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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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333/337

特異な目が視た、編み上げられる絶望。


西の森。


木漏れ日が遮られた薄暗い獣道を、音もなく進む。

背に負った大盾が、枝葉を掠めることすらない。


軽装甲に身を包んだメテスは立ち止まり、静かに息を吸った。


空気が、ひどく重い。

鉄が錆びたような血の匂いと、焦げたような魔力の残り香。


忌み子の目にだけ、空間へこびりつく異様な色の残滓が視えていた。


気配を完全に殺し、痕跡の先へ向かう。


太い樹木の陰に身を潜め、開けた広場を見下ろした。


「……っ」


無意識に、剣の柄を握る手に力が入る。

冷たい金属の感触が、手のひらに食い込む。


見間違えるはずがなかった。

あの匂いも、あの魔力の濁りも、無理やり削り取られたような身体の痩せ方も。


かつての俺と、同じだった。


広場の中央。

無残に縛り付けられていたのは、俺と同じ、異常な魔力を持つ忌み子だった。


魔力を抽出されすぎたのか、もはや原型を留めていないほどに壊れ、ただ虚ろに浅い呼吸を繰り返している。


その先にある異常だけは、見落としようがなかった。


忌み子の身体から滴り落ちる血が、地面に溜まらない。


魔力をたっぷりと含んだ黒ずんだ血が、生き物のように土の上を這い回る。

幾何学的な線を描き、おぞましい陣を成していく。


自分が縋るように手を伸ばした転移陣に、どこか似ている。

それでも、もっと歪で、吐き気がするほど汚い。


陣が、心臓の鼓動のように明滅する。


黒ずんだ血が泥と混ざり合い、蠢き、四つ足の異形を編み上げていく。


『……ふむ。この流れ出た魔力で、魔物を生み出したり引き寄せたりする実験がしたかったのですよ』


あの時、肉壁にされた俺の血で笑っていた研究員の声が、今さら耳の奥で蘇った。


……成功したのか。


柄を握る手が、微かに震える。


今すぐ飛び出し、あの醜悪な陣を叩き斬り、同胞を解放する力は、今の俺にある。

腹の底で、全部を潰せと魔力が唸った。


『……頼めるか?』


低く、重い声が脳裏に落ちる。


『……万が一用だ。逃げることを優先しろ』


あの無骨な手つき。

投げて寄越された小瓶の重さ。

当然のように任せてきた声。


俺は、もう壊すための道具じゃない。

守るための、盾だ。


感情を殺し、広場から距離を取った。


今ここで持ち帰るには、まだ足りない。

どこから血が運ばれ、どこで魔力が補充され、どれほどの間隔で魔物が編まれているのか。

盤面を崩さずに読むには、時間が要る。

少なくとも、一晩は張る必要があった。


樹上へ身を滑り込ませる。


葉の陰。

太い枝の影。

風下。


位置を変えながら、気配を殺す。


夜が落ちた。


月明かりの下では、昼には視えなかったものが、なおさらよく視えた。

忌み子から滴る血が、陣の線に沿って鈍く脈打つ。

地面へ染みるのではない。

吸われ、巡り、編み上げるために使われている。


深夜、二人。

明け方前、三人。


黒布で覆った桶を運ぶ人影。

血の匂い。

魔力の濁り。

見張りの位置。

交代の間隔。


ひとつ、ふたつ、みっつ。

呼吸を殺したまま、数を刻む。


編み上がった魔物は、その場で放たれない。

いったん奥へ引かれ、溜められている。

群れとして吐き出すつもりだ。


忌み子の衰弱も、もう長くは持たない。

血と魔力の減り方から見て、次の大きな波まで三日か四日。

それまでに潰さなければ、森はもう一段深く腐る。


夜露が肩に落ちる。

腹は空いていた。

喉も乾いていた。

だが、動かない。


わずかに目を伏せた。


逃げるためじゃない。

戻る。

持ち帰る。

そのためだ。


夜明け。


森の空気が少しだけ緩んだ瞬間、別の踏み荒らし跡を見つけた。

複数。

人間。

重さの違う足音。


本隊とは別口。


樹上を移る。

追う。

接触はしない。

ただ視る。


太陽が高く昇っても、まだ追った。

日が傾き始める頃になって、ようやく相手の輪郭が見えてきた。


そこで見つけたのが、以前ルナとネスを「引き取る」と言い出した貴族たちだった。


数人の護衛を連れた、初老の男たち。


見覚えがある。

配当金を持つ二人を狙っていることは知っている。

特異な目は、男たちの靴底や外套の裾にこびりつくそれを見逃さなかった。


同じ匂いがする。

同じ手つきだ。


あの広場で魔物を編み上げていた陣の残滓と、まったく同じ汚れが、男たちの全身に薄く纏わりついていた。


役割はわからない。

だが、同じ盤面だ。


王都の病。

森の魔物生成。

ルナたちを狙う貴族。


別々に見えていた悪意が、同じ濁りで繋がっていた。


メテスは樹上から、音もなく暗い森の底へ降り立った。

魔力で気配と足音を完全に殺す。


いち早く、俺の帰る場所へ。

この重すぎる真実を、あそこへ持ち帰るために。


獣道を一陣の風となって駆け抜けた。


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