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『最後のページを読んだ人』  作者: こうた


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第37話 「第二の作者」



 画面に表示された二つの名前を、恒一はじっと見つめていた。


 神谷恒一。


 その下に、


 読者。


「……また、この名前か」


 第一部で何度も見た。


 自分の名前が消え、その代わりに「読者」と書かれたこともあった。


 だが今は違う。


 名前が二つ並んでいる。


「俺と読者は、別なのか?」


 女は答えなかった。


「それとも……」


 恒一は画面を指差した。


「俺自身が読者なのか?」


「どちらだと思う?」


「質問に質問で返すな」


 女が少し笑った。


「あなたらしい」


「……俺を知っているのか」


「知ってる」


「どれくらい?」


「あなたが覚えているより、ずっと前から」


 恒一の背後で、本が閉じる音がした。


 バタン。


 振り返る。


 黒い本が床に落ちている。


 表紙には、新しい文字が浮かんでいた。


『第二の作者』


「作者……?」


 恒一が呟く。


 女が本を拾った。


「これを探していたんでしょう?」


「俺は作者なんか探してない」


「でも、第一部ではずっと探していた」


「……父親を」


「そう」


 女は本を開く。


「あなたは、物語の外にいる誰かが全部を書いたと思っていた」


「違うのか?」


「違う」


 ページに一文が現れた。


『作者はいない。』


 次のページ。


『作者はいる。』


 さらに次。


『作者は読者である。』


 恒一は眉をひそめた。


「また矛盾か」


「矛盾じゃない」


 女が言う。


「順番が違うだけ」


「順番?」


「読む」


 女が一ページめくる。


「書く」


 もう一ページ。


「読まれる」


 さらに一ページ。


「また読む」


 最後のページ。


「そして、また書く」


 恒一は黙っていた。


「つまり……」


「そう」


 女が恒一を見る。


「物語は、作者から始まっていない」


「じゃあ、どこから始まった?」


「最初に誰かが――」


 女の指が、ページの一文字をなぞる。


「誰かを物語として見た瞬間。」


 恒一の背後から声がした。


「だから、俺が生まれた」


 振り返る。


 そこにいたのは――


 十歳の恒一だった。


「……また、お前か」


「うん」


「お前は俺なのか?」


「分からない」


「じゃあ何なんだ?」


「あなたが読んだ俺」


 恒一は言葉を失った。


 十歳の少年は続けた。


「でも、僕もあなたを読んだ」


「……」


「だから僕にとって、あなたは物語だった」


 少年の後ろに、十四歳の恒一が現れる。


 さらに、その後ろにもう一人。


 全員、同じ顔。


 違うのは年齢だけ。


「やめろ……」


 恒一が後ずさる。


「俺は一人だ」


「そう思いたい?」


「当たり前だ」


「じゃあ――」


 十四歳の恒一が言った。


「どうして、僕たちの記憶を全部持っているの?」


 恒一は答えられなかった。


 幼い頃の記憶。


 父親との会話。


 少女との約束。


 二十年前の死。


 自分が知らないはずの記憶まで、自分の中にある。


 それは――


 誰かの人生を読んだ記憶だったのではないか。


「……俺は」


 恒一が呟く。


「誰かの人生を読んで……それを自分の記憶だと思っていた?」


 女が静かに頷く。


「その可能性はある」


「可能性?」


「確定ではない」


「じゃあ、何が本当なんだ」


 女は答えた。


「それを決めるのが、第二の作者」


「誰だ?」


 女は恒一の目を見る。


「あなた」


「……俺?」


「第一部では、あなたは物語から出ようとした」


「そうだ」


「でも出られなかった」


「……」


「なぜだと思う?」


 恒一は考える。


 そのとき。


 黒い本のページに文字が浮かんだ。


『神谷恒一は、物語から出られなかった。』


 恒一はページを睨む。


「違う」


 文字が止まった。


「俺は――」


 恒一はページに手を置いた。


「出られなかったんじゃない」


 文字が揺れる。


「出なかったんだ」


 ページの文章が消える。


 そして新しい文章に変わった。


『神谷恒一は、自分の意思で物語に残った。』


 女が微笑む。


「そう」


「……」


「あなたは初めて、自分で文章を書き換えた」


 恒一の指先が震えた。


「これが……作者?」


「違う」


「え?」


「まだ」


 女は本を閉じた。


「作者になるには、一つだけ必要なものがある」


「何だ?」


「他人の人生を――」


 女が一歩近づく。


「自分の都合で書き換えないこと」


 恒一は少女を見る。


 少女は何も言わない。


 ただ、こちらを見ている。


 恒一は理解した。


 第一部で自分は何度も選択を迫られた。


 誰かを消すか。


 誰かを犠牲にするか。


 誰か一人を本物にするか。


 そして、最後に――


 誰も消さない。


 という選択をした。


「……だから俺は、作者になれないのか」


 女が首を振る。


「逆」


「え?」


「だからこそ、あなたは第二の作者になれる」


 その瞬間。


 スマートフォンが鳴った。


 画面には新しい投稿。


 タイトル――


『神谷恒一の死』


 投稿者――


神谷恒一。


 恒一の顔から血の気が引いた。


「……俺が書いた?」


「まだ書いてない」


「じゃあ誰が?」


 女は画面を見つめる。


「読者」


「……」


「あなたを読んでいる人」


 恒一の背後で、無数のページをめくる音が響いた。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 数え切れないほどのページ。


 そして画面に、最後の一文が表示された。


『第二の作者は、神谷恒一ではない。』


 恒一が息を止める。


 次の一文。


『第二の作者は――』


 そこで文字が途切れた。


 画面が黒くなる。


 そして、ゆっくりと文字が浮かんだ。


『今、この文章を読んでいる人。』


 恒一は画面を見つめた。


 女が小さく呟く。


「……やっと、見つけた」


「何を?」


 女は答えなかった。


 ただ、恒一ではなく――


 画面の向こうを見ていた。


「第二の作者を」


 そして。


 女は初めて、読者に向かって微笑んだ。

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