余命一日。婚約破棄なら、ご勝手に!
建国記念の夜会で唐突に、王太子セジェルが声をあげた。
「メイブリット・モルク公爵令嬢、きみとの婚約を破棄する!」
「婚約破棄を受け入れます」
「考え直して欲しければ、僕がビルテを側妃とすることを認め──え? 受け入れ? る?」
「はい。ビルテ嬢のことも、どうぞご自由に」
即答したメイブリットに追いつけず、セジェルが目を瞬かせる。
加えて聞き返した。
「急になぜだ? 昨日まで、お前は"自分より先にビルテを迎えるのはダメだ、彼女とは距離を置け"とうるさかったじゃないか」
セジェルが言ってることは、こうだ。
彼は、正式な婚約相手として公爵令嬢がいるにも拘らず、男爵家のビルテを恋人にした。
複数の妻を許される国。
側妃を持つのは仕方ないと、メイブリットも割り切ってはいたが、ここでの問題は。
ビルテを先に妻とし、メイブリットを後から迎えるという順番にあった。
この国では、婚姻外の肉体関係は禁止。
もちろん貴族令嬢が婚前交渉など以ての外。
だから性欲盛んなセジェルは、一日も早く妃を迎えたいらしい。
メイブリットとの成婚は国家行事となるため準備が長く、あと二年待たなければならない。が、身軽な男爵令嬢ビルテなら、すぐにも迎えることが出来る。
彼はいまにもビルテを妻にしたかったが、そうするとビルテが先に子を孕むかもしれない。
国の法では、家督は長子が継ぐことになっている。
であればビルテが次期王の母となる可能性も出て来るが、それでは後に困る、というのがメイブリット側の主張だった。
なぜならビルテは、国母となるための研鑽をまるで積んでいない。
平凡な男爵家に生まれ、運良く王太子を引っかけたので王城に上がっているが、本来なら夜会にも呼ばれない身分である。
行く先々で礼儀を無視するビルテに対し、あまた苦情はメイブリットに届いていた。
頭の痛い話である。
それが今後も、この先の人生も続くとなると。手に負えないのだ。
だから、せめて結婚順は守って欲しい。
(無理なことは言ってないはずなんだけど、セジェル殿下自身が側妃様のお子だから、気にされてないのよね)
第一王子セジェルは側妃腹だ。だが長子。国法に則り、正妃腹の第二王子アロンを抑えて王太子となった。
セジェルとアロン、生まれた日はほんの数日違いである。
実は予定日では、アロンの方がずっと早かった。
けれど我が子を王位につけようと欲を出した側妃が、自身で早産を誘発。
結果、セジェルが先に誕生し、継承戦を制することになった。
しかし側妃は、己の命のみならず、赤子の命を危険に晒した罪を問われ、結局は廃妃に。
また、このことから王家は全貴族に、側室は正室の出産後に迎えるよう厳命した。
その命を王太子が、率先して破っちゃ駄目だろう。
メイブリットは何度もセジェルに訴え、自分たちが子を持つまでビルテとの結婚はないと彼を諭し続けた。国王にも密告って、叱って貰った。
それもあって、メイブリットへの不満を募らせたセジェルは──。
今夜、"婚約破棄"という暴挙に出たらしい。
セジェルは本気ではない。彼とて、公爵家の後ろ盾が肝要なことは、少ない知能で分かっている。
破棄と言ったのは、メイブリットに要求を呑ませるための方便。
なのにまさか、破棄を受け入れるとは。
彼女の返事に、セジェルも周りも停止する。
そんな空気をヒシヒシと感じながら、メイブリットは遠い目をした。
(セジェル殿下は脅しのつもりだったのでしょう? でも……我儘の尻拭いは、もうたくさん。それにわたくしの寿命は今夜まで。無駄な反対をしても仕方ないもの)
────メイブリットが自分の寿命を知ってしまったのは、まったくの偶然だった。
昨日、メイブリットは建国祭で使用する品々を出すため、宝物庫での作業に立ち合った。本来はセジェルの仕事だったが、彼が放り投げたため回ってきた案件だ。
そこでメイブリットが傾いていた展示品に気づき、直そうと触れた途端。台座のガラスに映った自分に、数字が浮かんで視えた。
001。
はっ、と慌てて手を引く。
(今のは──)
ガクガクと足が震え、呼吸が苦しくなる。
自分が見たものが何か、わかったからだ。
メイブリットが触れたのは、王家に伝わる秘宝・"死神の大鎌"。
遠い昔、死神が残したとされる大鎌で、生き物の寿命が見えるという。
そしてメイブリットの数字が、001ということは。
(わたくしの命は、あと一日ということ?)
