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自分がシナリオを書いた乙女ゲームに転生したので、台詞を実装し忘れた邪竜に話しかけてみます  作者: ま
第一章 百年、誰も答えなかった問い

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第3話 騎士団、来たる



騎士団が村に着いたのは、初雪の翌日だった。


二十騎の騎兵と、それを率いる一騎。荷馬車が三台。

宿屋の前の広場が、鎧と馬の息で白く曇った。


村じゅうの人が、家の戸口から顔を出している。

子どもたちは雪の上に並んで、口を開けたまま馬を見上げている。

こんな北の果ての村に、王都の騎士団が来ることなど、まずない。


私は雪かきの板を持ったまま、宿の軒下に立ち尽くしていた。


回想の一行目が、本当になった。


先頭の馬から、若い男が下りる。

その顔を見て、私は息をのむ。


銀の髪に、灰色の目。

左の頬に、細い古傷。


騎士団長、カイル・ヴァレン。



『白銀の誓約』の攻略対象の一人で、私が回想の場面の台詞を書いた人だ。



立ち絵より、少し背が高い。

立ち絵より、少し若く見える。


ゲームの中の彼は、いつも少しだけ悲しそうな顔をしている。

十九歳の冬に、北の村を救えなかったからだ。


今、私の目の前にいる彼は、まだそういう顔をしていない。

ただ寒そうに、眉を寄せているだけだった。


人垣をかき分けて、村長が前に出てきた。

腰を折って、帽子を胸に当てる。



「お、王都の騎士さまが、このような村に何のご用で」


「北の山の竜を討ちに来た」



カイルは、短くそう言った。


広場が、しんと静まった。

誰かが息をのむ音が、はっきり聞こえた。

子どもたちが、母親の外套の陰に隠れる。



「竜を……でございますか」


「村には迷惑をかけない。宿と飼い葉の代金は、騎士団が払う」



それだけ言うと、カイルは手綱を部下に預けて、宿の方へ歩き出した。

村長は、帽子を胸に当てたまま固まっている。


人垣の後ろで、ハンナおばあさんが小さくつぶやくのが聞こえた。



「竜を、起こすのかい……」



その声に答える人は、誰もいなかった。




◇




「宿を借りたい。二十一名、三泊」


「は、はい。どうぞ中へ」



母さんが慌てて頭を下げる。

昨日、部屋を温めておいたのは正解だった。

母さんの顔に、そう書いてある。


カイルの後ろから、髭の濃い大柄な騎士が進み出た。

年は三十を少し過ぎたくらいだろうか。

兜を脱ぐと、人の好さそうな丸い目が出てくる。



「副長のロルフだ。おかみさん、急に悪いね。馬が二十一頭に、荷馬車が三台。寝床は、屋根さえあれば藁の上でも構わんよ」


「客室は六つしかないんですけど」


「上等上等。団長と、いびきの静かなやつを上に寝かせて、残りは広間でいい。鍋の火のそばなら、王都の兵舎より暖かい」



ロルフが大きな声で笑うと、母さんの肩から少し力が抜けた。

父さんは黙ってうなずいて、騎士たちを馬小屋の方へ案内していく。


私は、ロルフの顔から目を離せなかった。


その顔も、知っている。

回想の中で、焼けた村を見下ろして泣いている騎士だ。


名前は付いていなかった。

立ち絵もなく、背中だけの一枚絵だった。


この人の名前は、ロルフというのか。

笑うと目尻に皺が寄ることも、今、初めて知った。




◇




広間は、あっという間に鎧と外套でいっぱいになった。


濡れた革の匂いと、馬の匂いと、鉄の匂い。

暖炉の前で、騎士たちが凍えた手をこすり合わせている。

床に置かれた槍が、壁際にずらりと並んだ。


長い槍だった。

穂先に、どれも厚い革の覆いが被せてある。


数えなくても、数は分かる。

二十本。

回想の一枚絵で、雪の岩棚に向けて並んでいた槍の数だ。



「嬢ちゃん、ちょっといいかい」



スープの椀を配っていると、ロルフに呼び止められた。

暖炉の火で、髭の先から雪解けの水が垂れている。



「この村じゃ、竜は夜に吠えるのかい」


「はい。冬の夜に、ときどき」


「おっかないねえ。眠れるもんかね」


「……おっかなくは、ないです」



言ってから、しまったと思った。

ロルフが、丸い目をさらに丸くする。

暖炉の前の卓で、カイルが一瞬だけ顔を上げたのが見えた。



「慣れてるんです。村の人はみんな」


「そりゃ、たくましい村だ」



ロルフは笑って、椀を受け取った。



「リタ、スープを運んで。熱いのを、どんどん」


「はい」



厨房と広間を、何度も往復する。

大鍋の野菜スープが、見る見るうちに減っていく。

母さんは二つ目の鍋を火にかけて、村の女たちを呼びに裏口から駆けていった。


カイルは、暖炉の前の卓に地図を広げていた。

部下たちが、その周りを囲んでいる。


私は盆にスープの椀を載せて、卓へ運ぶ。

椀を一つずつ置きながら、耳をそばだてた。


地図は、北の山の地図だった。

麓の村から山頂まで、細い線で道が書き込まれている。

山頂の黒い印の横に、小さな竜の絵があった。



「竜の巣は、山頂の岩棚。南の尾根から登る」



カイルの指が、地図の線をなぞる。

声は低くて、よく通った。



「三日後の明け方、雪が締まったところで登る。日の出と同時に、岩棚を囲む」


「団長、本当にやるんですか」



ロルフが、腕を組んだまま言った。

さっきまでの笑い声とは、違う声だった。



「百年、誰も討てなかった竜ですよ。歴代の団長も、騎士団を北へ向けたことは一度もない」


「だから、今やる」



カイルは顔を上げずに答える。



「王都の占星院が、この冬に竜が山を下りると告げた。下りてからでは遅い。麓には村がある」



占星院。


私は、椀を置く手を止めそうになった。


王都の占星院は、星の動きを読んで、天気や作物の出来を占う役所だ。

資料集の地図に、建物の名前だけ書いた覚えがある。

それ以上のことは、何も書いていない。


回想の中で、騎士団がなぜ北の竜を討ちに来たのか。

私は「王命により」としか書かなかった。

理由は、本編に関係がなかったからだ。


占星院の予言なんて、どこにも書いていない。



「娘」



不意に、低い声がした。


顔を上げると、カイルの灰色の目が、私を見ていた。



「椀が、傾いている」


「あっ……すみません」



盆の上の最後の椀から、スープが少しこぼれていた。

私は慌てて布で拭いて、椀を彼の前に置く。


カイルは何も言わずに、それを受け取った。

両手で包むように持って、一口すする。



「……うまい」



小さな声だった。

すぐに地図に目を戻したので、たぶん、誰にも聞こえていない。


その一言も、私は書いていない。


厨房に戻りながら、私は盆を胸に抱えた。


三日後の明け方。

騎士団は、眠っている竜の巣を囲む。

槍で起こされた竜は、怒って山を下りる。


回想の筋書きは、もう動き出している。

私の知らない、占星院の予言を乗せて。



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