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三人娘の春祭り ~高飛車と捻くれと素っ頓狂の晴れ舞台~  作者: 飴丸


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11/20

◆3-5

 その日の夜、シャラト学院女子寮は、王都でも有名なカリヨン劇団の三姫を迎えていた。

 昼間の騒ぎで天幕内もごたつき、スチュアート達は街に繰り出して戻ってこない。騒ぎは外にも漏れたらしく、また三姫の姿を一目見ようと不埒者達が天幕の周りをうろついていると聞き、もしよろしければ、とラヴィリエの方から誘ってウィルトンの許可も得た。

 正直、今この学院で一番警備が厳重なのは此処であり、不届きな男子生徒もやってこない。美姫達も此処が秩序神の結界に守られていると知ってご機嫌だ。

「ねぇ、此処に入った男、全員不能になるって本当!? 最高じゃない!」

「助かるわぁ。ね、雑魚寝でいいから此処に泊まらせて! ちゃんと金払うからさ!」

「私達は構いませんわ、ねぇグラニィ、紫花? 逆におもてなしが出来なくて、申し訳ないくらいです」

「いいヨー、楽しそうだシ」

「あの状況では已むを得ませんわ。何か御入用がございましたら、わたくしの従者にお申し付けを」

 壁際に控えているグラナートの侍女たちが揃って頭を下げる。先刻骸骨兵まで連れているのを知らしめたため、幽霊であることを隠す必要は無いと皆半透明だ。普段は王都の貴族達に囲まれ、持て囃されると同時に嫉妬や蔑みも向けられる三姫達は、かなり肝が据わっているらしく、透けた侍女達を怖がったりはしなかった。

「本当に幽霊なんだ! ねね、こいつらも舞台に出せないかしら?」

「確かに、数が出せるのはでかいわ。人手は今いくらでも欲しいしね」

「あらまあ! 凄いじゃないグラニィ、死霊術師の腕前を広める好機よ! 紫花も魔女術を使ったら、舞台効果に使えないかしら?」

「そ、そのようなことにわたくしの死霊術を使うと……!? た、確かに、舞台における死霊術師の表現については、不満がありますけれど!」

「エー、風吹かせることぐらいしかできないヨ、アタシ」

「充分充分~! 王都の舞台じゃ魔具使って似たようなことやってるし、手を貸してくれるんなら大歓迎!」

「あたしらもスチュアート達には辟易してたしさぁ、少しお灸をすえてやりたいのよ。あいつらが居なくても舞台が出来るんなら文句ないわ!」

 三姫達は遠慮なく玄関ホールに自前のラグを敷き、菓子や装身具、化粧道具を広げてすっかり寛いでいる。貴族子女では有り得ない無作法だが、其処に並ぶのは流石王都に轟く三姫に相応しい、煌びやかで高価そうなものばかりだ。思わずラヴィリエ達も見入ってしまうし、普段姦しい女達が倍になればもう会話はそうそう収まらない。

「あ、これがさっきツィオーネが大急ぎで書いた脚本ね、あなたにも渡しとくわ。まだ序幕部分だけだけど」

「あらあらまあまあ、あらあらまあ!! なんて僥倖なのかしら、こんなに早く、新しい舞台の物語を知ることが出来るなんて!!」

 すっかりラヴィリエもいつもの調子を取り戻しており、手渡された紙束を抱き締めてからすぐさま読み始めるのを確認して、紫花はグラナートと視線を合わせ互いに頷いた。先刻の彼女らしくない言動は、やはり憧れの舞台に急に誘われたことによる、緊張や不安だったのだろうと判断し、安堵したのだ。

「伝統的なルグラーツェの偶像を打破したいのだ! って叫んで床を転がってたわ。ツィオーネのいつもの発作ね」

「ああいう人間に舞台の生命線を預けていることに、不満や不安は無いのですか? 貴女方は」

「もう慣れちゃったかなー。実力は確かだし」

 百戦錬磨の三姫達は、グラナートの皮肉にしては強めの叱りもあっさり笑って往なしてしまう。紫花も笑っていたけれど――ふと部屋の隅に控えていたヤズローが一人、台所の方へ向かうのが目に入った。最近は必ずしもラヴィリエに付きっ切りでは無いようだし、単純に茶の支度をしに行ったのかもしれないが――その背中がいつもより小さく見えた気がして、自分もさりげなく立ち上がった。



 ×××



 台所の裏手に繋がる勝手口から外に出て、ヤズローは壁に凭れて地面に腰を下ろした。大きく息を吸って、吐く。肺の中に溜まった、甘ったるい化粧の匂いを逃がすように。こみ上げてくる吐き気を、如何にか堪える為に。

「……薄荷の紙巻、いるかイ?」

 不意に声を掛けられ、不覚を悟る。貴族に仕える従者として怠慢だと解っていたが――立ち上がる代わりに、詫びだけで応えた。これだけでも師匠に叱られてしまうだろうに、酷く足が怠い。

「無作法、申し訳ございません。薄荷は不要です」

「ン、そっカ」

 勝手口の扉に寄りかかってこちらを覗いている紫花はそれを怒るわけでも、戻るつもりも無いらしい。彼女は部屋の中側にいるのに、何故かそちらから風が一筋吹いて、ヤズローの呼吸がほんの少しだけ楽になった。