その後のことは、よく覚えてない。
何人かの事務官と宝物庫の作業を終えた後、いつの間にか帰宅して、いつの間にか翌朝だった。
一睡も出来ないままに建国記念の行事が進行し、気が付いたら夜会の場で、セジェルからの宣言。
その間、頭の中をぐるぐると巡っていたのは、終わりのない後悔たち。
自分の人生は一体何だったのか。
王太子の婚約者に定められた時から、寸暇を惜しんで励み、学問と礼法を仕込まれた。
セジェルとは同い年なのに、なぜかいつも、彼の世話や後始末を押し付けられた。
セジェルは王太子としての自覚をいつまでも持たず、心のままに振舞うばかり。
ビルテ嬢と出会ってからは公務もさぼって、彼女と過ごしている。
その間わたくしは?
家臣たちの陳情を聞き、王家との調整をし、嫁いでもいないのに両者を取り持ち、他国とのやり取りに右往左往する。
官僚たちも逃げる王太子より、話が通じる婚約相手を頼りとする。
かくして山と積まれた書類、詰め込まれた予定、一度だって思い切りの休暇を許されず。
父に訴えてもみたが、彼は娘の有能ぶりを周りに自慢してばかりで、むしろ「お前から率先してやってあげなさい」と言うばかり。
彼からしてみれば、"未来の王妃の父"として周りに恩が売れる立場は望ましく、メイブリットの苦労より優先されることだった。
それでもいつか。
いま無理でも、この先にはきっと報われる時が来ると信じて、メイブリットは今日までやってきた。
なのに余命が残ってない?
海に行ってみたかった。
祭りを楽しんでみたかった。
心赴くままに街を歩いて、買い物をして、取り留めのない会話で友達と笑い合って。
恋だって、したかったのに!
(婚約破棄なんて些細な話、いくらだって了解してあげましてよ)
メイブリットはスンとした気持ちで、セジェルたちと向き合った。
「メイブリット? お前いま、意味がわかって頷いたのか? おい。無視をするな!」
「そうですよ、メイブリット様。強がって平気なフリしても、"構って欲しい"ってバレてるんですから、ちゃんとあたしたちの方を見て──」
(この方たち、どうしてまだ騒ぐのかしら。それに外野もザワザワうるさい。
そうだ。バルコニーに出たら、夜風が気持ち良いんじゃないかしら。
外には満天の星と、広がる城下の灯り……。
空を飛びながら、自分で幕を引くのも一興かもしれない)
ふらりふらりと歩み出たメイブリットは、そのまま手すりに手をかけた。
背後から、悲鳴が上がった。
バルコニーから飛び降りた公爵令嬢に驚き、誰かが叫んだのだと理解しながらも、メイブリットの瞳は天と地の星々を映して、その景色を楽しんだ。
それはとても美しく、逆さまになった天地も珍しくて──。
永遠のような一瞬は。
トサッ。
軽やかな音で終わりを告げた。
「やあ、驚きました、メイブリット嬢。思いがけない出会い方ですね」
「──。……! アロン殿下!?」
メイブリットの意識は、たちどころに繋がった。
自分がバルコニーから跳び、そして今、第二王子アロンの腕に受け止められた現状を把握する。
(ど、どうして? わたくし、相当な高さから落ちたはずですわ)
体重に落下速度が加わっている。とても青年ひとりで受け止め切れる衝撃ではないはずなのに。
平然とした顔をして、むしろ面白そうに微笑みながら、アロンがのぞき込んでいる。
「そこに誰が? えっ? アロン殿下ですか?!」
頭上から声がかかった。
メイブリットを追ってバルコニーに取り付いた人々が、アロンの姿を認めたらしい。
対するアロンは軽く顔をあげ、「令嬢は無事だ」と答えている。
涼やかな声はよく通り、豊かな声量で上に届いた。
「なぜ」とか、「庭に降りよう」等、騒ぐ言葉が聞こえてくる。
きっとすぐに人が来るだろう。
メイブリットはアロンの腕の中で身を捩った。
アロンの手に腕輪が光る。風の力を込めた魔導具。"なるほど、これで威力を消したのか"とメイブリットの理性が判じた。だとしても見事な調整で、さすが有能な第二王子だと感服しながら。
(でも今は、救けて欲しくなかったわ)
「っつ、どうして死なせてくださらなかったのですか? わたくしの命は今宵まで。綺麗なものを見ながら、終わりにしたかったのに」
メイブリットに向けられたアロンの瞳が、柔らかく細められ、赤く揺らめく。
(綺麗な……、ものを見ながら……)
緊迫した状況であったはずなのに、メイブリットはアロンに目を奪われた。
(殿下のお顔はこの上なく整ってらっしゃって、すごく綺麗だわ。セジェル殿下も容姿は優れているけれど、アロン殿下はさらに品良く落ち着いた色香がある。それにしっかりと鍛えられた長身で……。こんな方を見つめながら死に逝けるなら、わたくしも幸せではないかしら……。はっ! わたくしったら、なんて俗っぽいことを!)
