三つの小瓶と、駆け出したギルド職員。
「はぁ〜、お腹いっぱい!」
ギルド職員が、満足げに腹をさする。
食後の特製茶を飲み、常連の冒険者がふぅと息をついた。
「さすがレッターくんの特製ランチだな。……そういや、あんた今日休みなの?」
冒険者の問いに、ギルド職員がキリッと決め顔を作った。
「盛大に遅刻中さっ! ギリギリまで粘る!」
胸を張る男に、冒険者が呆れた目を向ける。
コン、コン、コン。
控えめだが、切羽詰まったような扉を叩く音が響いた。
「お前さんのお迎えじゃないか?」
冒険者がニヤリと笑う。
ギルド職員の肩が、ビクッと跳ねた。
「もう出たって言ってくれる!?」
素早い動きでカウンターの端へ潜り込み、丸椅子を盾にして丸くなる。
その情けない背中を見下ろし、ルナがぼそりとこぼした。
「大人って……」
「大変そうだよね」
ネスが真顔で同意する。
昼食を終えたリヒャルトが、静かに扉を開けた。
「……娘を、連れてきました……助けて」
立っていたのは、顔面を蒼白にした中年女性だった。
ぐったりとした年頃の娘に肩を貸し、必死にその体を支えている。
「はぁ……はぁ……はぁっ……」
娘の荒い呼吸。
全身が、痙攣のように小刻みに震えている。
リヒャルトの声が、アトリエに鋭く響いた。
「誰か手を貸してください!」
「おう!」
食べ終えたばかりの常連客が即座に立ち上がり、娘の体を支える。
そのまま、ロビーのソファへ慎重に横たわらせた。
「治癒を……!」
厨房から飛び出してきたレッターが、無詠唱で杖を構える。
「だめです」
リヒャルトが、冷たく短い声で制止した。
レッターの肩がびくっと止まる。
「神殿の祈祷で悪化したのなら、魔力そのものが餌になっている。
最悪、治癒魔術が引き金になって急変するかもしれません」
店主が、静かにソファを見下ろす。
店主の目にも、娘の肌は何も変わっていないように見えた。
だからこそ、ひとつずつ潰すしかない。
「……効くかは、わからないがな」
店主は腰のベルトポーチから、三つの小瓶を取り出した。
無骨な指先が、的確に動く。
視えないのなら、変数を一つずつ潰すだけだ。
まず、肉体に作用するポーションを一滴、娘の唇に落とす。
呼吸を見た。脈を見た。変化はない。
次に、精神を鎮めるポーションを一滴。
それでも、何も変わらない。
最後に。
魔力に干渉するポーションを一滴。
「……っ」
娘の浅かった呼吸が、わずかに深くなった。
店主は無言のまま、魔力干渉のポーションをもう一口分、慎重に流し込む。
波打っていた異常な震えが、ふっと止まった。
だが、顔色は悪いままで、意識も泥のように濁って戻らない。
店主が、低く吐き捨てた。
「……これは厄介だな」
女性が、すがるように店主の腕を掴んだ。
「娘は……助かりますか?」
店主は、女性の目を見て淡々と告げた。
「今はわからない」
「そんな……!」
女性が顔を覆い、その場に泣き崩れる。
丸椅子の陰から這い出してきたギルド職員が、心配そうに輪へ加わった。
「あの……ギルドから、医療班を呼んでこようか?」
リヒャルトが、すっとギルド職員の隣に立つ。
そして、耳元でそっと囁いた。
「……国王陛下の御病状に、関連しているかもしれません」
ピタリと。
ギルド職員の動きが、完全に停止した。
目を見開く。
完璧な営業スマイルを浮かべるリヒャルトを見る。
腕を組み、静かに考え込む店主を見る。
ソファに横たわる、王都から運ばれてきた厄介事を見る。
「……俺」
ギルド職員が、顔を引きつらせて一歩後ずさった。
「今すぐ、ギルドに出勤してくる!!!!」
ついさっきまで遅刻を粘っていた男とは思えない速度で、ギルド職員は職場へ駆け出していった。




