第4話 白石美月
スマートフォンの画面には、見知らぬ名前が表示されていた。
白石美月。
恒一は、その名前を知らない。
少なくとも、記憶にはない。
それなのに、なぜ電話番号が自分のスマートフォンに登録されている?
「……いつ登録した?」
連絡先を開く。
白石美月。
電話番号。
登録日――表示されない。
恒一は着信を切ろうとした。
しかし、指が止まった。
机の上の黒い本。
そこには、先ほどまでなかった文章が浮かんでいる。
> 「神谷恒一は、電話に出る。」
「出ない」
恒一は呟いた。
本の文章は変わらない。
> 「彼は電話に出る。」
「……絶対に出ない」
着信音が鳴り続ける。
一回。
二回。
三回。
やがて、音が途切れた。
恒一は息を吐いた。
「……切れた」
その瞬間。
スマートフォンに新しいメッセージが届いた。
白石美月:
『電話に出てください』
恒一の背筋が凍った。
続けて、もう一通。
『あなたは今、黒い本を持っていますよね』
「……」
さらに一通。
『それなら、もう時間がありません』
恒一はスマートフォンを握りしめた。
どうして知っている?
誰かが自分を監視している?
それとも――
本が知らせたのか?
恐る恐る返信する。
『誰ですか?』
既読がつく。
すぐに返信が来た。
『白石美月です』
『図書館で働いています』
『そして、その本について調べています』
恒一は画面を見つめた。
「……本について?」
『あなたが買った古本』
『題名のない黒い本です』
恒一の指が止まった。
『どうしてそれを知ってるんですか?』
返信はすぐに来なかった。
十秒。
二十秒。
一分。
やがて。
『あなたが買ったからです』
意味が分からない。
『私は今日、あなたを見ていました』
恒一の心臓が跳ねた。
「……どこから?」
返信。
『古本屋の前です』
恒一は立ち上がった。
カーテンへ向かう。
窓を少し開ける。
外を見る。
誰もいない。
雨は止んでいる。
街灯の下にも、人影はない。
『今、窓を見ましたね』
恒一は窓から飛び退いた。
スマートフォンを落としそうになる。
「……見てる」
誰かが。
今も。
どこかから自分を見ている。
そして、本のページがまためくれた。
パラッ。
そこには文章があった。
> 「神谷恒一は、窓の外を確認した。」
> 「白石美月は、それを知っている。」
恒一は震える手でページを押さえた。
「お前……何なんだよ」
当然、本は答えない。
しかし、その下に文字が浮かび上がった。
> 「彼女は、まだ本の中にいる。」
「……本の中?」
その直後。
電話が鳴った。
今度は出た。
「もしもし?」
しばらく沈黙。
やがて、女性の声。
「神谷さん」
若い女の声だった。
「やっと出てくれましたね」
「あなたは誰なんですか?」
「さっき言ったでしょう」
「白石美月です」
「どうして俺のことを知ってる?」
「知っているんじゃありません」
美月の声が少し震えた。
「読んだんです。」
「……何を?」
「あなたの物語を」
恒一は黙った。
「神谷さん」
美月が言う。
「今から言うことを信じてください」
「無理ですよ」
「それでも聞いてください」
少し間があった。
「あなたが持っている本には、あなたの今日一日の出来事が書かれています」
「……そうだ」
「そして、これから起きることも書かれています」
「知ってる」
「違います」
美月の声が低くなった。
「そこが違うんです」
「……何が?」
「未来が書かれているんじゃありません。」
恒一は息を呑んだ。
「本に書かれたから、現実がそうなっているんです」
――第2話で気づいたこと。
本に書かれたから起きた。
それは偶然ではなかった。
「じゃあ……俺が逆らったら?」
「逆らえます」
「本当に?」
「はい」
美月は答えた。
「ただし――」
声が小さくなる。
「逆らった行動も、すぐに本へ書き足されます。」
恒一は黒い本を見た。
「……じゃあ、どうすればいい?」
長い沈黙。
やがて美月が言った。
「一つだけ方法があります」
「何?」
「その本を――」
美月が息を吸った。
「最後まで読んでください。」
恒一は目を見開いた。
「お前……さっき、読むなって言っただろ」
「はい」
「じゃあ、なぜ?」
電話の向こうで、美月が答える。
「最後まで読まないと……」
その声が震えた。
「あなたは永遠に、本の中を生きることになります。」
恒一は何も言えなかった。
その瞬間。
黒い本のページに、新しい文字が現れた。
> 「白石美月は嘘をついた。」
恒一の目が止まる。
そして――
次の一行。
> 「彼女は、本当のことを一つ隠している。」
さらに文字が浮かび上がる。
> 「白石美月は、すでに一度、この本を最後まで読んでいる。」
電話の向こうで、美月が突然黙った。
恒一はゆっくり口を開く。
「……美月さん」
返事はない。
「あなた……」
その瞬間。
電話が切れた。
同時に、本の最後のページが勝手に開いた。
そこには、まだ誰にも話していないはずの文章があった。
> 「神谷恒一は、白石美月を疑った。」
そして、その下に――
> 「次に疑うべき人物は、父親である。」
恒一は凍りついた。
父は三年前に死んでいる。
それなのに。
本のページの一番下には、
父親からの新しいメッセージが書かれていた。
> 『恒一。
お前がこの本を読むことは、最初から決まっていた。』
そして最後に。
> **『私も、お前を止められなかった。』**




