの輝かしい外交勝利について書かれていた。
当然、彼もそれを座して見ていた訳では無い。
「軍部の暴発や…世論工作でアステリアとの戦争継続を煽ったが…どうやら予想以上に将兵の質が低下し過ぎてるみてぇだな」
そう言って、彼は端末に表示されているニュースの記事を見た。
“ギャレット最先任上級曹長が青年将校の反乱を単身で鎮圧!?”
そんな見出しの飛ばし記事が、彼の煽った火種があっさりと踏み消されてしまった事を示していた。
「ギャレットを拉致して、無理やり担ぎ上げようとした発想は良い…」
「だがよぉ…なんで数十人がかりでギャレット一人拉致できねぇんだよ!フル装備の兵士がそんだけいれば、普通は強化人間でも鎮圧できるだろう!?」
「どんだけ無能ならそうなるんだよ!?挙句、ぶちのめされて計画全部ゲロしたとか馬鹿かよ!?」
彼は溜息を吐いて言った。
「大して期待はしてなかったが…それでもがっかりだな。支援の仕方も俺には辿りつけないようにしといて正解だったぜ…」
「ま、いいさ。計画なんてのは失敗を前提に次善策を練るもんだからな」
「ルキウスの派閥が勢いを取り戻す前に、あいつの派閥を切り崩しとかねぇとなぁ…それと──」
彼は端末を操作して、活発そうな身形のいい美少女の画像を表示した。
「テンプル常務…いや、まだ専務か。あいつの派閥を丸々取り込みてぇな」
「デリックは徐々に権勢を失って、あいつの派閥は早晩消滅しそうだからなぁ…もう既にある程度は取り込んだが…」
「だが、それはルキウスや他の連中も同じだからなァ…」
「もっと…ルキウスの交渉を土台からぶち壊して、弱腰な連中を全員戦争に賛成させるような…スキャンダルが必要だ」
「あー…ユリウスが民間人虐殺してくれりゃあ楽だったんだがな」
セバスティアーニは心底憐れむような顔で、端末に映る少女を見る。
「この嬢ちゃんも可哀そうに…父親が最初から俺に服従してりゃあ、尊厳を踏みにじられて死ぬようなひでぇ死に方はしなくて済んだかもしれねぇのになぁ…」
「そして、デリック…愛息子に引き続き…愛娘までアルビオン星系の連中に奪われるんだ…想像しただけで胸が張り裂けそうだ…」
「よし!そんじゃあやるか」
彼はわざとらしく憐れむのをやめ、通信端末でどこかへ連絡をし始めた。
そして、彼らしく残忍かつ非道な企みを口にした。
「ああ、俺だ。ガキを拉致して始末しろ。実行犯はいなくなっても誰も気にしない奴にしとけよ?」
「あー…そうだなぁ…やるならアルビオン星系で防衛軍の仕業に見せかけたい」
「ンー…そうだなぁ…よし!偽造した命令書には、レイモンド・サリヴァン総司令官とジャック・ギャレット最先任上級曹長の名前を入れておけ!」
「あ?そりゃお前…わざとらしく発信源をアルビオン星系にした上で、生配信で殺すからだよ!で、命令書もそん時見せるってわけよ」
「あ?そんな事で騙されるのかって?問題ねぇよ!実際に重役のガキがぶっ殺されてて、そいつの兄貴は侵攻軍の一員だったんだぜ?」
「どいつもこいつも遺族や戦友による報復って思うだろうぜ?」
「ちゃんと犯人の顔と戸籍は偽造しとけよ?この前まで戦争やってたおかげで、行方不明になってる軍人は大勢いるから楽でいいよな!」
「じゃあ、頼むぜぇ」
そう言うと、彼は通信を切った。
「さてと…真偽はともかく、防衛軍の英雄たちによる報復があったんじゃ、交渉どころじゃねぇよなぁ?そうなりゃルキウスは失脚確定だぜ?」
「そんでもって、こんな事する話の通じない連中とは交渉するだけ無駄って事で、この前俺の案に反対した役員どもも賛成側に回んだろ」
「それに、俺の報復戦争にもデリックは快く協力してくれる事だろうしな…」
「ま、そういう事で嬢ちゃんやアルビオン星系の屑どもには、俺の出世のための踏み台になってもらおうじゃないの!」
愚か者は更なる惨劇を求める。
自身の我欲を満たすため更なる流血を求める。
彼は考えない、その謀略が失敗した際のリスクを…
彼は考えない、自身の失敗を…
なぜなら自身は己が力でここまで上り詰めたから。
なぜなら自身の選択はいつも正しいから。
彼は忘れた。
そこへ上り詰めるまでは確かに持っていた慎重さを…
彼は忘れた。
そこへ上り詰めるまでは確かに持っていた思慮深さを…
故に、破滅は免れない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いやぁ…最近激務だったけどようやく休みが取れたね!
