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自分がシナリオを書いた乙女ゲームに転生したので、台詞を実装し忘れた邪竜に話しかけてみます  作者: ま
第二章 竜の守り人の村

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第15話 竜の天気予報



次の朝、私は声で目を覚ました。



「今日は、昼まで晴れる」



窓の外は、まだ薄暗い。

吹雪のあとの空が、東の端から少しずつ白んでいく。

声は、昨夜と同じ、村のすぐ上の尾根から降ってきた。



「昼過ぎから北の風。夕方には、また雪だ。峠を越える者は、昼までに越えろ」



それだけ言うと、声は止んだ。


私は寝間着のまま、厨房へ下りた。

母さんが、竈の前で生地をこねる手を止めて、天井を見上げていた。

父さんは勝手口を開けて、山を見ている。



「……今の、天気?」


「天気だな」



父さんが、短く答えた。


広場に出ると、村じゅうの戸口に人が立っていた。

みんな、寝起きの顔で山を見上げている。

誰かが「昼まで晴れるとよ」と言い、誰かが「洗濯物を出すか」と言った。

鍛冶屋のおじさんが、腕を組んで唸った。



「竜の天気か。当たるのかね」



当たった。

昼までは雲一つなく、昼過ぎに北から冷たい風が吹きはじめ、夕方にはまた雪になった。

昼前に峠へ向かった粉屋の荷馬車は、雪が降る前に南の町へ着いたと、あとで聞いた。




◇




「昔は、それを書き留める者がおったそうじゃ」



ハンナおばあさんが、広間の暖炉の前で言った。

オットーさんが凍えた指をさすりながら、黙って聞いている。



「竜の守り人の村にはの、竜の言葉を聞いて、村の者に伝える役があった。祖母の、そのまた祖母の話じゃが」


「伝える役、ですか」


「竜の声は、聞き逃すこともあるじゃろう。朝寝坊もおる。だから、聞いた者が書いて、皆に見せたんじゃと」



私は、資料集の頁を思い浮かべた。

守り人の村の暮らし。

冬の朝、竜の告げる空を板に書いて、村の入口に掲げる。

隠しルートの第一章で、古老が話す昔話の一つだ。


そこまでは、私が書いた。

それが本当に、百年前のこの村にあったのだ。


その日の午後、私は父さんに頼んで、薪小屋の古い板を一枚もらった。

表を削って、白樺亭の入口の脇に立てかける。

炭で、大きく書いた。



『今日の空 昼まで晴れ。昼過ぎから北風。夕方から雪。峠は昼までに』


「何だい、そりゃ」



母さんが、戸口から顔を出した。



「竜の天気予報。旅の人に見えるように」


「天気、よほう?」



母さんが、首を傾げた。

しまった、と思った。

この世界に、そんな言葉はない。



「……竜の、天気の見立て」


「ふうん」



母さんは、板をしばらく眺めていた。

それから、前掛けで手を拭いて言った。



「字が曲がってる。明日から、もうちょっと丁寧に書きな」



次の朝、オットーさんは板を読んでから、荷馬車に乗った。



「竜の見立てなら、間違いねえ」



それから、皺だらけの顔で、板の字を指でなぞった。



「来年の秋も、この板を見に来るよ。嬢ちゃんの字が、もうちょっとまっすぐになってるか」



母さんと同じことを言われた。


オットーさんは、昼までに峠を越えていった。

南の町へ下りたら、きっとこの話をするのだろう。

吹雪の窪地で、竜の声に助けられた話を。


竜の声は、次の朝も、その次の朝も降ってきた。


それから三日もすると、村の子どもたちが炭焼き小屋まで行くようになった。

ずっと「悪い子は竜にさらわれる」と言われてきた子たちだ。

先頭は、もちろんトマだった。


炭焼き小屋の脇には、牛ほどもある大きな岩がある。

昔から、子どもはそこより上へ行ってはいけない決まりだった。

その岩の前に並んで、子どもたちは尾根に向かって叫ぶ。



「竜さまー! 昔話してー!」



最初の日、竜は黙っていた。

二日目、子どもたちがあまりにしつこいので、根負けしたように話しはじめた。

雪崩の見分け方の話だった。

斜面に入った細い割れ目と、雪の下で鳴る音の話。



「つまんない!」



トマが叫んで、尾根の上で、竜が長い息を吐く音がした。



「……では、星の名前の話にするか」



その晩、トマは夕飯の席で、北の空の星の名前を三つも言えるようになっていた。

鍛冶屋のおじさんが、煤だらけの手で頭を抱えたそうだ。


大人たちは、子どもたちほど素直ではなかった。

それでも、いつの間にか、大きな岩の上に蜂蜜酒の瓶が置かれるようになった。

誰が置いたのかは、誰も言わない。

一本が二本になり、二本が五本になった。


竜は、一本も飲まなかった。

冬至の夜に一口だけ、と決めているからだ。

瓶の数だけが、日に日に増えていった。




◇




厨房の柱には、暦が掛かっている。

南の町の行商人が毎年秋に置いていく、一枚一月の暦だ。


一枚の下の端に、小さな字で、その月の空の見立てが刷ってある。

王都の占星院が、星を読んで決めたものだ。

今月の見立ては、こうだった。



『北、雪少なく、穏やか』



私は、その字をしばらく見ていた。


初雪から半月あまりで、吹雪が一度、大雪が二度。

穏やかとは言えない。



「暦の天気なんか、北じゃ誰も当てにしちゃいないよ」



母さんが、私の視線に気づいて笑った。



「王都の偉い人たちが、王都の空を見て決めるんだもの。北の山の雪なんか、分かりゃしないさ」



そうかもしれない、と思った。

けれど、カイルは言っていた。

占星院の予言は、外れたことがない、と。


外れたことがないはずの予言が、この冬、一度外れた。

北の空の見立ては、たぶん、毎年のように外れている。


その夜、窓から山に向かって聞いてみた。

大きな声を出さなくても、竜には聞こえる。

尾根の上は、宿の窓からそう遠くない。



「ヴェルグ。王都の星読みは、北の雪を読めないんですか」



少しの間があった。



「星は、空の上のことしか教えん。雪は、山と風が決める」


「じゃあ、昔は誰が、北の雪を王都に知らせていたんですか」



今度の間は、さっきより長かった。



「私だ」



低い声が、尾根から降ってきた。



「百年前までは、北の雪と嵐は、私が告げていた。人の王の都にもな」



それきり、竜は黙った。

おやすみ、とも言わなかった。


私は、窓を閉めて、柱の暦を見上げた。

人の王と竜の約束。

竜は北の雪と嵐を人に告げ、人は守り人の村と、冬至の蜂蜜酒を守る。


約束が破られた理由を、私は書いていない。

書いていないのに、暦の小さな字が、急にそこだけ黒く見えた。


私は、首を振った。

考えても、分からないことは分からない。

今、分かっていることから始めればいい。


冬至の蜂蜜酒。

人が守るはずだった、約束の半分。


それなら、私にも作れる。

守り人の村の蜂蜜酒の醸し方を、私は知っていた。

資料集の、料理の頁に書いたから。



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