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異世界恋愛+α

実は身を引くつもりです。

掲載日:2026/06/04

 陽光弾ける水面を、豪華な船が進んでいく。

 船上では、大運河開通の祝宴が開かれていた。


 華やかに着飾った王侯貴族がグラスを傾け、談笑する。

 その一角で。


「いい加減現実を見て、身を引いてくださらない? エメリーヌ様」

「弱小伯爵家の分際で、王太子殿下の婚約者なんて。身の程知らずも良いところですわ」


 名だたる家門の貴族令嬢たちが、ひとりの少女を取り囲んでいた。

 少女は肩身を狭く……、恐縮しているようではあるが、その横幅は()()()()()()に見える。


「大体、見苦しいとは思いませんの? その体型」

「わたくしたちは皆、幼い頃より厳しく己を律して、プロポーションを維持してますのよ? ですのにあなたと来たら、お肉を野放しにし過ぎでは?」


 先頭に立つ令嬢が、扇子でエメリーヌを指し示せば、プッと周囲は吹き出した。


「本当に。今日みたいな(あつ)い日にサマードレスをお召しになれないなんて、お気の毒」


 なるほど、令嬢たちは皆涼やかに、薄手の布地やレースで仕立てたサマードレス。肩やデコルテを出す彼女たちに対し、エメリーヌは首まで覆った厚い生地のロングドレスでその身を隠していた。

 見えない首と、横に垂らした髪。頬を隠しているつもりだろう。おかげで顔サイズは、はっきりしない。


 おそらくドレスの中同様、()()()()()()()と予想できる。


「何かおっしゃったらいかがなの?」


 令嬢のひとりが詰め寄ろうとした時だ。

 凛とした声が響いた。


「そこで一体、何をしている」


「まあ! これは。アルマン殿下にはご機嫌うるわしゅう」


 歩いてくる青年に、令嬢たちが膝を(かが)める。青年の見目は涼やかで秀麗。けれども威厳にあふれ、堂々としていた。先に話題に出た、王太子アルマンだ。


「何を、と言われましても。女性同士、楽しいおしゃべりをしていただけですわ」


 代表格たる公爵令嬢が、アルマンに答えた。


「ほう。楽しいおしゃべり。遠目からは揃ってエメリーヌを責めていたように見えたが?」

「まさか。ただ未来の妃殿下と、交友を深めていただけです」


 令嬢たちから庇うように、アルマンはエメリーヌの前に位置取る。

 その表情はあくまで険しい。


「わかってはいるようだな? その通り、エメリーヌは未来の王太子妃だ。皆、礼を尽くすように」

「仰せのままに、アルマン王太子殿下──」


 令嬢たちが丁寧に身を折った。不服な表情を隠すように。


「大丈夫か、エメリーヌ」

「殿下……」


 エメリーヌが口を開きかけた時だった。


「海賊が出たぞ──!!」

 船が揺らいで、大きな声が事態を知らせた。


「な!」


 見慣れぬ船が接舷して、あっという間に風体怪しい男たちが飛び移ってくる。"運河に出るのは海賊(・・)で良いのか"、とか言ってる場合ではない。


「皆、奥へ!」


 アルマンが令嬢たちに声を掛け、抜剣しようと腰にやった手が、虚しく空を切る。

 船上パーティーのため、非武装だったのだ。


「ちっ」


 そんなアルマンの前に、エメリーヌが盾のように毅然と立った。


「殿下、ここは私が。殿下こそ、お下がりくださいませ。お嬢様方も後ろに」



「あ、あなたも逃げなきゃ」

 公爵令嬢がエメリーヌを促し、アルマンも慌てて婚約者を止める。


「待て、エメリーヌ。何をする気だ」


 と、彼らの前で、エメリーヌは厚いドレスを(まく)し上げた。


「こんなこともあろうかと、私、たくさん持ってきております」


「あああああ、ドレスを(めく)るなぁぁ! ここで出すなぁぁ!」


 ガン!

 ガラガラガラガラ!!


 大きな音と一緒に、エメリーヌのドレス下から様々な武器、救命道具、非常食、etc.etc.

 いろんな道具が落ちてくる。


「え?」


 令嬢たちの目が丸くなる。


「いざ、参ります」


 しまいにはドレスさえも脱ぎ捨て、軽装となったエメリーヌの手に、鞭が握られている。彼女は迷いなくタンと跳ぶと、海賊たちに応戦する騎士や水夫の輪に飛び込んだ。


「参るな──っ! くそ、この剣を借りるぞ」


 エメリーヌの残した道具の中から、手ごろな剣を拾ってアルマンも駆け出す。

 令嬢たちはその場に固まり、広がる光景に目を疑った。




 そして、しばらくすると。

 参戦したエメリーヌやアルマンの活躍に圧倒された海賊たちは、あっという間に鎮圧され。

 万雷の拍手が、船の上に鳴り響いた後。




 アルマンやエメリーヌは、公爵令嬢からの問いに答えていた。


「つまり、エメリーヌ様はアルマン殿下の仮初(かりそめ)の婚約者で、幼い頃から護衛の任にあった、ということですの?」


「はい……。正確には、ライフガード(命を守る者)? と申しましょうか。殿下のあらゆる危機に備えて、常にお傍にいるには、婚約者という立場がちょうどよいと……。幼い頃、王命を賜りました。護衛騎士の身分では入れない場所もございますから……。ですが、いずれ殿下に相応しいお方が現れた際には、私は身を引くお約束をしております」


