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三人娘の春祭り ~高飛車と捻くれと素っ頓狂の晴れ舞台~  作者: 飴丸


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17/20

◆5-3

 三人の美しい女達が死霊使いを退け、彼女達は更に先へと進む。

「『ここから先は、黒騎士様の領地でございます。どうぞ、お逃げ下さいませ』」

 黒騎士は魔王に仕えている四魔の一であり、魔王の次に強いとされる実力者である。かの地で細々と暮らす人々からそれを聞いた三人が、聖騎士に伝えねばとした時、当の黒騎士が襲い掛かって来るのだ。

「『貴様が、黒騎士か!』」

 舞台に建てられた岩山の上、黒い外套を翻して現れた影へ戦乙女が叫ぶと、その男は大振の剣を振って答えた。

「『如何にも。我が名は黒騎士、魔王アクイレギア様に仕える一の騎士。貴様等の首魁、聖騎士ルグラーツェは何処に居る?』」

「『――此処にいるとも!』」

 黒い鎧兜を纏った騎士の問いに、鋭く響いた、舞台上からでは無い声に観客がさざめく。男性にしては高めだが、凛々しい声に。

 そして舞台の照明が、客席を挟んだ向こうに開かれた、講堂の扉から現れたものを照らした。

 銀に輝く鎧を纏ったその姿は小さく、観客達の想像する聖騎士の体躯には見えないので、戸惑いの声も上がる。しかしその影は全く怯まず、己の背丈ほどもある輝く剣を両手で掲げて見せた。

「『八柱の神よ、御照覧あれ! 我が名は聖騎士ルグラーツェ! 魔王と瘴気に支配されたこの国を救うため、始原神イヴヌス様に啓示を授かった! ――哀れなる屍人達よ、私がそなたらに永遠の眠りを齎そう!』」

 鎧や剣は軽い木に硝子混じりの塗料を塗ったものだが、真っ直ぐな光を受けて煌めいて見える。そしてその剣は、観客席に再び現れた骸骨兵達を一閃し、見事砕いて見せた。おおお、とまた観客がどよめき、自然と拍手が上がる。観客の間を銀の光は駆け抜け、外套と短く切った銀の髪を翻し、ひらりと舞台に飛び乗った。

「『アエミリア、そのまま加護を捧げてくれ! カエリアは外の敵が入らぬよう、薔薇の壁を! フェリキアは後詰を頼む!』」

「『お任せください!』」

「『邪魔はさせないわ』」

「『無論、命に代えても!』」

 三姫が安堵と信頼を持って迎え入れるその姿はやはり少年のような体躯で、黒騎士よりも小さい。その姿と声に、主に学生達がさざめいている。

「今のは……?」

「あんな背の低い役者がいるのか? 子供か?」

「あの声、銀髪、まさか……いや流石に」

 困惑が広がっていく中、ぱちぱちぱち、と強い拍手の音が響く。

「嗚呼、お嬢様……! なんとご立派なのでしょう! このお姿を旦那様と奥方様に見ていただきたかったこと……!」

「剣筋が良いな、心得があると見た。あの矮躯で大したものだ!」

 ドリスは既にハンカチーフを握りしめて涙を浮かべており、大きな手を叩いているのはイズゥムルートだ。様々な武術を嗜んでいる侯爵令息には、ラヴィリエの動きが実戦により得たものであると解ったのだろう。

 客席の動揺など気にした風もなく、ルグラーツェに扮するラヴィリエの、出来る限り低くした声が堂々と響く。

「『そなたがこの地を治める者か。名は何と言う?』」

「『我が名は、黒騎士。それしか無いし、それだけで良い』」

 この辺りの脚本も、アッルチナツィオーネの筆がかなり乗って修正された部分ばかりだ。聖女役のルマーカが訴えるように声を上げる。

「『ルグラーツェ様、間違いござません。黒騎士は人です。人にも関わらず、魔に傾倒し我らを裏切ったのです!』」

「『……なんと。アクイレギアに仕える四魔が一は、人であるという噂、誠であったか』」

 苦し気な表情を見せ、銀の髪を揺らすルグラーツェは、それでも決意の籠った声で黒い鎧の騎士へと告げる。

「『なれば、尚更。何故、何故人と争う。何故、魔に与するのだ。そなたは魔王に敗れ、膝を折ったのか。さもなくば、夜の淫魔に篭絡されたか』」

「『――なんと安い挑発か』」

 くぐもった声が響く。黒兜の下から、酷く暗い、怨嗟のような声が舞台に響いていく。

「『傲慢なる只人よ、神が我らに何をした。飢えと苦痛と屈辱しか、与えなかったではないか』」

 黒騎士が剣を携え、舞台の山頂から駆け下りてくる。同時に、ルグラーツェも剣を構えた。

「『母が死に、父が病を得た時、祈っても神は何も齎さなかった。始原神イヴヌス、崩壊神アルード、いずれもだ。私を救ったのは――私に手を差し伸べてくださったのは、我らが愛しき夜の魔王、アクイレギア様のみ』」

