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自分がシナリオを書いた乙女ゲームに転生したので、台詞を実装し忘れた邪竜に話しかけてみます  作者: ま
第二章 竜の守り人の村

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第14話 吹雪の晩



騎士団が発った次の晩、私はいつものように厨房の窓から山を見ていた。


山の上で、竜が吠えた。

短い声だった。

こだまに崩れて、言葉の形は半分も残っていない。


それでも、分かった。

区切りの数が、十年、毎晩聞いてきたのと同じだったから。


おやすみ。


私は窓を開けて、身を乗り出した。

冷たい風が、頬を打つ。

両手を頭の上に上げて、大きく振った。

山の上から見えるかどうかなんて、分からない。



「あんた、何やってんの。寒いじゃないの」



母さんに叱られて、窓を閉めた。

閉めてから、一人で笑った。

百年、誰にも返事をもらえなかった「おやすみ」に、初めて返事をしたのだ。


それから、何日か過ぎた。


母さんは、雪が深いうちは山へ行くなと言った。

父さんも、今度は黙っていなかった。

私は言われたとおり、毎晩窓から山を見るだけにした。


村の人たちは、まだ半分ずつだった。

騎士団の話を信じた人は、夜の吠え声に耳を澄ませる。

信じない人は、「化かされた」と言う。

どちらも、竜の声を自分の耳で聞いたことはない。


トマだけは、毎日のように厨房の勝手口に来た。



「リタ姉ちゃん。竜って、何を食べるの」


「さあ。蜂蜜酒は好きだって」


「蜂蜜酒だけ? おなか空かないのかな」


「冬至の夜に一口だけ、って決めてるんだって」



トマは、蜂蜜の小さなパンをかじりながら、難しい顔をした。

一口だけ、というのが、八つの子にはどうしても納得がいかないらしい。



「おれなら、毎日飲む」


「トマはまだ飲めないでしょ」



笑いながら、私は山を見上げた。

本当のところ、私も知らない。

台本の竜は、ヒロインの持ってきた蜂蜜酒しか口にしなかった。

百年、何を食べて生きてきたのかは、書いていない。




◇




騎士団が発って十日後の昼過ぎ、雪が降り出した。


最初は、細かい粉雪だった。

それが、夕方には横殴りになった。

窓の外が真っ白で、向かいの家の灯りも見えない。


南の街道から、行商人の荷馬車が一台、まだ村に着いていない。

いつもこの季節に塩と針を運んでくる、年寄りの行商人だ。

オットーさんという名前で、毎年うちに二晩泊まっていく。



「峠は越えたはずだ。昼前に峠の茶屋を出たって、茶屋から下りてきた炭売りが言ってた」



父さんが、広間の戸口で言った。

村の男たちが、松明を持って広場に集まっている。

けれど、吹雪で三歩先も見えない。



「探しに出たら、今度はこっちが埋まっちまう」



鍛冶屋のおじさんが、悔しそうに言った。

誰も、言い返せなかった。

父さんが唇を噛んで、街道の方を睨んでいる。


峠から村までは、ふつうなら荷馬車で半刻だ。

どこかで、脚を取られたのだ。

この吹雪の中で夜を越せば、年寄りはまず助からない。


私は、広場の端に立って、山を見上げた。

山は見えない。

雪と風の音しか、聞こえない。


ヴェルグ。

声には出さずに、名前を呼んだ。


そのときだった。


山の方から、声が降ってきた。



「街道の二本杉の先、右の窪地だ。馬が脚を取られている。まだ生きている」



広場が、しんと静まった。


男たちが、松明を持ったまま山を見上げた。

吠え声ではない。

はっきりとした、人の言葉だった。


それに、近い。

岩棚からの声ではなかった。

村のすぐ上の尾根、炭焼き小屋の上あたりから降ってくる。

竜が、そこまで下りてきているのだ。



「窪地の手前で、雪が緩んでいる。左の岩沿いに回れ。私が見ている」



最初に動いたのは、父さんだった。

それから、鍛冶屋のおじさんが続いた。

松明が一本、二本と、南の街道へ向かって動き出す。


トマが、首から下げた鉄の笛を思い切り吹いた。

細い笛の音が吹雪を裂いて、山へ上っていく。

四拍、休み、三拍。


山の上から、低い声が一つだけ返ってきた。



「聞こえている、小さいの」



トマが、笛を握ったまま、ぽかんと口を開けた。

それから、真っ赤な顔で、もう一度吹いた。


私も、街道へ向かって走り出そうとした。

そのとき、上から声が降ってきた。



「リタ。お前は行くな」



足が、止まった。



「宿の灯りを、絶やすな。戻る者の目印になる」



私は、山を見上げた。

見えるはずのない金色の目が、こちらを見ている気がした。


名前を、呼ばれた。

娘でも、窓の娘でもなく。


岩棚で名乗ったのを、聞いていたのだ。

聞いていて、今まで一度も呼ばなかった。



「……はい!」



私は、白樺亭へ駆け戻った。




◇




厨房の窓に、ありったけのランプを並べた。

広間の窓にも、二階の客室の窓にも。

母さんは何も聞かずに、一緒に油を注いでくれた。


白樺亭の灯りが、吹雪の中に浮かんだ。

十年、私がこの窓から見上げてきた山が、今は灯りを見下ろしている。


それから、母さんと二人で、竈に大鍋をかけた。

干した豆と塩漬けの豚を、ありったけ放り込む。

戻ってきた男たちが、すぐに温かいものを口に入れられるように。



「あんた、さっき、名前を呼ばれてたね」



鍋をかき回しながら、母さんが言った。

こちらを見ないままだった。



「……聞こえた?」


「広場じゅうに聞こえたよ。竜が、うちの娘の名前を知ってるなんてね」



母さんは、鼻をすすった。

湯気のせいだと、言いたそうな顔だった。



「宿の灯りを絶やすな、か。あんたのひいばあさんの代から、冬は夜通し厨房の灯りを消さないんだよ。旅の人の目印になるようにって」



私は、黙って鍋の湯気を見ていた。

その灯りの中に、十年、窓から山を見上げる娘がいたことを、竜は知っていた。


一刻後、男たちは行商人と馬を連れて戻ってきた。


オットーさんは凍えて震えながら、父さんの肩につかまっていた。

広場の真ん中で振り返って、何度も山の方へ頭を下げた。



「声がしたんだ。窪地の底で、もう駄目だと思ったら、上から。動くな、すぐに来る、って」



歯の根が合わないまま、オットーさんは繰り返した。



「竜の声だった。あれは、竜の声だった」



ハンナおばあさんが、広場の真ん中で膝をついて泣いていた。

雪の上に、杖が転がっている。



「祖母の話は、本当じゃった。竜が、雪崩の来る日を教えてくれる。本当じゃった……」



誰も、もう「化かされた」とは言わなかった。


その夜、吹雪がやんだあと、私は厨房の窓から山を見上げた。


尾根の上から、低くて少し掠れた声が降ってきた。

今度は、こだまに崩れなかった。



「おやすみ、リタ」



窓を開けると、向かいの家の窓も、その隣の窓も、少しずつ開いていた。

村じゅうの窓が、その声を聞いていた。



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