「んまあああ、なんですの、それ! 乙女を何だと心得てらっしゃるのかしら!」


「わ、我が伯爵家は代々、"王家の剣"として国に仕える家柄でございますれば、これも大切なお役目かと……」


 エメリーヌの言葉に、公爵令嬢がアルマンに向けて、キッと厳しい視線を送る。


「俺は! エメリーヌのことを仮初(かりそめ)だとか、そんな風に思ったことはまったくない! いずれは彼女を妃にと心から望んでいる!」

「そんな、恐れ多い……」


 揺れるエメリーヌの瞳に、公爵令嬢がグイと身を乗り出す。


「い・い・え! エメリーヌ様っ。お受けなさいませ、殿下のプロポーズ。そりゃあ筆頭公爵家の娘の義務(・・)として、わたくしが王太子妃になりとうございましたが! 青春全部注ぎ込んで、太いフリまでして、わたくしたちに馬鹿にされてまで、長年殿下をお支えしたあなたは、報われるべきですわ!」


「義務、だったのですか……? 殿下へのアプローチが?」


「ええ、半分くらい。だから遠慮なんて不要ですのよ! わたくしは殿下の地位目当て。あなたは違いますでしょう? 本心から、殿下をお慕いしてるってわかりますもの」


 エメリーヌの顔が発火する。

 その姿は誰が見ても恋する少女だ。そして、惚れ惚れするほど美しい。


 一切の装備を外したエメリーヌは、あのふくよかさはどこへやら。よく鍛えられた痩身は、女性も見惚れるくらい引き締まっている。

 これをずっと隠していたなんて。

 危機に備える道具は、過剰過ぎじゃなかろうか。

 そこには仕事以上の気持ちが十分に見て取れた。

 アルマンのために心を砕いていたエメリーヌが、とてもいじらしい。


 公爵令嬢の言葉に、アルマンが目を逸らす。


「プ、プロポーズは、まだだ」


「殿下っっ!」


「いやだってそうだろう。こんな血だか、ワインだかがこぼれまくった船の上で、誰かに促されて求婚するなんて、あり得ない! 俺はエメリーヌを大事にしたい!」


「……それはそうですわね。では、先行きを見守っておりますので、頑張ってくださいませ」


「あ、あの私は本当に……」


「殿下っ! エメリーヌ様が消極的ですわよ! 宝石やリボンにお花……。いいえ、素敵なサマードレスをお贈りになってお心を掴んでくださいな」

「応援してます!」

「おふたりが結ばれる日を、楽しみにしておりますわ」


 エメリーヌを責めていたはずの令嬢たちまでいつの間にか、握りこぶしを作って輪になっている。


「んんっ。皆がこう言ってくれている。エメリーヌ、また日を改めて俺たちは仕切り直そう。差し当たって今日は、このマントを受け取ってくれないか」

「!」

「その……、ドレスを脱いで軽装になってしまっているだろう? 皆に見られないよう、キミを隠してしまいたい」


 肌を出し軽装で立ち回りを披露したエメリーヌは、アルマンから大きなマントでくるまれて船室に送り届けられる。


 耳元で囁いた王太子に、真っ赤に染まったエメリーヌを見送って。

「尊いものを見ましたわ~」と公爵令嬢たちは喜んだのだった。





◇◇◇


 奥まった船室に入ると、アルマンは後ろ手でパタンとドアを閉める。


「海賊の接近を許すなんて……。《隠形(ステルス)》の魔道装置でも使われていたのでしょうか?」


 エメリーヌが呟くように疑問を呈する。


「いや、それなら本船の魔力探知で気づけたはずだ。《爆速》かも知れん。猛スピードで追いついて来た」


 海賊たちは"金持ちの豪華そうな船"くらいにしか思っていなかったようだ。

 要人を乗せた客船は頑健な警備で、腕利きの護衛が多数乗船している。

 獲物の強さに驚き、返り討ちにされた海賊たちは最後、涙目で投降していた。こちらの被害はほぼなく、何をしに出て来たんだと言いたい。


「──あとで報告が上るだろう。そこで確認しよう」


 アルマンは言葉を切ってエメリーヌを見る。

 肌にそったボンテージに、マントを羽織っただけの姿。とても他の男に見せられない。侍女に命じて、急ぎ着替えを用意しなくては。


「それより皆が、きみの魅力に気づいたな」


 得意そうに口元を緩ませ、婚約者の髪をひとすくい。手で引き寄せて口づける。


「ッ! 殿下!」


「これから大変だ。あらゆる男が、きみに恋焦がれてしまう──。さっさと結婚してしまおう、エメリーヌ」


「っ、さ、先ほど"プロポーズはここじゃない"と」


 先ほど公爵令嬢に言ったのはブラフだったのか。散らかった甲板じゃないから?