今までも、メイブリットがセジェルに困らせられた時、助けてくれたのはアロンだった。
何度も会って、幾度か話したが、こんなに至近距離で彼を見た記憶がない。
婚約者がいる身には、若い男性と距離を取るのが当然だと思っていたから。
意識した途端、急に頬が染まったのは何の恥じらいか。
思わず顔を隠したメイブリットを、アロンの声が包み込んだ。
「あなたの命が今宵までとは、おかしいですね。俺の目には、メイブリット嬢の命は百歳まで、と、映っています」
(気休めだわ……!)
アロンの言葉は、慰めのための冗談。
逆に辛いと、彼女はみじめに目を伏せた。
「何もご存じないから……、そんなことをおっしゃられるのです。だって昨日……、わたくしは死神の鎌で自分の寿命を視てしまったのですから」
「寿命を? まさかそれで飛び降りたのですか?」
「ええ、わたくしが視た数字は001。つまり今日までということですわ」
荒唐無稽なことを言っていると理解ってる。
けれどもアロンも王家の一員。死神の大鎌の力は、知っているはずだ。
少し首を傾げたアロンが、彼女に問う。
「メイブリット嬢。もしやその数字は、鏡か何かでご覧になりましたか?」
「!」
その通りだ。
「え、ええ。台座のガラスに映った数字を視ました。それが何か……?」
「なるほど、そうか。それでいつも冷静なあなたが、こんな無茶を……」
ひとり頷くと、アロンは一層優しい声で紡いだ。
「おそらくですが、それは100が逆さに映ったのでしょう。だから001に見えた」
「え」
「鏡は、左右反転して映ります」
確かにそうだ、と、メイブリットは愕然とした。
彼はなおも補足する。
「死神は残り時間ではなく、命が終わる年齢を視ています。鎌の権能もまた同じ。安心してください。あなたは1歳で亡くなってはいないので、この先は百歳まで生きられますよ」
「──……え?」
アロンの言葉がじんわりと、脳に、心に、沁み込んで来る。
「大変な勘違いをされて、さぞ心細かった事でしょう」
「っく……!」
緊張が、切れた。
(じゃあわたくしは、大丈夫? まだ生きていけるの?)
「ふぅっ、う……っ」
ポロポロと、溢れた涙がメイブリットの頬を伝う。
(誰にも相談出来なかったわたくしの不安を、アロン殿下が消し去ってくださった)
「ふぇぇぇん……」
微かな声でメイブリットは、いろんな想いをないまぜに、ただ涙として外に零す。
セジェルと婚約して初めての、そして婚約破棄後、初めての感情の吐露だった。
か細く震える彼女を隠すように抱き止めたまま、アロンが耳元で囁いた。
「ずいぶんとご無理をされていたので案じておりました。ですが、後はお任せください。……確認ですが、兄セジェルとの婚約は、破棄のままということでよろしいでしょうか?」
なぜ外にいたアロンが、夜会で起きた婚約破棄を知っているのか。風の魔道具で聞いたのだろうか?