「『――成程。それが、そなたの得た導か』」

 ルグラーツェの声に籠っているのは、怒りでも悲しみでもなく。

「『そなたの苦しみを、私は受け止めることすら出来ぬ。だが私とて、全てを失った時に、啓示を与えてくださったのは始原神イヴヌス様だ。其処は決して譲れぬ』」

 ラヴィリエの解釈に合わせて、脚本家が変えてくれた台詞だ。互いに信奉するものが違うという事実をただ噛み締め、その上で戦うことを決意した声。

「『故、剣を交えよう、黒騎士。最後に立っていた者が信じるものこそ、秩序と呼ばれるものになるだろう!』」

「『委細、異議なし!』」

 それだけを返し、黒騎士は躊躇わずルグラーツェへと剣を振り上げた。剣戟が響き、三姫が舞台袖に下がって、二人の殺陣が始まる。

「うむ、やはり動きが良いな。声の響き方も見事だ、堂々としている。本当に役者では無いのか?」

「ええ、ええ、お嬢様の演技は幼い頃から卓越しておりました。旦那様と奥方様を喜ばせんが為に、何度もおひとりで芝居をご披露していたのです。剣の腕前も、奥方様譲りで……!」

 感極まったように叫ぶドリスの声に、やはりあれは女生徒の、本当か、と更に生徒達はざわめいていたが、学外からの客達は物珍しいルグラーツェの姿も、堂々とした演技と激しい殺陣と共に受け入れて、拍手が上がり出した。



 ×××



 巨大な槍斧の刃を、真っ直ぐに相手の首へと叩き込む。ずるりと溶けて逃げようとした水銀に掠ると、じゅわっと蒸発するような音がした。

「痛ッてえな! また面倒臭ぇ物持ってきやがって!」

 やはり聖別された武器ならば、痛みを与えることが出来るらしい。快哉を堪え、更に振るう。本来このような巨大な武器は学院内への持ち込みが許されていない。結界と魔女術で講堂を固め、他者に気取られず、物品や建物の破壊をしないことを条件に如何にか持ち込んだのだ。もし下手を打てば、ヤズローの方が学院から放逐されかねない。

「おい、俺があの秩序神の結界を越えられないのは解ってるんだろ? わざわざやり合う必要なんて無いだろうが」

「貴様が生きているだけで、お嬢様の人生の邪魔だ。故に此処で滅する」

「ったく、遊びの無い詰まんねぇ奴……!」

 水銀の魔は完全に回避の態勢を取っており、本当にヤズローとやり合う気は無さそうで攻撃をしてこない。恐らく絡新婦から、絶対に傷つけるなと厳命されているからだろう。非常に腹立たしいが、だからこそこの好機を逃がして堪るものか。

 争う気が無いのならば身を隠していれば良いものを、わざわざヤズローの前に現れたのも奴が魔であるが故だ。勿論ヤズローもそれを狙って、ここまで大仰な舞台を用意したのだが。

 人に怯えて隠れるなど、魔からすれば屈辱以外の何物でもない。一度退けられたことがあるなら、尚更だ。傲慢で、自分以外の他者を何処までも蔑んでいるが故に、引くことはせず逃げも隠れもしない。この好機を逃すわけにはいかず――

「あの蜘蛛との約定は、傷つけるなというだけだ」

「ッ!」

 不意に、ヤズローが踏んだ地面がずぶりと沈む。両足で踏んだところだけが、水銀溜まりとなって具足を飲み込んでいく。巣の中で無くてもこれだけ世界に干渉できるのか、と慄く暇は無い。ぐるぐると伸びた水銀の蔦が、ヤズローの両足に絡みつき、完全に拘束した。

「このまま首以外を括って、放置してもいいんだぜ? ま、暇だしもう少し遊んでやるけどな」

 唇の端をぎちりと持ち上げて嗤う魔の顔を睨みつけ、躊躇わず槍斧を投げようとした腕が、手指が、自在に変形する水銀に絡め取られて落とされた。やはり槍斧に触れると煙が上がり、そのまま放置されたけれど。

「あちち、糞ッ。本当、思いつく限りの嫌がらせをして来やがって。俺の求愛も全部、あの女に伝えられなかったじゃねぇか」

「お嬢様に、貴様の存在など一切知らせる必要は――んぐぅ!」

 ヤズローが開いた口の中に、容赦なく水銀が流し込まれた。ぎりぎりで液体ではなく、触手のような柔らかい個体のため、内臓を傷つけられはしないし、気道も確保できているが声が出せない。

「発動用の文言が言えなきゃ、手足の変形も出来ないんだろ? さーて、後は――」

 対策をしてきたのはこちらも同じとばかり、魔は容赦なく水銀の触手でヤズローを締め上げる。ぎり、ぎち、と具足に巻き付き、ガギュッ、と音を立てて変な方向に曲げ、ばらりと砕けさせた。鎧ではなく義足であるそれを失えば、ヤズローの身体はそのまま地面に落ちるしかない。

