↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自分がシナリオを書いた乙女ゲームに転生したので、台詞を実装し忘れた邪竜に話しかけてみます  作者: ま
第二章 竜の守り人の村

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/34

第18話 代官ヘルマン



「こ、こちらが、南の町の代官所の、ヘルマンさまで」



村長が、帽子を握りしめたまま、私たちに言った。

声が裏返っていた。


代官は、五十を少し過ぎたくらいの、痩せた男だった。

顔色が青白く、口ひげを細く整えている。

手袋を脱ぐと、指に大きな銀の指輪が三つはまっていた。



「宿の主人は、どなたですかな」



父さんが、一歩前に出た。



「結構。いちばん良い部屋を。それから、従者と御者の部屋も」


「あいにく、今夜は満室で」



父さんが言うと、代官は、初めて父さんの顔を見た。

それから、薄く笑った。



「満室。結構なことですな。では、空けていただきましょう」



その晩、二階のいちばん奥の部屋に泊まっていた吟遊詩人は、竪琴を抱えて馬小屋へ移った。

文句一つ言わなかった。

言っても無駄だと、知っている顔だった。




◇




夕飯のあと、代官は広間の暖炉の前に、村長と、父さんと母さんと、私を呼んだ。


代官は、いちばん上等な椅子に腰かけて、母さんの煮込みを半分残していた。

葡萄酒の杯を、銀の指輪の指でゆっくりと回している。



「さて。竜の話は、南の町まで届いておりますよ。百年ぶりに、竜の守り人が戻った、と」


「は、はあ」



村長が、頭を下げた。



「実に結構。この領地にとって、またとない宝です」



代官は、杯を卓に置いた。



「そこで、代官所として、いくつか決めたことがある」



代官は、細い指を一本立てた。



「一つ。竜は、この領地のものです。竜を見に来る者からは、見物料を取る。炭焼き小屋のあの岩の周りに柵を巡らせ、代官所の者を置く」



二本目の指が立った。



「二つ。竜の恩恵で稼いでいる者からは、竜の税を取る。たとえば、この宿」



母さんの肩が、ぴくりと動いた。

代官は、入口の方へ顎をしゃくった。



「表の板。あれも、勝手に立ててもらっては困る。竜の見立ては、代官所が預かって、代官所が知らせる」



三本目の指が立った。



「三つ。竜は、王都へ献上する。いや、竜そのものを運ぶわけにはいかんから、竜を従えた北の領地として、王都に名を上げる。北の竜を、王国の盾とするのです。隣の国も、竜のいる国に手は出せんでしょう」



私は、思わず口を開いていた。



「竜は、誰のものでもありません」



広間が、しんとした。

村長が、真っ青な顔で私を振り返った。


代官は、ゆっくりと私の方を見た。

初めて、虫でも見つけたような目だった。



「宿屋の娘が、代官に意見ですかな」


「竜は、見世物でも、兵器でもありません。この村に、雪と嵐を教えてくれているだけです」


「だから、宝だと申し上げている」



代官は、薄く笑った。



「娘さん。あなたが竜と話せるという噂も、聞いております。結構。あなたには、竜の通訳として、代官所に仕えていただく。悪い話ではないでしょう。宿屋の娘には、身に余る名誉だ」



父さんが、私の横に立った。

何も言わなかった。

ただ、私の肩に、大きな手を置いた。



「十日後に、領主さまがお見えになる」



代官は、杯を取り上げて言った。



「私がお招きした。竜を従えた北の村を、ぜひご覧に入れたいとね。その日までに、竜には、領主さまの前で頭を下げる練習をしておいてもらう。娘さん、あなたが教えるのです」


「竜は、頭を下げません」


「下げさせるのですよ」



代官は、葡萄酒を一口飲んだ。



「下げぬなら、私は王都へこう書くだけです。北の竜は、人の言うことを聞かぬ危険な獣である、と。今度こそ、騎士団は槍を下ろさんでしょうな」



母さんが、前掛けを握りしめていた。

指が白くなるほど、強く。


村長が、震える声で口を挟んだ。



「お、お代官さま。ですが、村の者は、ただでさえ年貢で手一杯で。この上、竜の税までは」


「年貢で手一杯」



代官は、鼻で笑った。



「北の村々は、この十二年、ろくに年貢も納められぬ貧しい村ではありませんか。毎年、領主さまに頭を下げて、減らしていただいているのは誰だとお思いか。竜で稼げるなら、ありがたく思いなさい」



村長が、ぽかんと口を開けた。



「減らして、いただいて……? いえ、年貢は、毎年きちんと」


「話は、以上です」



代官は、村長の言葉を遮って立ち上がった。

銀の指輪が、暖炉の火を受けて光った。



「明日の朝、竜の顔を拝見しましょう。娘さん、案内を頼みますよ」



代官が二階へ上がっていくと、広間に残った誰も、しばらく口をきかなかった。


最初に声を出したのは、母さんだった。



「……何が、身に余る名誉だよ」



低い声だった。

母さんの声がこんなに低いのを、私は初めて聞いた。



「うちの娘を、代官所の通訳に。竜に頭を下げさせる係に。冗談じゃない」


「声が大きい」



父さんが言った。

母さんは、ぎゅっと唇を結んだ。


村長は、帽子を胸に抱えたまま、ぼんやりと暖炉の燃えさしを見ていた。



「減らしていただいている、と言われた」



独り言のようだった。



「年貢は、毎年、秋に代官所のお役人さまがここへ泊まって、受け取っていきなさる。減らしてもらったことなど、わしが村長になってから一度もない。凶作の年だって、村じゅうで切り詰めて、きちんと」


「受け取りは、毎年、うちの帳簿に書いてもらってる」



父さんが、ぽつりと言った。

村長が、顔を上げた。



「お役人の判も、押してもらってる。じいさんの代からの決まりだ」



私は、帳場の棚に並んだ、古い帳簿の背表紙を思い出していた。


あの代官は、私の書いた物語のどこにもいない。

ゲームの中のハルデ村は、この冬に焼けて終わったから。

焼けなかった村の続きには、私の知らない人が、私の知らない顔で立っている。




◇




その夜、私は厨房の窓を開けた。


吹きこむ風が、冷たい。

広間の暖炉の火は、もう落ちている。

二階の奥の部屋だけ、まだ灯りがついていた。



「ヴェルグ」



小さな声で呼ぶと、尾根の上で、雪がさらりと鳴った。



「聞こえていた」



低い声だった。

いつもより、さらに低い。



「あの男の馬車は、知っている。金色の紋章の、四頭立てだろう」


「見たことが、あるんですか」


「毎年の秋に見る。北の村々の荷馬車が、峠を越えて南の町へ下りていく。何日かすると、南の町から、さらに南へ荷馬車の列が出ていく。その列の先を、あの馬車が走っていく」



私は、窓枠を握った。



「荷馬車の列って」


「北の村々の年貢だ。私は、百年、毎年数えてきた」



竜は、少し黙った。



「リタ。明日の朝、あの男を大岩の前へ連れてこい」


「……どうするんですか」


「頭を下げる練習なら、せん」



尾根の上で、大きな影が身じろぎする気配がした。



「私も、あの男に聞きたいことがある」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。