私の名前を当ててみよ
困った状況だった。
透けて、後ろの壁が見えるような女性と対峙しながら、俺は硬直していた。
「して、妾の名はわかったのか?」
現代の時代にそぐわない、時代劇がかったドレスを着た幽霊が優雅に問うが。
(わかるわけが……ありません!)
そう言えたらどんなに楽か。
けれど降参を口にした途端、身体を乗っ取られてしまう。
言えない。口が裂けても無理。
従って、ヒントのないこの状況、ただ沈黙で過ごしている。
(俺はどうすればいいんだ――?)
身体はまるで動かない。出るのは声だけ。これは、そう。世にいう"金縛り"。つまり、ちっともさっぱり逃げ出せない。
そもそもの始まりは、こうだった。
"古城を買ってホテルに改築しよう"。
友人とそんな計画をたて、売り物件を当たるうち、紹介されたここは、今までの中でも破格値だった。
なんでも"出る"らしく。
この国じゃ、ワケあり物件もそれなりに客を呼び込める。
ゴーストツアー。好きな人は、好きだ。
出ると言っても、実害はない。噂では稀にフワリと白いものが漂うだけ。
平気だろう。
そう思ってた。なのに!
寝室のひとつに、隠し通路らしい抜け穴を発見し、入ってみたら、奥の部屋で幽霊と出会ってしまった!
実害無しの白いフワフワ? とんでもない。
ばっちり全身視えてますが!
しかも金縛りで拘束状態ですが!
美人ですね、ろうたけた貴婦人!
その相手から、理不尽に"自分の名を当ててみろ"と問われ、今に至る。
「正解したら、城に居ることを許そう。ただし、外れたらその身体を貰うぞ?」
お姫様は氷のような瞳でそう言った。
「~~! 男の身体なんて、お姫様には合わないと思います!!」
「ホ、ホ、ホ。妾はこの地に縛られておる。ゆえに実体を得て外に出たいのじゃ。この際、贅沢は言わぬ。そなたは男にしては、なかなか愛らしい顔をしておるし──……。妾と色味も似ておる」
飴色の髪にアイスブルーの目を持つ姫様は、そう言うとふわりと浮いて。
滑るように近づいて、手に持つ扇子で俺の顎を引き上げた。
品定めをするように。
「あ、の、僭越ながらなんでこんな朽ちた小部屋に?」
亡くなったにしろ、もっと相応しい部屋があるだろう。
かと言って、罪を犯したなら城地下にあった陰鬱な牢獄や、敷地外れの塔じゃないか。
俺の言葉にお姫様の顔が曇った。
もとより青い顔色が、一層暗く、白くなる。透けっぷりが、背後の壁を映してくる。
と、お姫様が語るには。
昔、敵に攻め入られて、彼女はここに隠れたらしい。
扉を閉めてしまえば、中からは開けられない隠し部屋。
(げっ)
ギョッとして、記憶を辿る。
俺は後ろの扉、閉めてないよな。セーフ!
(何でそんな扉作っちゃったんだ?)
とは思うけど、隠れたまま誰も助けに来てくれなくて、どうなったのか分からず、気づけば地縛霊になっていたらしい。
"外で何が起こったのか、どのくらいの時間が経ったのか。
家族は無事なのか。自分のことを探しているのではないか"。
いろんな事が気になって、それを知るために外に出たい。
だから名前を当てろというのは、つまり……。
俺の身体目当ての無理難題だね?!
取引するフリして、横暴通そうとしてるだけだよね?
酷い。
(とにかく、何とかしてこの場を切り抜けなければ)
緊迫しつつ悩んでいた時だった。
「おーい、リジー。どこにいるんだぁー?」
遠くから、俺を探す友人の声が聞こえた。
(助かった! てか、助けて!)
ここだ。そう返事するより先に。
お姫様の幽霊が、興味深げに首を傾げた。
「リジー、と、言う名なのか。そなた」
「あ、はい。そうなんです。変でしょ、男なのに」
リジーは普通、エリザベスの愛称だ。
「実はうち、親も同じで、代々名前を受け継ぐ決まりなんです。祖先をたどるとエリザベスって王女様の名前らしくて。お城が落ちた時、行方知れずになってしまった彼女を探すために、名前を継いでいこうって、かれこれ数百年――。あ!」
そこまで言って、俺は気づいた。
「あなたの名前はまさか、"エリザベス"?」
「……この城を、お前にやろう」
俺は彼女の名を当てたらしい。
そして彼女も。知りたかった答えを得たようだ。
お姫様は満足そうにニッコリ微笑むと、溶けるように消え行いて。
途端に俺は、自由に解けた。
庭園の美しい古城ホテル。
観光パンフレットには、今はただ、そう案内されている。
お読みいただき有り難うございました!
しばらくぶりです。7月からの暑さですっかり体調を崩し、出現率が落ちている私です。
気がつけば7月後半。「今月の投稿作品が0作になってしまう!」と、他サイトに書いた短編を持ってきました。(多少加筆しています)
夏らしくゴーストもの。納涼となりましたら幸いです\(*^▽^*)/
なおジャンルは迷ってます。推理ではないよね…。ローファン?