この前の休みは“最先任上級曹長は戦争というものを理解しておられない”とか言ってたゴミ屑が、“我々の壮挙に協力して頂く。もちろん拒否権はありません。あなたの様な戦う事しかできない者を導く事こそ我らの使命!”とか言って囲んできたせいで、全然休めなかったんだよねぇ…
むかついたから全員叩きのめしてやったよ。
虫けら風情が俺に逆らうからそうなるんだよな!
「しかし…武装蜂起すらまともにできん無能風情が…私を導くなどとほざくとは…失笑ものだな」
戦う事すらできないあいつらは生ける生ごみ。
死んだ方がマシだな。
「貴官らもそう思うだろう?」
「うぅ…化け物め…」
「こいつ…人間じゃねぇ…」
「ほう、少女をこんな場所に連れ込んで殺そうとした下衆どもが…よくもほざく」
せっかくの休みにテメェらはなにしてくれちゃってんの?
久しぶりに趣味のドライブしてたら、AL2は久しぶりだったから土地勘全然なかったんよ…
そんで道に迷ってたら廃工場群みたいなとこに出て、なんか車止まってるから道を聞こうと思って近づいたら、軍服着た連中が必死に抵抗する幼女を廃工場に引きずり込んでんのが見えちゃってさぁ…
見捨てたら寝覚め悪いから、通報だけしとこうかと思ったらさぁ…
幼女と目が合っちゃったのよ…
つまり、この幼女の記憶には俺のハンサム顔が刻まれたわけね?
そうすると、この娘を拉致したのがペド野郎だったら…
助けなかった俺の事を一生恨むんじゃね?
そうなるとさぁ…俺がなんかする度に強烈なアンチとして粘着してきそうじゃん?
つーわけで、助けに行ったわけよ。
そしたら、“これからお前をつま先から切り刻んで殺す”とか言ってたから、反射的にそう言ってた奴を撃ち殺しちゃった♡
そしたら、兵隊とは思えないその辺のチンピラを集めたような連中がぞろぞろ出てきた。
軍服は本物かな?横流し?それとも死体漁り?
それか、この前の青年将校(笑)みたいな屑かな?
ま、後で存分に捜査してもらうかね。
いやぁ…それにしても銃弾を避けられる身体能力で良かったわ!
この世界マジで人間の身体能力バグってるからね…
鍛えたらできるかと思ってやってみたらできちゃった☆
チートスペックじゃなきゃ死んでたぜ!
それで、だ…
「…ぐすっ…パパ…」
この娘どうしよ(白目)
身形からして明らかに富裕層だよね?
「もう大丈夫だ。君を傷つけようとする奴らは…お兄さんがやっつけた」
えーと…こんな感じ?
前はこんな感じだったような…
この前のAL4αコロニーじゃ、俺は連戦でグロッキーだし機体もガタガタなんで戦いの後艦に戻ってたし、次の日はSAFで瓦礫片づけたりしてて民間人の対応とかは歩兵たちに任せてたんだよなぁ…
思えば、戦地にいる民間人へ接したこととかほとんどねぇな…
「ずびっ…ほんとに?…」
「ああ、本当だ…でも、ここから出た方がよさそうだ」
銃持った人間の足音が複数…不規則だから訓練されたプロのものじゃない。
多分、こいつらどっかの馬鹿が送り込んだ鉄砲玉かなんかだろ。
「ん?こいつらが持ってるのは指令書…?な!?」
おい…なんで俺やサリヴァン総司令官の名前で幼女が惨殺されそうになってる!?
俺そんなん知らんよ!?
