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三人娘の春祭り ~高飛車と捻くれと素っ頓狂の晴れ舞台~  作者: 飴丸


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9/20

◆3-3

 全員が、唐突なラヴィリエの言葉に反応できずにいる内に、彼女は舞台上で舞うかのようにくるりと回って微笑んで見せた。

「カリヨン演劇団の皆々様、邪魔をしてしまい申し訳ございません。スチュアート様のご友人の落とし物を届けに来たのだけれど、随分と粗野な方で驚いてしまったの。確かに、聖騎士ルグラーツェ様にお似合いかというと、ちょっと首を傾げてしまうかもしれないわ」

「――なんだと? おい、この生意気な餓鬼共は何だ! どうして入れた!」

「ほら、そうやってすぐに、気に入らない相手を怒鳴りつけるなんて。ルグラーツェ様は切り結んだ黒騎士でさえ、救う道があればと手を差し伸べた方よ? 念願のカリヨン演劇団の演目を見られると楽しみにしていたのに、私はとっても悲しいわ」

 大袈裟にそっと指で全く濡れていない瞼を拭ってみせるラヴィリエに、挑発だと解っているのか、いよいよ男達は苛立ちを持って彼女に近づこうとする、が。それを遮ったのは銀腕の従者ではなく、グラナートの後ろに控えていた者達だった。

「無礼者。それ以上近づくことは許しませんわ」

「お高く止まりやが――ぎゃ、ぎゃあああああ!?」

「ば、化物だー!!」

 グラナートの鋭い声音と同時に、その従者は外套を解く。その下から出てきたのは、ゆらりと煙のように広がる黒い影の塊。更に、その中に彼女が仕込んでおいたのは、死霊術の触媒となる骨の欠片だ。それが地面に落ちる前にかたかたと音を立て、めぎりと骸骨を形取り、両の足で立ち、窪んだ眼下に青白い火を灯す。色々な物語で語られるけれど、見たことは無い怪物の姿に劇団員たちは恐慌し、スチュアートを筆頭にばたばたとその場から逃げ出すが、複数が転んでしまった。

土竜様トォデオ、土竜様、夢から覚めて背を震わせて――ン、難しいナ。もうちょい凸凹にしたかったんだけド」

「ひぃ、お、お助けー!」

 けほ、と少し咳き込みつつも紫花が歌った竜詩によって、土がむき出しの床がまるで逆立った鱗のように突起が湧いて出ていた。大した足止めにはならなかったが、男達は這う這うの体で逃げ出したので、嫌がらせには充分だっただろう。

 場がどうにか落ち着いたのを確認して、改めてラヴィリエが制服の裾を抓んで非礼を詫びた。

「申し訳ございません、部外者が勝手に介入してしまいました。荒れさせてしまったこと、お詫びいたしますわ」

 同様にグラナートと紫花もそれぞれ謝意を示す。勝手に入ってきて首を突っ込んだのは間違いが無いので、まずはそれに対する詫びだった。対する癖毛の男は鷹揚に頷いてから、軽く首を横に振った。

「いいや、構わん。そちらのお嬢さんが持っているのは俺の書いた脚本だろう、届けてくれて感謝する。粗雑に扱う奴に読ませるものは無いからな」

 ラヴィリエが抱えた本を指してふふん、とやはり傲岸に言い放つ男は、残った者達の冷たい目線もどこ吹く風で、堂々と胸を張って見せた。

「この俺の脚本を捨てるというのならば、俺の舞台に立つ資格なし! 寧ろ清々したというものだ!」

「あら、あらあら、まあまあまあ! では貴方が、カリヨン演劇団の脚本を全て手掛けていらっしゃるという、アッルチナツィオーネ様でいらっしゃるの!? まさかお会いできる日が来るなんて!!」

 当然ラヴィリエはカリヨン演劇団の脚本家まで頭に入っていたらしく、ずっと堪えていた感動が爆発してしまった。駆け寄りそうになる少女を、グラナートと紫花が言われていた通りしっかり抑え込む。

「どうどウ、落ち着けラビー」

「止めろと仰っていたのは貴女ですからね」

「ありがとう二人とも、一瞬理性が忘却の河まで飛んで行ってしまっていたわ!」

「いや、待てツィオーネ……お前はそれでいいかもしれんが……」

 しかし、ピグロと呼ばれていた男は頭を抱えたままで、三姫達は舞台上では見せない呆れと苛立ちを滲ませながら脚本家に問うた。

「気持ちは解るけど、この状況どうすんのよ」

「スチュアートが面倒なのはそうだけど、人手が足りな過ぎるわ」

「そうよ、最低でも聖騎士役と黒騎士役は絶対必要なのに」

 確かに現状、十人近くの役者や裏方と決裂してしまったようなものだ。本番まではまだ二巡り近くあるが、彼らが戻ってこない限り、立て直す見通しが出来ないのだろう。辺りに重い空気が漂う中、ずっと地面に座っていた、白髪の青年がすくりと立ち上がった。

「――あらまあ」

 思わずラヴィリエが声を上げたのは、彼が自分の指をつい、と己の頬に滑らせた瞬間、すうっとその腫れが引いて元の顔立ちに戻ったからだ。傷を癒したというよりも、元から無かったかのように。

