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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第八章 -閑話:動き出す帝国-
98/99

098.岩っていうかもう山ですよね

<<アリア・ヴェルディス視点>>


「――ねえ、いつまで引きこもってるつもり?誰がヴァルキリー仕切ってると思ってんの。失恋もここまでこじらせると、ほんと厄介処女ってカンジだわ」

「だってぇ......」


新暦270年、春。

四季の巡りによってもたらされた暖かさに、多くの命が新たな始まりを想う頃。

私は自室のベッドの上で、毛布にくるまったまま情けない声を漏らしていた。


ユークリッド陛下の勅命により和平の使者として旅立った私は、ひとりの少年に対する執着によってフェナンブルク王国現国王――ヘンリエッタ王の機嫌を損ね、城の壁を盛大に破壊して逃走した。

私のマナを流すことで、指向性を持たせた強風により揚力と推進力を得る手製のアーティファクトで空を飛びながら考えていたのは、ユークリッド陛下にどう報告......言い訳したものかということだった。

本来は五キロメートル程度の飛行が限度であるはずのそれは、思慮にふけっている内になんと帝国に到着、それと同時にマナ枯渇によって私は気絶したのだ。

ある意味、有意義な実験であったと言えなくもない。


「だってじゃないっつの。陛下だって、まあその......同情してたんでしょ?」

「言いたくもなります!リズはユークリッド陛下のあの目を見ていないから言えるのです!」

「仕方ないじゃん。だってアリアちゃんの性欲が爆発したせいで和平を破談させたんだからさ」

「ぐうっ!?そ、そんなんじゃないもん!」

「ないもんって......そろそろ四十歳の女が何言ってんの」


半魔で、ヴァルキリー隊の仲間、そして私の唯一と言ってもいい友人のリズベット・アーヴァンノルドの歯に衣着せぬ物言いは中々に堪える。

正直に言えば、帰国して王陛下への謁見を済ませた直後には自死も考えたほどに思い悩んだ。

これから起こるであろう次の展開が来てしまったら最後、私は自分がどうしたいのか答えを出せずに、ただただ藻掻き続け、そして全てを諦めて人形に戻ってしまうだろう。

あの場での出来事に一番混乱しているのは他でもない私だというのに、それを伝えきれないもどかしさがずっと心のしこりとして残っていた。


明らかだった――私自身、そしてヘンリエッタ陛下に於いても得体の知れない力の影響を受けていたのは、明らかだったのだ。

心を殺す術など、使い過ぎて擦り切れたと言える程に幼少期から身に着けているし、あの場でそれが出来ない私ではない。

しかしあの場、あの時、自身の欲望を抑え込むことが出来なかった。

否、偽ることを許されなかったと言ったほうが的を射ていると言える。


「じゃあ性欲はなかったわけ?処女特有の焦りが出てたんじゃないの?男の子に無理やりキスしちゃったの誰だっけ?」

「あーあーキキタクナーイ」


私は両耳を塞いで首を振った。

心を守る為なのか、こういった子供じみた受け答えをするのも大分馴染んできたと言える。


「ちょ......ねえ、ホントどうしたの?あんた変だよ絶対。前はもっとこう、冷静沈着、泰然自若、不撓不屈の女将軍ってカンジだったじゃん。まあ私は今のアリアちゃんの方が好きだけどね」

「......色々、あったんですよ。言葉では言い表せないほどに、ね」

「ふぅん」


私が遠い目をして呟くと、リズベットは少しだけ唇を尖らせる。

自分には言えない秘密があるのかと、少し拗ねているような、そんな表情。

彼女の黒く細い尾が不満げに先端をくねらせる姿は、どうにも彼女の心情をありありと映し出してしまうらしい。

(しっぽかわいい)


「じゃあそろそろ行こうか。私の立場だとちょっと抑えるの限界」

「何をですか?」

「あの岩みたいな人。ずっとのらりくらりやってたけど、そろそろ無理かな。アリアちゃんと話したいんだって」

「岩って......まさかインペリエ様のことを言っているのですか」

「そうだよ?」

「岩っていうかもう山ですよね」

「ぷっ!アリアちゃんそれウケる!」

(ああ、なんか、いいな。人間に戻れたような気がします)