だとしても破棄のまま"任せろ"とは一体。
普段のメイブリットなら、突き詰めて尋ねていただろう。
けれどもたったさっきまで、この世と別れる覚悟でいたメイブリットには。
"後は野となれ、山となれ、面倒なことはもう知んない"の一択だったので。
アロンの問いかけに頷いて、後は全部、彼に委ねたのだった。
*
*
*
その後はスルスルと話が進んだ。
婚約者を自殺に走らせるほど追い詰めたセジェルは、日ごろの態度からも王太子の資格無しと判断され、嫡流から外されることになった。
長子であるにも関わらず、だ。
国の法を大きく破るこの決定に、賛否両論、議論沸騰と騒がしかったが、代わりに立つ第二王子アロンは優秀で、未来の王として適任なのは間違いない。
結局。セジェルの早産をなかった事にして、予定日通りの出生順に変え、第一王子アロン、第二王子セジェルと公式記録を書き換えて、交代劇は決着した。
アロンは王太子となり、メイブリットの婚約相手となった。
メイブリットは未来の王子妃ということで、変わらず多忙ではあったが、アロンは自ら動く王子だったため、以前ほどの負担はなく。
彼女は自分の時間も、婚約者との時間も満ち足りて、楽しむことが出来た。
メイブリットの意識が「やりたいことは"いつか"ではなく、いま」と変化した点も大きい。
「だって命がいつまでもあるとは限りませんもの」と、彼女はよく口にしたそうだ。
そんなメイブリットだが、アロンとの仲は大変睦まじく、両者には、セジェルが王太子であった時よりも大きな期待が寄せられている。
一方セジェル。彼は、ビルテの男爵家に婿入りとなり、複数の妻を抱えるどころか金策に走る日々となった。そもそもビルテがセジェルを狙った理由は、男爵家の資金難にある。
旨味のなくなったセジェルを男爵家ではお荷物扱いし、家庭内は冷戦状態と噂された。
*
*
*
「わたくしが百まで生きるとして……、アロン殿下にも長く一緒にいていただきたいです」
「わかりました。では俺も百まで、あなたにお付き合いしますよ」
「ふふ、よろしくお願いします。お気持ちがそうであれば、きっと長生きくださるはずですから」
「希望や願望ではなく、信じてくださって大丈夫です。元より俺は、大鎌を取りに来ただけだったので、もっと早く引き上げるつもりだったんです。でもこうなった以上、この先もあなたに寄り添いますよ」
「大鎌? 死神が残していったという……?」
「ええ。国宝にされてしまって。国王しか持ち出せない呪をかけられてしまった、死神の大鎌です。だから王家の長子に生まれるよう調整したのに、まさかの早産で番狂わせがあった時には驚き、苦笑したものです」
「待ってください、アロン殿下。それではまるであなた様が……。いいえ、アロン殿下、そういえば死神は鎌を持たずとも寿命が視えるとおっしゃってましたね。そんな記述は、王家の伝承のどこにもなかった……」
「──俺の正体はきっと、メイブリット嬢にお察しいただいた通りです」
「!?」
「大鎌は残したというか、建国の際に手を貸して、当時の女王に預けたまま……。でも誰にでも寿命が視えるわけじゃない。俺が愛した相手が鎌に触れた時しか」
「え、愛した……。つまり建国の女王様を……? でも私にも数字が視えた……?」
「俺、懸命に頑張る女性に弱いんですよね。だから、その女王が転生して、今も国のために奮闘してる姿を見てるとつい、長居したくなってしまって」
「転生? えっ、えっ?」
「このままあなたの夫として、この世界に居ることを許可してください。全力で、あなたを愛し、助けますから」
お茶を淹れ直すため部屋をのぞいたメイドは、恋人たちの熱い抱擁とキスを目にし、急ぎ退室した。
◇
その後。
国王アロンと王妃メイブリットはよく国を治め、長く生きたがやがて王が先に逝き。
国葬後、宝物庫からは鎌が一振り、煙のように消えたという。
また、メイブリットも。
「大好きな死神が迎えに来てくれるの」と、にこやかに、百歳での大往生だったと伝えられている──。
お読みいただき有難うございました!
「なろう」様の公式テーマ「仕事」で、「命を刈り取るお仕事です」って死神を出そうと思ったはずが、おかしいな。お仕事じゃない、これ。さすがにタグつけちゃいけない気がして遠慮してます。命刈り取ってないし(;´∀`)
テーマ「仕事」、明日が締め切りなのですが、参加出来ないかもしれません。(そして22日締めのミステリー企画もまるで書けなくて、頭を抱えてます(/_;))
今回の登場キャラ、名前はデンマークから。
「001」の意味は、すぐバレたんじゃないかなと思いつつ。
お話をお気に召していただけましたら、下の☆に色をつけて応援くださるとすごく嬉しいです!!ヾ(*´∀`*)ノ




