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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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噛み砕いた飴玉と、泥に汚れた外套。

カラン、カランッ。

アトリエに、切羽詰まった音が弾けた。


「店主!! 助けてー!!」


すがりつくようにして飛び込んできたのは、ひどく顔色の悪いギルド職員だった。


乳鉢を回していた店主が、ぴたりと手を止める。

ひどく冷たい目で、男を見下ろした。


「……ギルドを追放でもされたか」


「されてないからね!?」


即座の否定。血を吐くような悲鳴だった。


コト、と。


荒い息を吐く職員の鼻先へ、湯気を立てるカップと小皿が置かれた。


「お疲れ様です。どうぞ」


レッターが、特製茶と、色鮮やかな飴玉が乗った小皿をそっと差し出した。


「レッターくん……っ! 度々ありがとうね……!」


職員はすがるようにカップを両手で包み込んだ。


「今、店主と僕とで、虫対策ポーションを大量調合中ですよ」


リヒャルトが、流れるような所作で棚の奥の木箱を示し、完璧な営業スマイルを向ける。


「さすがー! ありがとう!! 本当に頼りになりますね!!」


職員は涙目で特製茶を口へ含み、小皿の飴玉をひとつ摘まんで舌の上へ放り込んだ。

強張っていた肩の力が抜け、ふぃーっと木のカウンターへ突っ伏した。


青苦い薬草の匂いに、茶の香りが混ざる。


だが、その数秒後。


「……で?」


店主の低く冷たい声が、容赦なく現実を突きつけた。


「はっ!! そうだった!!」


職員は弾かれたように顔を上げた。

素早く周囲のロビーを見渡し、誰も聞いていないことを確認すると、ひどく真剣な顔で店主をくいくいと手招きする。


店主は深いため息を吐き、乳棒を置いてカウンター越しに身を乗り出した。

リヒャルトも、音もなくその横へ寄り添う。


職員が、極限まで声を潜めて耳打ちした。


「……消えたんです」


「……?」


「……姫様が、野営地のテントから忽然と……!

 その後、森に大量の虫の魔物が湧いてしまって……」


ピクリ、と。

リヒャルトの完璧な笑顔から、一瞬だけ温度が抜け落ちた。


「……生死不明、と?」


「……っ! 胃が……!」


職員が、胃のあたりを強く押さえて呻き声を上げた。


「救いは、街に入る前の事件だからギルドに直接の責任はないってことだけれど……それでも王室絡みだ!

 色々キツすぎる!」


店主の顔色は、一切変わらない。

ただ、静かに状況を整理した。


「それで? 大量に虫除けポーションが、今すぐに欲しいと?」


「そうなんです!! あるだけ全部、お願いします!」


職員は震える手でもうひとつ飴玉の包みを破り、奥歯でガリッと噛み砕いた。


「あと、この飴玉も付けてください……っ」


「いつもの特製胃薬は?」


リヒャルトが、流れるように最も高価な金色の小瓶を差し出す。


「クっ……それも……付けて!」


金貨が積み上がり、会計が片付いた、その直後だった。


ガランガランッ!!!


蝶番が悲鳴を上げるほどの乱暴な音を立てて、扉が蹴り開けられた。


「てんしゅー!! 助けてー!!!」


「はぁ、はぁっ、ルナ、待っ! て、てんしゅ!」


泥と枯れ葉に塗れたアルテルナが転がり込み、その後ろから、ゲッセネスが荒い息を吐きながら飛び込んできた。

そして、ゲッセネスの背中には、泥に汚れた上等な外套に包まれた人影が、ぐったりと担がれている。


誰も、すぐには動かなかった。


泥だらけの二人と、ゲッセネスの背の上等な外套。

それだけで十分だった。


チャキ。


壁際で、メテスの瞳孔がすっと細まった。

鞘走る微かな音。

メテスの全身から、アトリエの外へ向けた、息が詰まるほどの濃密な殺気が放たれた。


それが、合図だった。


カチャ。

ジャキッ。

スッ。


ロビーで優雅に特製茶を飲んでいた変成魔術師。

談笑していた職人。

寛いでいたいつもの常連客。


誰も、何も言わなかった。


笑い声が消え、特製茶のカップが音もなくテーブルへ置かれる。

各々が手持ちの武器や杖へ手をかけ、流れるように扉や窓の死角へと散っていく。


一階ロビーが、瞬きの間に完全な戦闘態勢へと切り替わった。


「……こちらへ!」


リヒャルトの、氷のように冷たく鋭い声が飛ぶ。


アルテルナとゲッセネス、そして担がれた一人が、転がり込むようにカウンターの奥――アトリエの裏手へと走り込んだ。


レッターの顔から、さぁっと血の気が引く。


「治癒魔術を展開します!!!」


真っ青になった顔で杖を握りしめ、裏手へと駆ける。


表のロビーには、極度の緊張と殺気が充満している。


そんな中。


キュポンッ。


ゴク、ゴク、ゴク。


ぷはっ。


「……俺は荒事に向かないので、一緒に裏手に隠れていて良いかな!?」


カウンターに取り残されたギルド職員が、ひきつった顔を無理やり引き締めて叫んだ。


「きゅ……(情けない……)」


クリムが、店主の肩の上で呆れたように鳴く。


「……わふ(……邪魔だ)」


ルゥが床から立ち上がり、呆れ果てたように長い鼻先でギルド職員を奥へと押し込んだ。


薬草の匂いに、ひどく濃い鉄と焦燥の匂いが混ざる。


笑い声の消えたロビーで、武器だけが静かに抜かれていく。

先ほどまでの空気は、もうどこにもなかった。



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