 そして彼は欠片も動かない表情のまま、真っ直ぐにラヴィリエに向かって歩き――彼女が抱えたままの脚本を指した。

「……六頁目。ルグラーツェと黒騎士の問答。其処から読め」

 他の誰でもなく、無造作にラヴィリエに向かって彼は言ってきた。彼自身は何も手に持たず、ただ其処に立ち、夕闇色の瞳で真っすぐにラヴィリエを見つめている。

 突然の彼の暴挙に、劇団員たちも戸惑っているのか誰も言葉を発さず、脚本家だけが目を見開いて、彼とラヴィリエを見比べていた。

 ラヴィリエは僅かに息を飲み、そっと友人達の手を外してから無言で頁を繰った。六頁目に書かれていたのは、この舞台の見せ場のひとつとなるであろう、聖騎士と黒騎士の初めての戦いであり、黒騎士の正体が魔王に傾倒する人間であると判明するシーンだ。ラヴィリエが手を止めたのに合わせて、白い青年が口を開く。

「『傲慢なる只人よ、神が我らに何をした。飢えと苦痛と屈辱しか、与えなかったではないか』」

 先刻とは段違いの低い声だ。凝り固まった怒りをそのまま吐き出すように、深く、重い。

「『母が死に、父が病を得た時、祈っても神は何も齎さなかった。始原神イヴヌス、崩壊神アルード、いずれもだ。私を救ったのは――私に手を差し伸べてくださったのは、我らが愛しき夜の魔王、アクイレギア様のみ』」

 台詞と同時に、彼はまるで愛しい相手に焦がれるように、空へと手を伸ばして見せた。正に彼は今、人でありながら人を憎み、魔王に忠誠を誓った黒騎士を演じている。ラヴィリエは――ずっと目を走らせていた台本から、顔を上げ、口を開いた。

「『――承った、黒騎士よ。そなたと私は、似ているのだな』」

 静かな声だ。ラヴィリエは精一杯声を低く出しているが、とても貫禄のある男性としての声ではない。しかしそれは涼やかで、傲岸なる黒騎士と相対した上で、その言葉を切り裂くように鮮烈でもあった。

「『世界を疎んじ嘆いた時に、手を差し伸べられたは私も同じ。故に、そなたにとっての魔王は、私にとっての始原神イヴヌス様に等しいのだろう。――侮辱と取るか? それでも構わぬ』」

 ごく自然に、剣を掲げるような姿をラヴィリエは取った。同時に、黒騎士と化した青年も、巨大な剣を構えるように腰を落とす。

「『故に、改めて宣言しよう、四魔がひとり黒騎士よ。私はそなたの神を殺し、そなたの希望を滅する敵となろう!』」

 次の瞬間、刃を切り結ばんと黒騎士が一歩前へ踏み出し――「其処まで!!」と声が響いて、天幕の中全てが我に返った。

 叫んだのは脚本家、アッルチナツィオーネ。ぶるぶると震え、その目はまっすぐにラヴィリエを見詰めている。

「す――素晴らしい――――ッ!!!」

 そして、天幕を劈かんばかりの絶叫。転びそうな勢いでラヴィリエに駆け寄り、彼女の手を両手で掴んで矢継ぎ早に叫んだ。

「見つけた! 見つけたぞ! これで全ての問題は解決だ! 銀髪のお嬢さん、君の才能は素晴らしい、是非俺の舞台に立って――ぐわァ!!」

「申し訳ございません、お嬢様。戻りが遅れました」

 途中で悲鳴を上げて脚本家が倒れ伏し、その上には僅かに息を荒くしたヤズローが乗って、押さえ込んでいた。脚本家の両腕を思い切り背中に捻り上げながら。やはり蜘蛛は彼に主の娘の危機を告げるのに手間取ったのか、物凄く急いだらしい。

「遅れていないわ、充分間に合ったわよヤズロー。それに離してあげて、その方の手は物語を紡ぐ貴重な代物よ」

「うおおお正しくその通り! 腕がアアアア! 腕が捩れて千切れる! 勘弁いただきたい!!」

「煩いナ、この不審者」

「一体何様ですか、この無礼者。貴族の子女へ無遠慮に近づき触れるなど、許されなくてよ!」

「し、失礼いたしました! こいつは、役者の才がある人に見境が無くて……!」

「その通り! そしてピグロよ、金の卵を見つけたぞ! 脚本を書き直させろ! これでスチュアートも不要だ! 懸念は全て払拭されるだろう!」

「待て待て待て! すみません、こいつは本当演劇馬鹿で――」

 必死にピグロが止めようとするが、全く止まらない。体を抑え込まれたまま、爛々と目を輝かせながら、この劇団の脚本家はラヴィリエに宣言する。

「君こそが俺の探し求めてきた、新しいルグラーツェだ! 今までにない舞台が出来る! ヒヤクもそれが解って君に声を――カハッ」

 懲りずに尚もラヴィリエに近づこうとしたため、ヤズローは容赦なく首に腕を回して男を気絶させた。

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