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三人娘の春祭り ~高飛車と捻くれと素っ頓狂の晴れ舞台~  作者: 飴丸


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◆1-1 素っ頓狂な娘、憧れを滔々と語る

 シャラト学院付属図書館の重い扉を潜ると、紙とインクの匂いが鼻に届き、ヤズローは眉を顰めた。

 共通語を読むのがやっとの彼にとって、学院が誇る巨大な本の集積館は、あまり馴染みたくもない場所だが、其処に主の娘が陣取っていれば入らざるを得ない。

「……ええ、シアン・ドゥ・シャッス男爵令嬢の。確認いたしました、35番の書庫へ」

「有難うございます」

 受付に座る、恐らく何十年と此処に勤めている老齢の司書に案内を受け、ヤズローは本棚の森を潜っていく。彼の眼にはまるで迷路にしか見えないが、やがて設えられたテーブルの上に沢山の分厚い本を広げている、小さな銀髪の頭を見つけた。

 一瞬少年かと見紛うてしまうほど、その髪は短い。冬休暇を過ごし、一度肩上で切られてしまった髪も大分伸びていた筈なのに、どうも短い髪型が気に入ってしまったらしく、また肩口で綺麗に切り揃えてしまった。溜息を堪えてそちらに近づくと、静かな室内に響かない程度の小さな声が、耳に届く。

「……やっぱり戦神様の奇跡を得るのは難しいのね……それなら寧ろ智慧女神様……紫色の瞳……神代文字の解明……」

 普段授業で居眠りしているのが嘘のように、星が散る夜空の瞳を輝かせ、ラヴィリエは本の世界に没頭していた。広げている蔵書は全て、神とそれが齎す奇跡についての諸本。この国では廃れていっている知識を得る為、貪るように読み耽っている。

「書き換え……文字の削除……うーん、こちらも打ち止めかしら……」

 彼女がこの学院で一番に望んでいるのは、神の怒りに触れて眠りについた父の呪いを解くこと。そのためにはまず敵を知らねばならぬとばかりに、神々に関する書物を読みこんでいるのだ、時間の許す限り。それによって本来の学業が二の次になっているのは叱るべきことかもしれないが、ヤズローにそれを止めることは出来ない。彼女の望みは、己のものと間違いなく合致するが故に。

「方々から怒られそうだけれど、魔操師と非常に似通っているのは間違いなさそう……でも誰もが匙を投げたわ……でも……だけど……」

「――お嬢様」

 彼女の思考がぐるぐると同じところを回転し始めたと判断し、館内に響かぬ程度の声で呼んだ。夢から覚めたように大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、くるりと振り仰ぐ彼女の顔は、いつも通りの笑顔だった。

「あらまあヤズロー、いつの間に? もう寮のお掃除は終わったのかしら?」

「はい、滞りなく。そろそろ夕食のお時間故、お迎えに上がりました」

「あらあらまあ、本当に? すっかり忘れていたけれど、確かにお腹が空いているわ! 今声を掛けられなかったら、空腹のあまり倒れていたかもしれないわね! ありがとうヤズロー、褒めてあげるわ!」

「恐縮です」

 普段は食事もおやつも半時前から騒いで欲しがるラヴィリエが、忘れる程に没頭していたということだ。彼女が興味を持った本に対してそうなることは決して珍しいことでは無いので、ヤズローも一つ頷いただけで、机の上に詰まれた本の片づけを始めた。

 背表紙に書かれた通し番号と棚番号を照らし合わせながら本を返していくと、奥の方から子女用制服の少し長い裾を靡かせた、グラナートがやってきた。彼女も幽霊の従者を後ろに連れており、別の場所で勉強をしていたらしい。

「声がすると思えば、やはり貴女でしたか、ラヴィリエ。もう戻るのですか?」

「グラニィ! ええ、今日はここまでにしようと思うの。貴女も勉強していたのね?」

「ええ、有意義に過ごせましたわ」

 薄い胸を満足げに逸らせる彼女の従者達が抱えているのは、ネージをはじめとした複数国の歴史書のようだ。放課後を苦手科目の自習に当てていたのだろう。

 図書館内故抑えてはいるが、楽しそうに話す主の娘たちの声を聴きながら本の片づけを終え――ふと、見覚えのある文字の羅列が目に入り、ヤズローは無造作にその一冊を手に取った。ラヴィリエの傍まで戻り、そちらを手渡す。

