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三人娘の春祭り ~高飛車と捻くれと素っ頓狂の晴れ舞台~  作者: 飴丸


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10/20

◆3-4

「この度は貴族のご令嬢様方に大変、大変申し訳ないことを……! どうかお許しくださいませ!」

 平身低頭で地面に頭を擦り付けんばかりに謝罪をしているピグロと呼ばれた男は、この一団のまとめ役ではあるらしい。カリヨン演劇団の団長は、王都の劇場に詰めて離れることが出来ないため、彼はあくまでこの遠征した一団の代表と言う立ち位置であり、人気の役者にはあまり大きく出られないようで、スチュアートの暴挙を止めることが出来かねたようだった。

 椅子代わりに勧められた木箱に座り、地面に届かない足をぷらぷらさせながら、先刻の演技で僅かに頬を上気させているラヴィリエはあくまでにこにこと上機嫌だ。

「御心配なく、私は全然気にしておりませんから。だからヤズロー、そろそろ許してあげてくれないかしら?」

「はい、いいえ、お嬢様。今開放すればまた飛び掛かりかねませんので」

「ぐおお、何だこの糸はッ! さっぱり動けん! 俺に脚本を書かせてくムゴォオ!!」

「口も封じました」

 ぎっちりと蜘蛛糸の束で口を封じられ、ぐるぐる巻きの上地べたに転がされ、その上にヤズローが座っているのが監督兼脚本家、アッルチナツィオーネ。やはり水銀の魔以外には蜘蛛糸がちゃんと機能するらしく、芋虫のようにのたうつことしか出来ていない。その様を困ったように見ながら、ラヴィリエが眉を下げて微笑んだ。

「ヤズロー、あまり痛いことはしないであげてね。彼はカリヨン演劇団の作品を全て手掛けている、優秀な脚本家なのよ?」

「良き才能を持つことと良き人格を持つことは、必ずしも一致しません」

「なんてこと、一片の隙も無い正論だわ……! 御免なさいねアッルチナツィオーネ様、もう少し我慢して下さらない?」

「ムゴォーッ!!」

「平に! 平に申し訳ございませんっ!!」

 脚本家の解放が難しいことをラヴィリエが詫びている内、頭を上げないピグロにグラナートが溜息を吐いた。彼女も木箱を勧められたが、親しむ必要は無いとばかりに立ったままだ。

「この狼藉者もそうですが、先刻の不届きな乱暴者達は何なのです。我がフルゥスターリ家から正式に抗議されても仕方のない振る舞いですわよ」

「この人、やるとなったら本気でやるから舐めない方がいいヨ」

「ど、どうかお許しを……!」

 紫花が茶々を入れるが、実際グラナートは遠慮なく家の名でカリヨン演劇団自体に抗議文を送るだろう。更に小さくなって頭を下げるピグロに対し、まぁまぁと友人を宥めながらラヴィリエが問うた。

「私の知識では、スチュアート様はカリヨン演劇団の看板役者のお一人で、更に今回の主演と伺っていたのだけれど。あの方は、この学院での公演にご不満があったのかしら?」

「え、ええ、まぁ。スチュアートは確かに人気の高い役者ですし、実力もあるのですが、不真面目であまり稽古に顔を出さず……それと、男子生徒が多いこの学院では、どうしても人気が三姫の方に偏ってしまっているのが、気に食わないようです」

「何だイ、キャアキャア言われるのが減ったかラ、駄々捏ねてただけかヨ」

「人気商売なのだから、お気持ちは解らなくもないけどね」

「だからといって、子女に狼藉を働く理由にはなりませんわ。差し出がましいことを申し上げますが、あのような役者を雇い入れていること自体が、演劇団が白眼視されることになりかねませんわよ」

 カリヨン演劇団は確かに人気のある劇団ではあるが、その経営は貴族からの人気と寄付にかなり頼っているらしい。そして劇団内に貴族は殆どおらず、不興を買えばあっさりと劇場ごと潰されかねないのも事実だ。ピグロは胃がねじ切られそうな悲痛な顔で、それでもなお言葉を重ねる。

「ご令嬢様方のお怒りはご尤もでございます! しかし、役者が足りねば今回の公演も出来かねてしまいますので、どうかご容赦をいただければ……!」

 現実的な話をされて、流石のグラナートも不満げだが口を閉じる。別に演劇団を潰したいわけではないが、公演が失敗してしまえば、その余波は学院だけでなくシャラトの町全体や生徒の家族である貴族達にも広がるだろう。人手もぎりぎりらしく、王都から追加で呼ぶことも難しいらしい。

