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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第八章 -閑話:動き出す帝国-
99/99

099.その心配はないでしょう

「ゾーイ、お久しぶりですね。貴女もこちらですか?」


帝国の巨大な城門前。

出陣の喧騒が渦巻く中、見知った顔を見つけて声をかけると、黒と赤の軍服に身を包んだ彼女は足を止め、こちらに向き直った。

左目を覆う黒革の眼帯が、かつての激戦を物語っている。


「アリア様!ご無沙汰しております。いえ、私は本国守備となりました。アリア様はもうよろしいのですか?確か、その……色々と拗らせていると、噂は聞いておりますが」

「も、もう過ぎたことですので!それよりなんですか色々って!私だって、あの機会をものにしたかったんですから!」

"拗らせている"と表現されるのは、図星なだけに痛い。


「あの機会――そうですよね。フェナンブルクの王と謁見まで出来たんですから、その後悔たるや私のような若輩には想像も出来ません」

(そっちじゃないけど……まあいいか)


ゾーイは真面目な顔で頷いているが、私が逃した機会というのは和平交渉のことだけではない。

セラ君からの「ご褒美」という、私にとっては何よりも重要な機会を失ったのだ。

しかし、それを彼女に説明するわけにもいかず、私は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。


新暦270年、晩春。

フェナンブルク殲滅戦の第一陣が帝国の城門に集っていた。

息を詰まらせるように渦巻く熱気に当てられてか、両方の意味で兵士達は昂揚しているように思える。

それもそのハズ――二万人の血気盛んな戦士が集まれば、季節が変わったと錯覚してしまうのもむべなるかな。


ユークリッド陛下がなされた、フェナンブルクを滅ぼすというこの決断を批判する者は少なかった。

非人道的な行為を含めた作戦であったとしても、国内の食糧問題が徐々に顕在化してきた今は、誰もがそれを仕方ないことだと理解している。

しかしその裏で、陛下にどれほどの葛藤があったのかは私に想像など出来はしない。


あわよくば、彼だけでも生き残って欲しいという気持ちは未だ捨てきれずにいるが、今は――私が手を下すことにならないよう祈るばかりといったところだ。


城門周辺では、出立の準備が慌ただしく進められている。

重装歩兵たちが武器の点検を行い、輜重(しちょう)部隊が大量の食糧や物資を荷馬車に積み込んでいる。

馬の嘶きと戦士達の静かな熱気が交錯し、戦場へと向かう巨大な生き物の鼓動のように大気を揺らす。


「アリアちゃん、いつでも出れるよ。他の子も乗り込み終わってるし、あとは"ふくらます"だけ」

艶のある黒髪と巻き角を揺らしながら、リズベットが軽い足取りで近づいてきた。


「リズベット・アーヴァンノルド!貴様、言葉遣いには気をつけろ。アリア様は――」

「あー分かった分かった。じゃあねーアリアちゃん、この恰好寒いからさっさと出発しよっ」

「分かっています。私だって寒いですから」


私たちヴァルキリー隊の正装である過度な露出が目立つ特殊なローブは、空気中のマナを直接吸収するためとはいえ、まだ夏を迎えきれない晩春の明朝には少し堪える。

肌を撫でる風が冷たい。


ゾーイはリズの態度に腹を立てているようで、残った右目で彼女をキツく睨みつけている。


「許してあげてください、ゾーイ。あれでも私の右腕です――それに、貴女も一度負けているでしょう?実力主義ということで、ひとつ」

「アリア様がそう仰るならこれ以上は言いませんが、あれを放置するのは軍規の乱れに繋がるかと」

「おや、随分しっかり意見するようになりましたね」


かつてはもう少し控えめだった彼女の成長に、私は少し目を細めた。

「からかうのはお止めください。それとアリア様――黒槍にはお気をつけ下さい」


(黒槍、か。その呼び方、嫌だなぁ……)


和平破綻の引き金にセラ君――彼女が呼ぶところの黒槍が関与していることは、リズベットにしか話していない。

言えるはずもないと思いつつ、この複雑な気持ちを吐露したいという背反した想いを、私はぐっと胸の奥に押し留めた。


「奴は、危険です。初めて平原で会敵した時、彼は槍術だけで私の左目を奪いました。私が全力で挑んだにも関わらず、です。そしてシグヴァルド要塞での戦い――彼は魔法を使い、インペリエ様を退かせた。予感が、あるのです。奴は間違いなく、フェナンブルクの雷神や女男に並ぶ新たな特異点になると」