戦場でかち合った少年兵でもなきゃ幼女なんか殺さないもん!
「…だが、今はとにかく急ごう。ほら立てるか?」
「う、うん…」
「よし、じゃあ行こう」
とりあえず幼女連れて脱出。
車乗ったら…ながら運転はヤベェけど、とりあえず助けに行く前に通報したけどもう一回状況代わったって通報しとこ。
サリヴァン総司令官に連絡して助けてもらお。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
惑星AL2、防衛軍司令部。
総司令官執務室。
その部屋のデスクで、サリヴァンは報告書を読みながら眉間に皺を寄せていた。
「はぁ…この前の戦いでベテランを大量喪失したのが痛いな…特に俺が連れて来た元GISDFの教官とかが死んだのが痛すぎる…」
「将兵の質の著しい低下が…ん?」
突然、彼の携帯端末が鳴り始めた。
「お?この着信音はジャックか…休日中あいつが連絡してきたときって、いつもトラブルに巻き込まれてるからなぁ…」
「また、青年将校が武装蜂起しようとしてたのか…はぁ…もしもし?」
彼はぼやきながら通話を始めた。
『もしもし!?サリヴァン総司令官ですか!?』
「おう、今度はなんだ?コロニーが独立戦争でも仕掛けてきたか?」
『殺されかけてた身形の良い幼女を助けたら、我が軍の軍服を着た連中が追って来てます!うわっ撃ってきた』
「は?え?幼女?軍服?…とにかく追われてるんだな?わかった応援を出す」
『もうやだよぉ!パパぁ!』
『大丈夫だから!頭下げてろ!!!クッソ!新車にバカスカ鉛玉ぶち込みやがって…』
サリヴァンはスピーカー越しに聞こえる、銃声とガラスの割れる音、少女の悲鳴を聞いてのっぴきならない事情だと理解する。
「お前の車のナビゲーションシステムから人工衛星経由で座標を特定して、すぐにそっちへ増援を送る!赤い腕章してるのは味方だから撃つなよ!最先任上級曹長暗殺未遂って名目で兵を動かしてやる!」
『了解!できるだけ早くしてくださいね!あっ!やっべ…』
「おい、どうした?おい!」
通話は途中で切れた。
サリヴァンは内線ですぐに指示を出す。
「俺だサリヴァンだ。ギャレット最先任上級曹長が今暗殺されかけている。彼の車の座標を割り出して救援を送れ!」
「なお、犯人は我が軍の軍服を着ているため、識別の為に赤い腕章をつけろ!つけなきゃ最悪ジャックにぶっ殺されるぞ!彼は暗殺犯に殺されかけた少女を保護して、共に逃げている!間違っても少女を撃つな!」
「尤も、状況が変化しているせいで彼らが車を降りて逃げている可能性もある。ヘリで上空から探す事も忘れるなよ!」
そう言って、彼は内線の通話を切った。
「ジャック…お前…今度はなにに巻き込まれたんだ!?」
「あいつがこうやって巻き込まれるトラブルって、大抵の場合は放っておいたらとんでもない事になるんだよな……“ワルキューレ”に食玩渡すの止めれば良かった…」
頭を抱えるサリヴァン。そんな彼の脳内で、この前の青年将校の暴発と今回の一件が点と線で結ばれる。
「…誰かが意図的に介入してるのか?この前の暴発は他の企業がアステリアと俺たちを潰し合わせようとしてるもんだと思ったが…」
「今回襲われかけていた少女が…アステリアの人間の身内なら…意図的に講和を阻止しようと?」
彼は確たる証拠はないが、今回の一件も何者かの企みなのではないかと考えた。
「だが…証拠がないな…」
「今はとにかく二人を保護することを考えるか」
彼は思考を打ち切り、ジャックたちの安全を確保するために動き出す。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
中央星系、惑星キャピタル。
その周辺の宙域に浮かぶコロニー“コモン3”。
そこには、アステリアグループ傘下“アステリア・スティールワークス”のオフィスがあった。
“アステリア・スティールワークス”の社長室で、一人の男が唖然とした表情で端末の画面を見つめている。