 突然の言葉にエメリーヌの心臓は跳ね上がり、どうしようもなく狼狽した。


「もちろん正式なプロポーズは、もっと洗練された舞台できちんと用意して臨むつもりだ。だが予約をしておかないと、どんな不届き者が現れることか」


「そ、れは、問題ないかと存じます。私は"婚約者"という役目を預かっておりますので──」

「さっき自ら、ライフガードだと暴露してしまったじゃないか」

「あわわ……! 申し訳ありません」

仮初(かりそめ)の婚約者だなんて。何度でも言うが、俺にとっては"仮"じゃない」

「ですが……、王命です……!」


 そう命じられたから、育った気持ちに蓋をして、今日までアルマンに仕えてきた。任務のたびにどうしようもなく、ときめいてしまう自分を隠しながら。


 隣の王太子を(あお)ぎ見たエメリーヌの口元に人差し指を当てて制すと、アルマンはさらに甘やかに言い募る。


「父上は快くお許しくださるさ。もともとそれを見越しての縁談だったし」


 ぽそっと呟いた後半は、エメリーヌの耳まで届かなかった。

 アルマンとエメリーヌ。幼い頃の顔合わせで、相性を見越しての組み合わせではあったのだ。身分差で他家が反対するのを防ぐため、実績を積む必要があったことはエメリーヌには伏せられていたが。

 その間に、アルマンが彼女にとことん惚れこんでしまったことは、王の想定外ではある。


「んんっ、何にせよ、十年以上、俺を夢中にさせ続けて来た責任を取って貰わないと」


 力強くあたたかな腕が、エメリーヌの腰を引き寄せた。

 アルマンの逞しい胸に触れそうな近距離。どんな強敵にも怯まないエメリーヌがたじろいで目を伏せる。


「私ごときが……、許されるのでしょうか?」


「きみほど優れた女性を俺は知らない。なぜ"ごとき"なんて自己評価が出るのかわからないが、エメリーヌが妃になってくれないと、俺は一生独身だ。王統が途絶えてしまったら、伯爵家のせいだな」


「そ、それは脅迫です、殿下」


「こっちを見て。エメリーヌ」


 優しい手つきで顎を持ち上げられたエメリーヌの前には、真剣な眼差しをしたアルマンが。これまで見たことがないほど熱い炎を目に宿し、愛しい女性を真っ直ぐに見つめていた。


「俺のことが嫌いなら、諦める。だがそうじゃないのなら──。求婚させて欲しい。俺の女神よ。今まではきみが守ってくれた。だがこれからは俺に守らせてくれ。そしてこの先続く長い人生を、一緒に歩いて行きたいんだ」

「……!」


 それはもう、求婚の本番以外の何物でもない。

 互いに意識を掠めたが、ふたりとも止められない。止まらない。


「愛してる、エメリーヌ。どうか俺の想いを、受け入れて」


 果たしてどちらが先だったのか。近づいた唇が触れると、あとは互いに捕えあった。しばらくの口づけの後、ほっとエメリーヌが吐息を漏らす。続く言葉が、どこまでも甘美な響きを伴い、アルマンの耳に届いた。


「殿下、私も……。ずっと殿下をお慕いしておりました。許されるなら、あなたの妻としてどうかお傍に置いてください」


 アルマンの求婚は、成立した。


 ◇◇◇


 王太子と伯爵令嬢エメリーヌの結婚式。その招待状が各貴族家に届く日は近い。





 お読みいただき有り難うございました!


 こちら、"三題噺"と言いまして、三つのお題を組み込んで仕立てた小説となります。

 今回のお題は『あつい』・『拍手』・『リボン』でした。お題入れたというより、単語を強引に差し込んだ感ですみません…!(>□<;)

 これが難しく。構想はあったのに、上手くまとまらず。最後、締め切り間際一時間くらいで、一気に書き上げることに……!(;´∀`)

 テンプレとは異なりますが、楽しんでいただけましたら幸いです。

 功労者(お話を進めるため頑張ってくれた)の公爵令嬢ちゃんに名前がないのごめん……!( ;∀;)


 お話を少しでもお気に召してくださったら、ぜひ下の☆を★に塗り替えて応援くださいヾ(*´∀`*)ノ

 私もエメリーヌもアルマンも大喜びします。「もちろん、わたくしもですわ!」by.公爵令嬢。


挿絵(By みてみん)

 2026.06.06.23:55 こそっとラフ絵を追記です。


 2026.06.24.14:13 本文後半1000文字ちょい、追記しました。◇◇◇で囲まれた部分です。

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