私はしぶしぶ起き上がり、研究に使う道具などが散乱した部屋から無造作に丸めた服の塊を引っ張り出す。

"(ほど)いた"それが軍服だったことに、彼女は驚愕の表情を浮かべた。


「うっそ、まさかその皺だらけの軍服着ていくつもりじゃあないよね?」

「そんなわけないでしょう。ん。」

「え、なに」

「ん!」


私が差し出した皺だらけの軍服を、リズベットは汚物を触るように受けとる。

そんな様子を気にも留めずに外し始めた寝間着のボタンは、思いのほか硬くて手間取った。


「私は身だしなみを整えてきます。そこに、服の皺を伸ばすアーティファクトがありますから、貴方の黒炎のマナで発動しながら綺麗にしておいてください。使い方は分かりますね?その器に水を入れてから使うのですよ」


指を差すのは、持ち手が付いた鉄の器――底面は平たく、一見して何に使うのか見当もつかないそれも、私が開発したアーティファクトのひとつだ。

火属性のマナを流し込むことで鉄が熱せられ、器に水を入れておくことで水蒸気を生み出す。

針先のような細さの穴が器側面に何個も空いており、外面に刻み込まれた水分の動きを制御する刻印によって、熱せられた水蒸気を布の方向に噴射するものだ。

我ながら良い出来――ふむ、傑作と言ってもいい。

自分で使えないのが難点だ。


「は、はあ!?なんで私がアリアちゃんの服の手入れしなきゃいけないわけ!?」

「リズベット・アーヴァンノルド少尉、命令です。私の服を綺麗にしておきなさい」

「あー!?ずっる!それずるい!」


「ねえ!水無いじゃん!」

「外の井戸で汲んでー」

「もおおおおおぉ!なんなん!」


---


「アリア・ヴェルディス!貴様!どれだけ待たせるつもりだ!」

「だからこうやって出てきたではありませんか。ご機嫌如何ですかインペリエ様、私は最低の気分です」

「む――そ、そうか。それは残念......いや、違うだろう!この戦時下に於いて自覚が足りんぞ!」

「だってぇ......」

「お前は一体何を言っているんだ」


こうしてリズ以外の人間と話すのは久しぶりだ。

数カ月ぶりに話すインペリエ様はまったく変わっておらず、真っすぐな瞳から顔を反らしたくなる気持ちは常に大きくなっていく。

背後には直属の部隊が整然と隊を為し、しっかりと鎧や武器まで身に着けている。

一方今日の彼女は革の軽装にウェーブの髪を後ろでまとめた姿であり、鎧を纏わず、戦斧も背負っていない。

(これから訓練ですか......ん?あの兵士――)


あまりにも目立ちすぎる、頭が二個ほど入るのではないかというほど縦に長い兜を身に着けた兵士が一人。

顔を隠して戦うのは女の恥というのが一般的なこの世界で、彼女のみがそれを隠している。

そして手に持つのは、これまた目立ちすぎる獲物――恐らく特注の槍だろう。

穂先は長剣のように長く、そして分厚い鉄で出来ており、槍と言うより持ち手が極端に伸びた剣の風体。

極めつけは、その態度だ。


「あの、インペリエ様。何故あの兵士は私に手を振っているのですか?馴れ馴れしいを通り越して余裕すら感じられるのですが。一応これでもそれなりの地位であって――」

「私の部下だ、気にするな」

「すっごい気になるのですが?」

「気にするなと言っている」

(いや流石にあれは無礼過ぎじゃあないですか?)


ひらひらと左の手を泳がせる兵士を傍目に、インペリエ様の話はまったくぶれる気配が見えてこない。

私の知人......いや、ない。

断じてないと言える。

私は両親とリズベット以外、まともな繋がりを持とうとしてこなかった。

強いて言えばヴァルキリー隊で殉職した......ローレルとイェンスくらいなものだ。

更にありえない三人の顔は、浮かぶ前に否定する。


今は亡き港町で生まれた双子の神童に想いを馳せる様子を見ても、目の前の戦神は微動だにしない。

「やっぱり山、ですね」

「何の話だ?」

「いえ、なんでもありません。それで?インペリエ・アルバスト・ゴア四天将は私に何の御用ですか?」

「ああ。貴様が屋敷に籠っている間に、決まったぞ」

「――え......」


いつか来るであろうという確信と、いつまでも来てほしくないという薄氷のような希望。

インペリエ様の眼差しに情熱があるか、否。

では信ずるものがあるか、否。

それが王から勅命であり、そして使命であることを頭ではなく心で理解している。


だからこそ分かる――彼女が、何を言わんとしているのか。

不意に襲ってくる恋慕の情が知らせるのは、私の予感がまさしく"次の展開"なのだということを。










「王はご決断なされた。フェナンブルクを、滅ぼす」

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