同種の血と、身代わりの契約。
カラン。
執政官とギルド長、医療班の数人が去り、アトリエに静寂が戻る。
残されたのは、医療長と助手だった。
「我らは、記録と症状、成果の確認のため、こちらへ逗留する」
医療長が懐へ手を入れた。
「一泊いくらだ?」
店主は乳鉢を動かしたまま、低く答える。
「うちは宿屋ではない」
その横から、リヒャルトが帳簿を広げた。
「月極となります。デポジットは二ヶ月。こちらでは、それが決まりです」
店主が、呆れたように吐き捨てる。
「……だそうだ。好きにしろ」
魔導リフトが鳴り、様子を見に行っていたレッターが降りてきた。
「呼吸は安定していますが……まだ意識は戻りません」
裏口から、風呂を終えたばかりのメテスが顔を出す。
レッターが、ぱっと明るくなった。
「メテスさん! おかえりなさい! ご無事でよかったです。……お腹すいてますよね? すぐご用意します!」
不意に、間の抜けた音が静寂を破った。
きゅるるるる。
助手の腹の虫だった。
「し、失礼しました」
医療長の腹も、続いて鳴る。
「コホン。ここは食事はつくのかな?」
店主が、手を止めずに言う。
「うちはポーション屋だ」
リヒャルトが滑らかに続けた。
「ご希望でしたら、先払いでチャージしていただいた金額から引かせていただきます」
助手が懐へ手を入れながら問う。
「……それで、メニューは」
リヒャルトがレッターを見る。
レッターが、慌てて答えた。
「え!? あ、白身魚の香草焼きとお肉と野菜のスープ、特製茶とお芋の甘煮です」
カウンターの丸椅子に、ギルド職員が我先にと腰掛けた。
「あ、じゃあ。俺は特製茶と甘煮!」
次いで、医療長と助手が丸椅子へ腰掛ける。
「大盛りで頼む」
レッターが、パタパタと厨房へ走った。
店主が、カウンター越しに医療長を見た。
「……それで?」
医療長が、重く息を吐く。
「実は、詳しいことがまったく共有されていない」
店主が、短く返す。
「……極秘情報はそんなもんだ」
リヒャルトが、帳簿に目を落としたまま言い添えた。
「知るだけで消されてしまいかねないですからね」
医療長の口元が、苦く歪む。
「王宮治癒魔術師に治せないものだ。正直、ここにいる我らに何ができるとも思えん」
リヒャルトが、ふ、と喉を鳴らした。
「そうとは限りませんよ」
医療長が顔を上げる。
「……どういう意味だ?」
リヒャルトが、にっこり笑った。
「国王陛下を救うために、命をかける覚悟は?」
「……そ、それは臣下の義務であろう」
そこへ、レッターが熱々の皿を運んで戻ってきた。
ふわりと香草と肉の匂いが、アトリエに広がる。
ギルド職員の前にも、芋の甘煮と特製茶が置かれた。
店主が、布巾で手を拭く。
「腹が減っていては何もできないぞ」
男たちが食事を口へ運び、スープを胃へ流し込む。
医療長が、ぽつりと漏らした。
「この香草焼きは格別だな」
助手がすぐに身を乗り出す。
「おかわりお願いします!」
食べ終え、特製茶を飲んで一息ついた時。
店主が口を開いた。
「さて、まずは視る他ないな」
医療長が応じる。
「再診か」
メテスが短く頷いた。
「……承知した」
魔導リフトがチーンと鳴り、扉が開く。
一行が乗り込む。
レッターの先導で、母娘が休む部屋の前へ着いた。
コンコン、とレッターが扉を叩く。
扉の向こうから、母親の声が返る。
「……店主」
店主が、部屋へ入ってすぐに言う。
「すまないが、部屋の外で待ってもらえるか?」
母親が、小さく頷いた。
助手が静かに外へ促す。
ベッドに横たわる娘を、メテスが静かに視た。
静かな時間が流れる。
店主が、低く問う。
「……どうだ?」
メテスが答える。
「術式が絡んでいる」
店主が短く返す。
「やはりそうか」
リヒャルトが、メテスの横顔を見る。
「……メテス。解除できそうですか?」
メテスが、無言で短剣を抜いた。
医療長たちが、ぎょっとして身を乗り出す。
メテスは躊躇なく人差し指を切り、娘の額に血を落とした。
赤い雫が一点、青白い肌に滲む。
メテスが無言で視る。
何も見えない周囲には、呼吸の音だけがやけに大きかった。
やがて、メテスが低く告げる。
「……動いた」
店主の目が細くなる。
「干渉は可能ということだな?」
メテスが、力強く頷いた。
医療長が、耐えきれずに声を上げる。
「……すまない。どういうことだ?」
答えたのはリヒャルトだった。
「恐らく、この呪いは特殊な血を持つ者から編まれた術式でしょう」
黄金の睫毛がゆっくり伏せられる。
「聖力と魔力を喰う類でしょうね」
助手が青ざめた顔で問う。
「……それでは、魔力が少ない者は」
医療長が、唇を引き結んだまま答える。
「数日すれば命を落とすだろうな」
店主が、指から血を流すメテスを一瞥する。
「……レッター」
レッターが素早く杖を振り、メテスの切り傷を光で塞いだ。
店主が腕を組む。
医療長が、焦りを隠せず口を開く。
「延命だけでも図るなら、この娘の魔力を足すしかないのではないか?」
助手も続ける。
「別のやり方でも……魔力を注ぎ続けるしか……」
その言葉を、店主が視線ひとつで止めた。
店主の視線が、まっすぐメテスへ向く。
「メテス。お前の血を、俺にくれるか?」
部屋の空気が、ぴたりと張った。
メテスの手が、ぎゅっと握り込まれる。
それでも目は逸らさない。
店主を見て、深く頷く。
助手に母娘を任せ、店主たちは一階のアトリエへ戻る。
アトリエへ入るなり、医療長が食い下がる。
「魔力を補うためなら、高純度の聖力が宿る私の血は使えるか?」
店主は即答した。
「一発で死ぬだろうな」
医療長の肩が落ちる。
「……本当に、我々は役に立てないのだな」
その前に、リヒャルトがすっと一枚の紙を差し出した。
「まずは、この紙にサインをお願いします」
医療長が、紙とリヒャルトを見比べる。
「は?」
そこには、メテスの名を伏せ、医療長の血を使ったことにする契約が記されていた。
医療長が目を見開く。
「いや、これはダメだろう」
リヒャルトが、にっこり笑った。
「先程、命をかける覚悟だと仰っていましたよね?」
返す言葉が詰まる。
沈黙のあと、医療長は胃のあたりを押さえた。
「……先程の特製胃薬を試していいかな?」
リヒャルトが、金色の小瓶を差し出す。
その隣で、メテスが医療長の目の前へ無言で手のひらを突き出した。
震える手で、そこに金色の硬貨が置かれる。
キュポンっ。
ゴク。
医療長が、長く息を吐いた。
「……定期契約で頼む」
もし彼らが王都の人間なら、手柄を持って帰ってハイ終わり、かもしれない。だが彼らは辺境領の人間だ。「辺境領として、王都の呪いを解決した(かもしれない)」という手柄は、領主の立場を強固にするための喉から手が出るほど欲しいカードになる。だからこそ、あのえげつない契約書にあっさりサインする(せざるを得ない)頑張れ!!医療長!!