「否定はしません。ゾーイの直感はいつも当たりますから。ただ、今回その心配はないでしょう」


左目に添えられた黒革の眼帯を触りつつ、疑問の表情を浮かべるゾーイに、私は静かに告げた。


「フェナンブルク王国の……民の安否を気にしなければ、我々ヴァルキリーの作戦で決着です。白兵戦になる前に戦争は終わります」

「白兵戦になる前に?それはどういう……」

「そういえば、ゾーイは見たことがありませんでしたか」


そういって私は彼女に背を向け、リズが「さっさとしろ」という視線を投げかける方角に歩き出す。

広場の奥に用意されていたのは――小さな家程度ならすっぽりと納まるほど大きな布が貼られた、舟。

しかし、風を受けるための帆柱はない。

暖められた大気で揚力を生む機構を見れば、それが気球の類であることが分かるだろう。


「こ、これは!――なんですかアリア様!?」

「え?あー……まあ気球みたいなものです」


驚きのあまりか、何も考えていないゾーイの質問に少し戸惑ってしまう。

舟の至る部分に設置された魔石とアーティファクトによって、最小限の魔力運用で大人数を空に飛ばすことを可能にしたこれは、私の研究成果の結晶と言えるだろう。


狙うのは、フェナンブルクの首都。

視認されない高度を会敵せずに進み――首都上空から大雨による災害を人為的に引き起こす。

超広範囲を覆う雨雲の生成など、常軌を逸した作戦であると揶揄する者もいるが、実際にそれが可能と知る私にとって、一番危険が少なく敵に決定打を与える一助となる確実な作戦だ。


大岩や雷撃、火炎や竜巻。

建造物への被害を気にしなければいくらでもやりようはある。

しかしそこまで破壊してしまうのは、ゴア帝国の新たな領地としての価値が下がってしまう。

だから、そこに生きる人々のみが――いなくなれば、いい。

いなくなるという言葉に置き換えなければ、やるせない。

(インペリエ様も本気、ということですよね)


「ではゾーイ、行って参ります。留守は頼みましたよ」

「ご武運を、アリア様。既に自ら斥候として前線に赴かれたインペリエ様にもよろしくお伝えください」

「会うことがあれば。そういえばオズ・プリムウッドとルゥ・ミリオンは今回どのように?」


最長射程は三キロ、希代の射手であるオズ・プリムウッド。

白兵戦最強、そしてゾーイ・バッケンの師でもあるルゥ・ミリオン。

四天将の配置はそのまま帝国の意思であるとはよく言われたものだ。


「オズさんは引き続き南部の平原を守りつつ、前線押し上げの準備を。ルゥ先輩は――シグヴァルドの奪還に向かいました」

「ルゥ・ミリオンが北部に?もうそんなに兵士は残っていないでしょう。何人連れて行ったのですか?」

「単騎です」

「――――は?」


噂には聞いていた。

ルゥ・ミリオン、戦いを好まない帝国の四天将は自らの隊を持たないと。

それだけではなく、戦場に向かう時はいつも一人だと。

彼女が戦う姿を見たわけではないが、魔力適正の情報は頭に入っている。

確か、比類なき火属性魔法の使い手だと。


「......まあ、インペリエ様も承知のことでしょうから、何も言うことはありません」

「仰る通りです。ルゥ先輩に攻撃はあたりませんから。しかしその道中、言葉を操る人型の魔物に会敵したとのこと。その場で討伐すること叶わず、南に逃げられたようです」

「言葉を操る人型の魔物、ですか。ふむ......となると、平原から王国に進軍する予定のインペリエ様の部隊が出会う可能性がありますね」


一抹の不安も生まれないのが、インペリエ・アルバスト・ゴアという人間を知る者なら、必ず十人中十人が分かるだろう。

魔物如きに後れを取る戦士では、無いと。

そして私は、ヴァルキリー隊約三十名を乗せた舟に乗り込む。


マナを節約しながらフェナンブルクの上空に辿り着くまで、およそ二カ月。

"その時"に、彼が巻き込まれないことを祈ってしまうのは――やはり我儘なのだろうか。

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