「お嬢様、よろしければこちらをお持ちください」

「何かしら? ――あらまあ! 『聖騎士ルグラーツェの伝説』ではないの!」

 ぱあっと顔を輝かせて受け取るラヴィリエに、当たりを付けたのは間違いでは無かった、と密かに安堵する。幼い頃から彼女がお気に入りの物語の名前を、ヤズローも覚えていた。これよりも薄い子供向けの本を、ヤズロー自身の勉強も兼ねて共に読み聞かせられた記憶がある。それが高じて、彼女の一人芝居にまで散々付き合わされたのは散々だったが。

「うふふふ、疲れた頭に物語を染みわたらせましょう。夕食後にじっくり読むから、こちらは借りていくわね!」

「仰せの通りに」

「有名な話集ですわね。わたくしも幼い頃に読みましたわ。……死霊使いが常に敵役で出てくるのは、どうかと思うのですけれど」

 入り口まで戻る途中、グラナートがほんの僅か、不満げに眉を顰めた。聖騎士ルグラーツェの伝説は世界各地にあり、始原神イヴヌスの祝福を受け、三人の仲間と共に大陸を支配する魔を次々と倒し、平和を齎したと伝えられている。その敵役に、死女神を奉じる死霊使いが出てくる話も多い。彼女にとっては確かに、少し納得のいかない描写ではあるだろう。

「確かに型通りの展開ではあるわね。沢山配下を連れて来られるから、話が盛り上がるのだろうけれど――ごきげんよう、こちらを貸出ししてくださいな」

「はい、只今」

 話の途中で受付まで辿り着いたので、ラヴィリエは持っていた本を司書の老人へと手渡す。髭に埋もれた顔でゆっくりと作業している司書の後ろにある、控室に続く扉が不意に開き、ひょこりと知った顔が現れた。

「ガニーもラビーも帰るのかイ? じゃあアタシも行くヨ」

「あらまあ! 紫花もいたのね。お仕事は順調かしら?」

「そういえばこちらで、本の修繕をしているのでしたか」

「うン、今日の分はもう終わったからサ」

 未だ訛りの取れない北方共通語で話す紫花は、最近は此処で日銭を稼いでいるらしい。手先が器用な上、破れた本を直す為に貼った糊や余計な水分を、すぐに竜の息吹で乾かせるので重宝されているそうだ。

「では、こちらをお持ちください。……お嬢ちゃん、今日もありがとうね」

 司書も紫花が貴族子女では無い分、少し砕けた付き合いが出来ているようで、ラヴィリエに頭を下げた後、小さな布包みを紫花に手渡した。今日の日当が入っているらしい。

「ン。じゃーネ、爺ちゃン」

 遠慮なく受け取った紫花も、好々爺の笑みで手を振る司書に笑顔で振り返している。他人に対し警戒の幕を常に張っているような彼女にしては、珍しい振る舞いだ。

「司書の方にはもう少し、敬意を持ってお話しなさいな」

「いーんだヨ、向こうも喜んでるシ。アタシと同じくらいの孫がいるんだってサ」

 やはり礼儀知らずは逃せず睨むグラナートを往なし、紫花は硬貨の数を確認してから満足げに懐へ締まっている。上機嫌な彼女にラヴィリエもにっこり笑い、借りた本を胸に抱いたまま、うきうきと先導して歩き出した。

「さあさあ、早く寮に帰りましょう! ヤズロー、夕飯の献立は何かしら?」

「いつも通りに、麺麭パンと玉葱のスープです。燻製肉ベーコンが入るか否かは運試しとお思い下さい」

「あらまあ、玉葱のスープは甘くて大好きよ! 命運をかけて大き目の燻製肉が、私のお皿に入ることをを祈るわ!」

「世知辛いナァ。アー、やっと寒くなくなってきて有難いネ」

「やはりネージの春は随分早いのですね。もうこんなに雪が溶けているなんて……」

 寮までの道は、大分冬の雪が無くなってぬかるんでいる。靴は汚れてしまうけれど、待ち望んでいた春がもうすぐそこまで来ていることに、自然と少女達の足取りは軽かった。

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