表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三人娘の春祭り ~高飛車と捻くれと素っ頓狂の晴れ舞台~  作者: 飴丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/20

◆2-1 素っ頓狂な娘、一人舞台を披露する

【春の祝祭に、カリヨン演劇団がやってくる!】

【世界に名だたる一団が大舞台を披露!】

【シャラト学院大講堂にて、金二十二日開幕!】

 そんな文言が色鮮やかに印字された張り紙が、学院内だけでなく町中の壁に貼られたのは、それからすぐのこと。

「おお、今年の春の祝祭は豪華だな!」

「ここ数年は町の有志による歌と踊りばかりだったものな。劇団を呼ぶなんて、学院も珍しく太っ腹だ」

「カリヨンの三姫がこの目で見られるのか!? とんでもない僥倖だ!」

 生徒達も皆その張り紙の前に集まって、降って湧いた娯楽に目を輝かせている。春の祝祭は、長い冬を終えたネージの何処でも行われる祭りだが、それにかこつけて王都の演劇団を呼ぶ運びになったようだ。

 当日は学院を開放し町中には出店も建てられ、生徒の家族を呼ぶことも推奨されている。当日に思いを馳せたり、急いで実家に手紙を書こうと走り出す生徒など様々だ。普段は学院から出ることも許されず勉学に勤しむ彼らにとって、心湧きたつ一大行事だった。

「あら、あら、あらあらあら! まあまあまあ!!」

 そして、張り紙の前に固まる人垣が、甲高い声に押されて割れていく。曲がりなりにも紳士の卵である貴族子息達は、この学院でたった三人の女生徒を一応尊重しているのだ――どう接すればいいか惑い、遠巻きにしているとも言うが。

 声を上げたラヴィリエの小さな体はその間を堂々と抜け、ぺたりと掲示板に貼り付かんばかりに喜びの声を上げた。普段から大きな瞳を更に見開き輝かせて、淑女の振る舞いなど頭から吹き飛ばしている。

「カリヨン演劇団の舞台が、まさか学院で見られるなんて、なんという幸運かしら! きっとシアン・ドゥ・シャッス男爵家の善行に対する褒賞が与えられたのね! 素晴らしいわ!!」

「騒ぐのではありませんの、はしたない!」

 大はしゃぎで張り紙を剥がして持って帰りそうな勢いだったラヴィリエを、早歩きで追ってきたグラナートが声を荒げて叱った。のんびり近づいてきた紫花も、書かれているネージ語をちゃんと読んでから頷く。

「こレ、前にラビーが言ってた王都の劇団なんだロ? 良かったじゃないカ」

「そうなのよ! もう王都ではどんな演目でもすぐに完売してしまって、どれだけ高位の貴族でも予約をしないと手に入らないのよ! それがまさか学院で見られるなんて! しかも! 無料で!!」

「さもしいことを大声で言うのはお止めなさいな……!」

 大興奮のラヴィリエを左右から固め、三人娘は人垣から脱出した。いつもならヤズローが片腕で抱え上げて退散できるのだが、残念ながら珍しく、彼の姿は無かった。

「やれやレ、こういう時にアンタの従者は何処行ったんだイ」

「ヤズローは最近忙しそうなのよ、放課後はウィルトン先生と改めて結界の点検を行っているみたい。冬の事件を鑑みて、私の為に働いているのね!」

「ならば少しは、手を煩わせないように労いなさいな、もう――」

「うふふふふ、どうしようかしらどうなるのかしら。演目も役者も音楽も、気になることばかりだわ!」

 グラナートの説教が続けられようとしたが、ラヴィリエは上気した頬のままくるくるとその場で周り、飛ぶような足取りで歩き出した。もう彼女の心は劇の舞台へと飛んでしまっているらしい。

「ケッケッケ、ありゃあ今日の授業はもう手につかないネ」

「お待ちなさい、次は実技棟ですわよ! 戻りなさいな!」

 慌てて友人達に追われるラヴィリエの肩には、ヤズローの使い魔である銀蜘蛛が乗っている。

 いつもならば彼女が授業に身が入っていないと見るや、小さな顎で噛みつく蜘蛛は、何故か足を縮めたままで、ぴくりとも動かなかった。

 


