第05話 ステージ4の人
その客は四三歳の男だった。
痩せて暗く、落ち込んでいた。
パラカスが何を聞いても声は上擦て、手は震え呼吸も不安定だった。
パラカスは冷えた抹茶を飲ませ、心臓を落ち着かせて事情を聞いてみた。
男はステージ4の『末期の胃癌』だと言う。
死ぬのが怖くて、家族の事、家のローンの事も心配で藁をも掴む思いで『この店』に相談しに来たらしい。
パラカスはいつもの様に笑顔を崩さず、
「あ〜あ、それはそれは。人間は誰しも多かれ少なかれ心配事を背負って生きて行きます。特に臨終までの(死の時間)を知らされると云う事は実に怖い。
・・・そうだ、少しアナタの脳の中を拝見させて下さい」
「え? 脳の中を?・・・あッ、はい」
パラカスは早速、別室の小部屋に男を案内した。
「そこに座って・・・。その被り物を被って下さい」
「・・・こうですか?」
「そう。リラックスして深呼吸を・・・」
パラカスは天井から垂れ下がたコードをヘルメットのコンセントに差し込むと小部屋を出て行った。
モニタールームに入りスイッチを入れる。
男の抱く「不安と恐怖」が大きなモニターに映し出される。
パラカスはそれを観て独り言を言う。
「・・・扁桃体に流れる分泌液の量が多いなあ・・・前頭葉の機能がだいぶ低下している。・・・海馬の萎縮も激しい・・・。この方は自分の不安をあまり他人に喋って無いようだ。我慢している・・・。どう云う仕事をしているのだろう」
パラカスは前頭前野を刺激して、今までの仕事と生活環境を覗いてみる。
マウスを動かし、ポインターを前頭前野の部分に固定するとモニターには男の仕事が映し出される。
仕事は公務員の様である。それもこの映像からすると普通の公務員じゃない。官僚だ。職場に折りたたみのベッドを持ち込んで寝ている。たぶん、年度末で帰宅出来ないのだろう。? トイレで吐血している。コレは大変なストレスだ。
店主はスイッチを切り別室の小部屋に座る男の傍に行った。
そして、
「・・・アナタの仕事は尋常じゃないですね」
「えッ!? 分かるのですか?」
「官僚さんですね」
「えッ? え、ええ、まあ」
「いつも、怯えている。手の震えが止まらないのはそのせいです」
「そのせい?・・・」
「ストレスから来る時間の恐怖ですよ。海馬の中では数字と文字、日にちが毎日追いかけっこしている。たえず焦って前頭前野は理性的な判断を失っている。死の宣告を受けて扁桃体が過剰に反応して冷静さを失っています。それに家庭内の事や家のローン、そんな事が常に脳内で錯綜(横切る)して、血流も良くない。・・・家庭では会話は無いですね。深酒ばかりだ」
「・・・飲まないと眠むれないんです」
「う〜ん。脳の休息とメンテナンスが必要です」
「休息とメンテナンス?」
「そこの標本瓶に『ガーナ人の脳』と書いてあるレッテルが見えるでしょう。アレとアナタの脳を繋いでみましょう」
「ガーナ人の脳と繋ぐ? 手術でもするんですか?」
「いや、シナップスで繋ぎます」
「シナップス?」
「アナタの脳はシナップスが一部、ハズレてガタが来てます。取り替えて新しい物に変えましょう。コレは手術と違います。超微電流をシナップスに流して前頭葉内をリセットしてチューンアップします。直ぐにアナタの不安は消去されます。アナタの脳はご自分が癌だと云う事も忘れ、生き生きと生きられるはずです」
「忘れても癌は体内に残るのでしょう?」
「残ってもその存在を忘れます。要するに無いのです。無いと言う事は癌は消えたのです」
「えッ!? それは詭弁でしょう」
「肉体の病は脳(精神)から生じます。精神が解放されれば肉体の障害は錯覚として、脳内から消えて無くなるのです。死の恐怖も脳の中から消え去るのです。詭弁かどうか騙されたと思って試してみましょうよ」
「でも、そのシナップスは高いのでしょう?」
「アナタの命の値段からしたら安い物です。後日、シナップスの値段と新品に交換した個数の請求書を送らせていただきます。住所と氏名をお聞かせください」
「え?!」
数日後、その男から住所と氏名の書かれた封が届いた。
そして、その封筒の中には一枚の写真が入っていた。
その写真には家族が写っている。
全員が楽しそうに食事をしていた。
つづく