「最近忙しそうだシ、疲れてんのかなと思ってサ」

「……お気を煩わせたこと、重ねて――」

「そーいうのいいっテ、アタシ貴族じゃないんだシ」

 煩そうにひらひらと手を振られる。事実、身分と言う基準から見れば、南方国の息吹使いは貴族位を持たない者が殆どだ。だからといって主の娘の友人に、無様な姿を見せるのは御免だが――確かに、ヤズローは疲弊していた。普段全力で被っている、優秀な従者の鎧が剥げそうな程に。

 ラヴィリエの平穏な学院生活を守る為、水銀の魔をどんな手段を使ってでも退けなければならないのに、力を削がれた状況。それを打破する為に普段の仕事を離れ、師匠のお叱りを受けつつも対抗手段を探り、面倒な魔操師にも働きかけて、と普段やり慣れないことが重なった結果、疲れは間違いなく溜まっていたようだ。

 それに加えて、化粧をしっかりとした、酸いも甘いもかみ分けた大人の女が三人、寮の中に増えてしまった。警備体制も考え直さなければならないし、何より――彼女達は何も悪く無いのに、ぞわりと背筋に怖気が走ってしまう。

 所謂「女」を前面に出してくる女が、ヤズローは苦手だ。絡新婦のレイユァがまさしくそのように振る舞い、ずっと彼を好き放題食い潰してきたから。冷たくて柔い体と甘ったるい匂いの髪に拘束されて、戯れに血肉を啜られる感触までも思い出してしまう。

 そして何より、もう顔も声も覚えていない筈なのに、化粧の匂いを嗅ぐと、思い出してしまう。

 一度も幼い子供の手を取ることも、抱き締めることも無く、金陽の届かない洞窟街の片隅で、捨て置かれるまま死んで、そのまま、腐って――それをただ、まだヤズローと名付けられていないその女の子供は、見つめて、見届けて――

「んジャ、これやるヨ」

「――?」

 不意に、紫花が手を伸ばし、ヤズローの旋毛に向けてぽとりと何かを落としてきた。容易く掴んでから掌の中を見ると、色は随分と黒いがどうやら大玉の飴らしい。南方産の黒糖で作られたもののようで、甘い匂いが強い。白粉の甘ったるさと違う、食欲をそそるものだ。甘味を好むヤズローの口中に、自然と唾が湧いた。

「国から持ってきたとっておきだかラ、大事に舐めろよナ」

「……有難く、頂戴致します」

 そのことに気付かれているわけでは無さそうで、あくまで紫花はただの労いで飴を振る舞ったようだ。そのまま手をひらひら振って、自分だけ戻っていく。大玉だから、舐めきるまでは戻って来なくて良い、と言いたげに。

 すぐ仕事に戻らねばならないと解っているのに、ヤズローは大きな飴玉をそのまま口に放り込んだ。じゅわりと、濃い甘さが舌の上に広がって、自然と緩みそうになる口元を堪える。

 ずっと感じていた筈の吐き気は、いつの間にか無くなっていた。



 ×××



「――ふざけやがって、あの餓鬼共! 俺を誰だと思っていやがる!」

 怒りに任せて、スチュアートは酒杯をテーブルへと叩きつけた。

 シャラトの街にある酒場は、学院を中心としたこの街の大人達が集まる憩いの場だが、王都の派手な店を沢山知っているスチュアートにとっては全く慰めにならない田舎の店だった。店員達が眉を顰めるが、彼らもカリヨン演劇団の者達だと解っているので、あまり咎めることが出来ていない。

「あの舞台馬鹿が、あんな餓鬼を拾ってきたのが間違いだったんだ……!」

 苛立ちがそのまま声に出ている。彼を囲んでいた取り巻き達も、一時の狂騒が過ぎればやはり戻った方が良いのでは――と言い出した奴から順に殴った。当然スチュアートは天幕へと戻る気は無い。

 絶対に他人には言わないが、彼にとってヒヤクは、己の地位を脅かす存在だった。確かに演技は上手い、どころか、まるでこちらの動きや台詞まで全て覚えているように舞台上で振る舞い、即興や不測の事態にも悠々と対応できる。舞台にとっては使いやすい役者なのは間違いない。

 だが、己の役者としての腕前が、あのような若造に劣るわけがないとスチュアートは本気で思っている。――若い頃からついていた貴族の淑女である客達から持ち上げられ、ここ数年は碌に地道な稽古に参加していない事からは目を逸らしながら。芸は磨かねば錆びつくだけであるのに。

「俺の有難みを思い知れ、あんな舞台なんぞ潰れちまえば――」

 未だ言い足りぬ悪罵を漏らしながら、随分と進んだ酒を更に杯へと注ぎ、思い切り呷る。例え脚本家たちが頭を下げてきても、戻る気は全く無かった。

 ――瓶から注がれた安物の葡萄酒に、薄く広がる鈍色にびいろの膜が見えたような気がしたが、古臭いランプの明かりによる見間違いだと思いながら、それをごくりと嚥下した。

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