表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

330/337

忌み子の記憶と、責任の在り処。


白亜の要塞から細道を抜け、大通りへ出る。

陽光と喧騒が、大盾と片手剣を帯びた体を包んだ。


「やぁ! メテス! お使いか?」


すれ違う商人が、気さくに声をかけてくる。


無言でこくりと頷く。

歩を進める。


「お! 白亜の弟子! 店主に、飲んだらモテるやつ作ってくれって伝えてくれ! また行くからな!」


常連の冒険者が笑って手を振る。


無言のまま、小さく肩をすくめて返す。


「ちょ! お前! 絶対頼んだぞ!?」


背中越しに響く笑い声。


胸の奥が、じわりと熱くなる。


さっきの声を、まだ覚えている。


『フェアシュメテス』

『俺の弟子を、勝手に卑下するな』


ばつが悪くて視線を逸らした。

それでも、胸の奥は妙に熱かった。


店主に襟首を掴まれ、あの白い要塞へ引きずり込まれるまで。

自分がこんなふうに人から頼られたり、笑いかけられたりする日が来るとは、想像すらしていなかった。


『私の子ではない!』


『……なんと恐ろしい魔力だ』


『実験体に使えるんじゃないか?』


物心ついた時から、俺は人ではなかった。


ターゲットを屠り、有り余る異常な魔力を抽出されるための、名を持たない道具。


記憶を探っても、両親の顔は浮かばない。

あるのは、内側で暴れる魔力の熱。

強制的に魔力を吸い上げられる、全身の血が逆流するような吐き気。

薄れゆく意識を、鋭い刃の痛みで引き戻される感覚。

身体の至る所に、悍ましい術式を焼き付けられる焦げた肉の匂い。


いっそ終わらせてくれ。


そう願っても、忌み子の身体は意思に反して生きようと足掻き続けた。


ある日。


地下迷宮での戦闘訓練の待機時。

一人が取りこぼした魔物が、研究員へ襲いかかった。


奴は、横にいた俺の腕を引き、躊躇なく肉壁にした。


肉が抉られる鈍い音。


あぁ、ここで終わるのか。


冷たい石の床へ倒れ伏した俺を見下ろし、研究員は歪んだ笑みを浮かべた。


『……ふむ。この流れ出た魔力で、魔物を生み出したり引き寄せたりする実験がしたかったのですよ。忌み子と呼ばれる所以を、実証する絶好のチャンスです!』


治癒魔術をかけられることもなく。

血を流す俺の足首が掴まれ、迷宮のさらに奥深くへと引きずられていく。


意識が混濁する。


周囲の空気が、急に騒がしくなった。

耳鳴りがひどく、声は聞こえない。


地面に頬を擦り付けたまま、薄く目を開けた。


視界の端。

床に、異質な魔力を引く光る陣が視えた。


本能だった。


俺は這いずり、血まみれの手をその光へ伸ばした。


身体が、強烈な力で引っ張られる。


次の瞬間。


俺は、虚空を落下していた。


嘘だろ。


千切れた傷口から流れる赤い血が、空に舞う。

諦めた意識とは裏腹に、生存本能が魔力のオーラを全身へ纏わせた。


ドンッ!

ガシャン!

バンッ!!

ゴンッ!!


「……っ」


石畳だ。


肺から空気が弾き出される。

湿った石壁。古い水の匂い。

見知らぬ、薄暗い路地裏。


はぁ、はぁ、ははは……。


血の味でむせる。


ふと、人の気配がした。


「……チッ」


深く、ひどく不機嫌な舌打ちが落ちてくる。


顎を乱暴に掴み上げられた。

口の端から、無理やり青苦い液体を流し込まれる。


熱い。


抉られた肉が、強引に縫い合わされていく生々しい感覚。


男は俺を床へ放り出すと、無言で背を向けて立ち去ろうとした。


行くな。

……俺を、そこへ置いていくな。


「……助けたなら」


横たわったまま。

血に塗れた身体で、男の大きな背中を見つめる。


視界は濁っていない。はっきりと、声に出した。


「最後まで、責任を取るべきだ」


ピタリと。

男の足が止まった。


振り返らない。


沈黙が、路地裏の湿った空気を支配する。


やがて男は、肺の底から重い息を吐き出した。


「……面倒くさい拾い物だ」


男の大きな手が、俺の血まみれの襟首を乱暴にひっ掴んだ。

そのまま、引きずり上げるように歩き出す。


いつの間にか、足は大通りの喧騒から外れ、薄暗い裏道へと入っていた。


「……この路地が、そうだったな」


ぽつりとこぼす。


見覚えのある湿った石壁を見上げ、喉の奥が妙に熱くなる。


あの迷宮の転移陣に、手を伸ばさなければ。

店主が、いつもと違うこの道を通らなければ。

俺は確実に死んでいた。


どうせ使うために拾ったのだと思っていた。

だが、違った。


頭を撫でられた。

見返りを求める気配もなく。

生きて戻ったことを確かめるみたいに、あの大きな手が髪をぐしゃりと撫でた。


あんなふうに触れられたことは、一度もなかった。


不死鳥の血入りの特製強化ポーションも、惜しみなく渡された。

死ぬな、戻れ、立て、と身体の方へ先に叩き込むみたいに。


役に立てとは何度も言われた。

だが、無事に戻ることを前提に強くされたのは、あの場所が初めてだった。


だからだ。


元々、俺は前へ出て潰すための魔力を持っていた。

屠るための魔術は、身体の奥に焼き付いている。

抽出され、削られ、絞られながら、それでも余るほどに。


けれど、白亜ができた。


帰る場所ができた。

守りたい家族ができた。

あの男が立つ場所が、そこにあった。


だから俺は、自分で選んだ。


この魔力は、もう誰かに搾らせない。

誰かを肉壁にするためにも使わない。


俺が纏う。

俺が受ける。

俺が止める。


攻撃のためだけに与えられたものを、守るためのオーラに変える。

大盾を持つ。

片手剣を持つ。

前へ出る。

だが、狙うのは敵の喉じゃない。


この力は、白亜へ届く刃を折るための盾だ。


微睡みの迷宮でも、あの男は俺たちを庇って死にかけた。

あの背中が崩れた瞬間、世界の全部がどうでもよくなった。

真っ先に魔物を滅多刺しにして、泣き叫んだのは俺だった。


俺の弟子を、勝手に卑下するな。


あの一言が、まだ胸の奥に残っている。


白亜を守りたい。

家族を守りたい。


けれど、いちばん奥にあるのはもっと単純だ。


あの男を失うくらいなら、俺が壊れる方が先だ。


メテスは静かに踵を返す。

這い寄る悪意を迎え撃つ、西の森へ向けて。


白亜へ。

俺の家族がいる場所へ。

あの男が立っている場所を、二度と血で汚させない。


音もなく、守護者が駆け出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