 ×××



「……こ、これで五か所目です」

 上擦ったウィルトンの声が鼓膜に届き、ヤズローは咄嗟に打ちそうになった舌を噛んで堪えた。ラヴィリエ達の学院生活を守るために真摯に努めている神官にして講師に、無礼な様は見せられない。苛立ちをぶつけたい相手は、勿論彼では無いのだ。

 学院の敷地内でもかなり外れに位置する、裏山近く。生徒はおろか講師や警備兵も滅多に来ない場所だ。春が近づいて緑が増え始めた山肌に刻まれた、獣の足跡というには不自然に並んだ窪み。――何か、有毒な液体をぶちまけたような、叢の枯れ痕だった。

「結界は」

「通り抜けられては、いません。し、しかし、結界の壁ぎりぎりを、解っているかのような痕ばかりです」

「魔のやりそうなことです。こちらを常に侮り、嘲っている」

 ラヴィリエの瞳に執着する、水銀の魔の痕跡に違いない。神官の結界を潜り抜けるのは無理な癖、こうやって「見ているぞ」「いつでも現れるぞ」と獲物を脅かす。ただの脅しと解っていても、無視は出来ないし、何よりも腹立たしくて仕方ない。

 痕の近くにヤズローは膝を突き、魔銀製の腕を伸ばす。指に僅かに引っ掛かった極細の蜘蛛糸を手繰って引き寄せると、鳴子代わりに仕掛けたそれには水銀の痕が全くついていない。まるで、網目に張った筈の蜘蛛糸に、触れずに通り抜けたような。

「……あの女」

 今度は堪え切れず、口の端から悪罵が漏れてしまった。歯を食い縛って息を吸いこみ、如何にか飲み込む。

 この蜘蛛糸はヤズローの使い魔によるものであり、敵を探し、絡みつき、屠ることのできる強力な武器である。実際、学院の周りだけでなく女子寮にもこの見えぬ糸を張り巡らせ、瘴気や澱の発生をすぐに気づいたり、噂に負けず近づいてきた不届きな男子生徒を締め上げたりすることは出来ている、のだけれど。

「や、ヤズローさん。その蜘蛛の使い魔は、元々は真魔のものであるとお伺いいたしました」

「ええ、非常に不本意ですが。通常は私の意のままに操ることが出来、こちらの命令を違えることもありません――その筈なのに、水銀の魔に対してだけ、力を発揮できていない」

 自分の見通しが甘かった、と歯噛みするしかない。あの女――絡新婦のレイユァが自ら動き、妨害している可能性が高いからだ。

 絡新婦から与えられた、あるいは奪った、彼女の分身である小さな蜘蛛ひとつ。それを噛み潰し、飲み込み、血肉を魔と混ぜることによって、ヤズローも己の中に蜘蛛を飼う事になった。悍ましい力ではあるが、便利なものを利用しない選択肢はない。それがシアン・ドゥ・シャッス男爵家の家訓でもある。

 だが今、己の糸では感知できないところで、異変が起きている。今までこのような事は無かったのに――否、今までが魔の目溢しであり、この蜘蛛糸を奪い返そうとしていなかっただけ、という可能性すらある。

 油断はしていないつもりだったけれど、やはりあの女の膝元から離れ、弛みが出ていたのだとヤズローは自戒する。守るべき主の娘の危機を防げないのならば、どんな力も意味は無い。

「あ、あ、あまりご自身を責められませんように。魔は幾らでも、我等の心の隙を突いてきます。何か別の手段を考えましょう」

「――はい。お心遣い、感謝いたします」

 ウィルトンがどもりつつも何とか宥めてきて、ヤズローもふーっと息を吐いて礼をした。全くもってその通りだ、今己が持っている手が使えなくなったのならば、別の手を増やすまで。寧ろあの水銀の真魔が再び目の前に現れる前に、気づけたのが朗報だろう。

「対抗手段を取る為、私がどうしてもお嬢様の傍を離れることが増えるでしょう。お嬢様の護衛は、師匠の使い魔と――フルゥスターリ侯爵令嬢に私が頭を下げます。寮の結界強化については、ウィルトン先生にお任せしても良いでしょうか」

「は、は、はい! 勿論ですとも」

「その間に、あの水銀の魔を退ける手段を立てます。……先生、学院内に持ち込める物資について、ご相談してもよろしいでしょうか」

「は、はい、具体的にはどのような」

「まずは、花の種を」

「……はい?」

 ヤズローはいたって真剣だったが、ウィルトンはぱちくりと目を瞬かせてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