「ッ、ん、グ――!」

「傷つけるな、とは定めたがなぁ。あの蜘蛛もこの四肢は嫌がっているから、全部もぎ取っても支障はないさ。どうせ痛くは無いんだろ? 俺としちゃあ血も出なくて、ちょっと物足りないがな」

 げらげらと嘲笑いながら、ヒュドラルギュルムの狼藉は更に続く。みしみしと音を立て、右肩から魔操師謹製の銀腕をもぎ取り、遊ぶように締め砕いていく。最後は左手を指先から一本ずつ、ぎちぎちと毟り取って――開いたその穴の中から、するりと、骨ではない細い何かが滑り落ちた。

「ん? 何――」

「っふ、ぐんッ!」

 その瞬間、ヤズローは躊躇わず口の中の水銀の塊を噛み千切る。喉奥にそれが落ちていく――否、寧ろ邪魔はされないように飲み込んでやった。

「は!? お前――」

 毒でしかない塊を躊躇わず飲み込んだ馬鹿の動きに、思わずヒュドラルギュルムの拘束が僅かに緩んだ時。ヤズローは思い切り、四肢を殆どもぎ取られた体を捩って、地面へと体を転がした。

 そして、同じく落ちて弾んだ先刻の細い棒、先端に光が灯した、魔操師が愛用するペン軸を、がぶりと口で噛む形で掴み取る。

 奪われなかった片眼鏡モノクルは、ラヴィリエの父にして自分の主が愛用していた、魔操師用の眼鏡だ。視力が落ちた際にも活用できるのだよ、とまだ元気な頃の彼は微笑んでいて、ヤズローにも使い方を教えてくれた。お前が魔操師を嫌うのは尤もだが、便利なものに罪は無いのだよ、とも。

 それのお陰で、グラス越しにはっきり見える。この魔が、一番顕示したい大きな文字が。かの魔の本質――【不定である】と書かれているであろう一文に向けて、吹き矢の如く、口に含んだペンを吹いて飛ばした。

 それは鋭く飛び、光るペン先で、間違いなくその一文、一文字に突き刺さった。【とどまらぬ】という文字に。

「っ、は?」

 この世界が神に作られてより、その文言は絶対の理である。故に、それが削られてしまったことにより、彼は流動が出来なくなった。水銀の体は凝り固まり、動かなくなる。四肢を持つ人間が急にそれを奪われたら、体の動かし方が全く解らなくなるように。

 故に――幼い頃に四肢を失い、それでも地べたを這いずって生きようとした結果、無二の主に拾われた少年は、僅かに残った腕一本と短い手足で体を起こし、転がって、全力でその拳を一番近い場所、魔の膝に叩き込んだ。

「っ、ぎ、アアアアアアアアアアア!!!」

 初めて感じる、自分の体が「砕ける」という痛みに、ヒュドラルギュルムは絶叫した。傾いだ体が地面に倒れ、それでも流れて逃げられない己に驚愕したまま、その体に圧し掛かられ――

「は――や、め、」

 驚愕と、恐怖が間違いなくその金の瞳を揺らしたことを確認して、ヤズローは短い脚でその上に跨り、真魔の顔面へと、指が半分もがれた拳を連続で叩きこんだ。



 ×××



「はぁ、ッは――! は、ぁ、」

 片腕であらん限りの打撃を与え、砕け散った鈍色の破片ばかりが地面に広がっている。それが全く動きを無くし、ぼろぼろと崩れていくのを見届け、ヤズローは漸く息を吐いた。

 魔の魂が撓んだ瞬間、只管体を砕いたのが功を奏したのか、目の前に動くものは無い。ただ、腹の中に個体のまま残っているであろう水銀が非常に不快だ。吐き出したいがどうやって――と悩んでいる内、自分の頬をかさかさと這う何かに気付く。

「お前、」

 水銀の魔と相対している間も、まるで眠っているように動かなかった銀蜘蛛が、驚く間もなくヤズローの口の中に滑り込んできた。慌てて咳き込むも、急に腹痛を感じて蹲る。

「ッ、くそ、てめぇ……、ッげほッ! ご、がはァ!!」

 詰る間もなく胃が痙攣し、咳き込むと、口の中からやはりばらばらに砕かれた鈍色の欠片が胃液と共に転がり出てきた。それも、まるで灰のようにぐずぐずと崩れていき、更に沢山の糸と、最後に誇らしげにその八本足を広げて見せた蜘蛛が、ぺしゃりと地面へ落ちる。

 ヤズローの命に係わる状況だから、と言わんばかりに、その蜘蛛は更に甲斐甲斐しく砕かれた四肢を糸で繋げていく。これだけ無理に壊されたのなら、王都に住む魔操師の所へ修理しにいかなければならないので、させてたまるか、という意思表示だろう。あの蜘蛛はあの蜘蛛で、この四肢を作った魔操師を大変嫌っているので。

「いい加減にしろよ、てめぇら……」

 握り潰してやりたいけれど、そろそろ疲労も限界だ。せめて、お嬢様の舞台を最後ぐらいは見たかったのに、と脳味噌の片隅で考えながら、ヤズローの意識はぷつんと途切れた。

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