移っているのは廃工場と思わしき廃墟で、そこで軍服を着た男たちが血眼になってなにかを探している。
「なにが…起きてるんだ?娘は…アンジェラは…助かったのか?でも…なぜ…?」
彼…デリック・ノーマン・テンプルは画面を見つめてそう呟いた。
先日の事だ、彼が出社すると会社に“娘を誘拐した。通報すれば娘の命はない。この日付の生配信を見なければお前は二度と娘の顔を拝むことができない”などと書かれた手紙が届いた。
そして、実際に彼の娘は誘拐されていた。
その後、彼の娘…アンジェラ・エリー・テンプルは必死の捜索も虚しく、彼女や誘拐犯につながる情報や証拠は見つからなかった。
そして、今日彼は生配信で殺されようとする娘の姿と…
なんか乱入して、銃弾をすり抜けながら武装した犯人を銃で打ち抜き、放り投げた後手足を叩き折り、次々と無力化していくジャックの姿を見せられた。
「あ…あれは…ジャック・ギャレット?そ、そうだ!犯人たちの服装もアルビオン防衛軍の軍服ではないか!?」
「では…娘がいるのは……アルビオン星系…!?」
彼の顔から血の気が引いていく。
よりにもよって、自身の愛娘はアステリア・エレクトロニクスに攻め込まれた星系にいるのだ。
彼の脳裏には、自身が役員になるまでに間近で見てきた戦火で荒廃した惑星から逃げ遅れ、家族諸共凄惨なリンチの末に死体を晒される同僚の姿が浮かんだ。
その際に、年端もない幼子すら惨たらしく解剖まがいの殺され方をしていた事を思い出す。
それが自分の娘に振りかかる。
そう考えただけで彼は今にも吐きそうだった。
「はぁ…はぁ…おお…アンジェラ……なんということだ…」
彼は青白い死体の様な顔で、うわ言のようにそう呟いた。
そんな彼の端末から着信音が鳴る。
「なんだ!?…ルキウス?…そうだ…やつなら…」
彼は一縷の望みを掛けながら通話する。
「もしもし?デリックだが…」
『ああ、デリック。ルキウスだ。前置きは抜きで…用件だけ話すぞ?…私が副社長になるのために協力してもらいたい』
「協力…?私は失脚したのだぞ?…既に常務への降格が決まっている」
彼は今更自分になにができるのだと、自嘲するように言った。
『協力してくれるなら…“アステリア・スティールワークス”のCEOの地位に留めてやれるぞ?…私としてはお前以外の者…それもセバスティアーニの手の物が就任する方が不味い』
そんなルキウスの言葉を聞いて、デリックは覇気を取り戻した。
脳内に浮かんだのだ。彼に下ればヴァレンタイン議員に娘を助命してもらえるかもしれないと。
「なるほど…そういうことなら…協力できるな」
(なるほど…こいつの言葉が仮に本当なら…セバスティアーニの派閥の切り崩しを防ぎながら、私の派閥にいた者を取り込むのに難儀しているようだな)
(まぁ、無理もない…こいつも儂のように一時は失脚寸前だったのだからな…)
彼は脳内で、自身が声をかければ共にルキウスの派閥に移るであろう者たちをリストアップしていく。
『それはありがたい。副社長になった暁には必ず専務に昇格させると約束しよう』
「ふん!調子のいいやつめ!もう、副社長になったつもりか?」
『おや?お前がいても私は副社長になれないか?』
「馬鹿にするな!儂がお前を副社長まで押し上げてやるわ!」
「だが…その前に一つ頼みがある…」
『ふむ、なんだ?』
「実は────」
その後、デリックの願いは聞き入れられた。
ルキウスからすれば、ジャックが保護していると知った時点で、それは無理難題でもなんでもないとわかったからだ。
愚者は謀り、父は縋り、蛇は笑う。
そして英雄は──
「うわーん!パパぁ!おうちかえりたいよぉ!」
「大丈夫だから!おうちに帰してあげるから!」
(俺の休日を潰しやがった屑どもは血祭りに上げてやる)
休日返上で戦う。
落日は慢心と共に訪れる。
だからお前はいつも酷い目に遭うんだよ!ジャック!
高評価とブックマークありがとうございます!
これを励みにこれからも投稿を続けていきますので、何卒宜しくお願い申し上げます!