 すると、ちょっと大人しくしていた脚本家が、再びもがもがと動き始めた。

「ヤズロー、口だけでも」

「……仰せの通りに」

 ヤズローは冷たい目で見下ろすだけだったが、ラヴィリエの促しで本当に渋々と、口を封じていた糸だけを切った。口の中に残った粘質の糸をぺっぺと吐き出してから、改めてアッルチナツィオーネは声を張り上げる。

「そこでだ! 配役の変更を進言しよう! ヒヤクは黒騎士役のまま、聖騎士ルグラーツェ役にはその銀髪のお嬢さんを抜擢する!!」

「お、おい、無茶を言うなツィオーネ! 彼女は貴族のお嬢様で、素人だぞ! しかもこんな――」

 ピグロはご尤もな事を告げるが、流石に「こんな小さな」とは貴族の子女に言えなかったらしくもごもごと口を噤んだ。実際ラヴィリエの演技が多少達者でも、その容姿は現在に残されたかの聖騎士の石像や絵姿とは全く似つかない。誉れ高くも勇壮なルグラーツェを求める者達には違和しか与えないだろう。

 しかし脚本家は目を爛々と輝かせながら、癖毛の髪を振り乱して叫んだ。まだ動かせる部分が首しかないので。

「先刻の演技を見ての感想がそれならば、お前の目は節穴だピグロ! 粗削りだが十二分に役者としての華はある! 今までにないルグラーツェ像が描ける、俺はそれが書きたい! そして俺は何よりも、ヒヤクの目を信用しているのだ!」

 早口で言い募る中、ずっと天幕の隅に控えていた白い青年がゆっくりと歩み寄ってきた。ラヴィリエがそちらを見れば、やはり赤紫色の瞳はまっすぐに向かってきて、逸らされない。ラヴィリエも逸らさず、首を傾げて問うた。

「……私が、こちらの素晴らしき舞台に立つに相応しい技量があると、思っていただけたのかしら?」

「だから声をかけた。出来ると解っている」

 何の根拠もなく、断言されてしまった。否、彼には根拠が見えているのだ、と納得せざるを得ない程その言葉には力が籠っている。――まるで、彼女自身に「演技の才がある」と、大きな文字で書いているかのように。

「ふ、ふふふ、そうだろうお前ならそう言うと思っていた! 腕を開放してくれぇ! 脚本を全部書き直すぞ明日までには必ず! ふはははは燃えてきた!!」

「あーあ、演劇馬鹿に火が点いちゃったよ」

「まぁヒヤクの目はあたしらも信用してるからね」

「どうするのピグロ? ああなったらツィオーネは止まらないわよ」

「む、むぐぐ……」

 不安と楽しみが半々と言いたげな三姫の言葉にまた頭を抱えてしまったまとめ役に対し、ラヴィリエは黙ったままだ。グラナートと紫花の視線が向けられても。

 カリヨン演劇団の舞台に憧れ、あれだけ自慢の一人芝居を友人達に見せてきたのだ、普段の彼女ならば一も二もなく飛びつくことだろうに――彼女は俯いたままそっと箱から降り、何かを堪えるように顔を上げ――ぎゅっと両腕で、汚れた脚本を抱き締めたまま離さない。

 そして、じたばた藻掻く脚本家の背に腰掛けたままのヤズローへ、ラヴィリエはそっと声をかけた。

「ねぇ、ヤズロー。……許されるかしら?」

 葛藤の上で、本音を零れ落としたような小さな声を聴き、ヤズローは眉間の皺を限界まで深くして――ふーっと大きく溜息を吐いた。

「全て、仰せの通りに。存分に、やりたい事をなさってください、お嬢様」

 返事はいつも通りの、必ず返る肯定だった筈なのに、ラヴィリエは心から安堵した顔で、微笑んで見せた。

「――ええ、ええ、喜んで! ご指名いただいたこの私、ラヴィリエ・シアン・ドゥ・シャッスが、新しきカリヨン演劇団の舞台を成し遂げて見せましょう! 皆様にはご不安もあるでしょうが、どうぞご照覧くださいませ!」

 次にぱっと顔を上げて見せた満面の笑みは正しくいつもの彼女と同じで、ヤズローは眉間に皺を寄せたまま、歓喜する脚本家の口をもう一度糸で塞いだ。友人達は自然と安堵の息を吐き、三姫は面白そうだと肝の据わった笑いを見せ、ピグロはまた頭を抱えた。

 そして、白い青年――ヒヤクは、もう語るべきものは何もないと言いたげに、その瞳を閉じていた。

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