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自分がシナリオを書いた乙女ゲームに転生したので、台詞を実装し忘れた邪竜に話しかけてみます  作者: ま
第一章 百年、誰も答えなかった問い

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第11話 お前は、なぜ私に話しかけた



呪いを解く方法。


私は、竜を見る。

方法は、知っている。


隠しルートの最終章で、ヒロインが竜の最後の問いに答える。

正しく答えたとき、呪いは解けて、竜の言葉はすべての人に届くようになる。

問いも、答えも、私が書いた。


八万字の、いちばん最後の場面だ。


本当なら、そこへたどり着くまでに、ヒロインと竜は長い時間をかける。

春から冬まで、季節を一つずつ越えて。

雪崩の見分け方を教わり、守り人仲間の昔話を聞き、星の名前を一つずつ覚える。

そうやって積み重ねた末に、竜は最後に一つだけ問う。


私と竜が会ってから、まだ一晩しかたっていない。


それでも、問いに答えられるのだろうか。

答えさえ合っていれば、呪いは解けるのだろうか。

それとも、積み重ねた時間がなければ、同じ言葉でも届かないのだろうか。


分からない。

そこまでは、書いていない。



「ヴェルグ」



名前を呼ぶと、竜は鼻から長い息を吐いた。

岩棚の雪が、ふわりと舞い上がる。



「……分かっている。問えばいいのだろう」



不機嫌そうな声だった。

けれど、その奥に、別のものが混じっているのが分かった。


怖がっている。


百年、誰も答えなかった問いだ。

吠え声にしかならない問いに、答えられる人などいなかった。

雪崩から掘り出された騎士でさえ、言葉は聞き取れなかった。


今度こそ、言葉の分かる相手がいる。

それで答えてもらえなかったら、この竜には、もう何も残らない。



「何と言っている」



カイルが、低く聞いた。



「呪いを解く問いを、今から投げると」



騎士たちが、ざわめいた。

ロルフが、槍を雪に突き立てて、両手を腰に当てる。



「問い? 謎かけかい。竜ってのは、そういうもんなのか」


「この竜は、そういう竜なんです」



私が書いたから、とは言わなかった。



「答えを間違えたら、どうなる」



カイルが聞いた。

剣の切っ先は雪に下ろしたまま、目だけが鋭い。



「……分かりません」



正直に言った。

隠しルートには、間違えた場合の分岐がない。

ヒロインは、必ず正しく答えるからだ。

間違える選択肢は、作る時間がなかった。



「分からないものに、村の命運を賭けるのか」


「村の命運なら、昨日の夜から賭けています」



カイルは、何も言わなかった。

ただ、ほんの少しだけ、口の端が動いた気がした。




◇




竜は、首を下ろした。


長い首が、雪の上をゆっくりと滑ってくる。

金色の目が、私の目の高さまで下りてきた。

騎士たちが思わず後ずさる音がしたけれど、私は動かなかった。


鼻先から、蜂蜜酒の甘い匂いがした。



「百年、誰も答えなかった問いがある」



竜の声は、静かだった。

低くて、少し掠れていて、それでも、一つ一つの言葉がはっきりと立っていた。



「――お前は、なぜ私に話しかけた」



最終章の台詞、そのままだった。


一字一句、私が書いたとおりだった。

書いた夜のことを、覚えている。

会社の窓の外が、白み始めていた。

この一行に、八万字の全部を背負わせるつもりで書いた。


答えも、覚えている。

ヒロインの答えは、こうだ。



『あなたの声が、聞きたかったから』



私が徹夜で書いて、ディレクターに「ここ泣けますね」と言われた一行だった。

削られると決まる、ひと月前のことだ。


唇が、その形に動きかけた。

あなたの。

そこまで、声になりかけた。


そして、止まった。




◇




違う。


それは、ヒロインの答えだ。


あの子なら、きっとそう言う。

春から冬まで、竜と季節を一つずつ越えてきたあの子なら。

竜の声を、誰よりも聞きたいと願ってきたあの子なら。


でも、ここに立っているのは、ヒロインではない。


南の神殿で目覚める聖女でも、世界を救った人でもない。

宿屋の娘だ。

十年、厨房の窓から山を見て、竜が下りてこないか見張っていた娘だ。


それから、この竜の台詞を書いて、それを誰にも読ませてあげられなかった女だ。


あなたの声が、聞きたかったから。

それは本当だ。

けれど、それだけではない。


私がここへ来たのは、竜の声を聞きたかったからではない。

竜に、声を返したかったからだ。


ヒロインの答えを言えば、呪いは解けるのかもしれない。

私が書いた正解だ。

間違えるはずがない。


けれど、それを言ったら、私はまた、誰かに台詞を言わせることになる。

この竜に、また、書かれたとおりの物語を生きさせることになる。


百年も、待たせたのに。


竜の金色の目が、私を見ている。

答えを待っている。

その目の奥で、百年分の何かが、息を詰めている。


私は、息を吸った。



「……あなたの言葉を、書いたのが私だからです」



竜の目が、揺れる。


騎士たちの誰かが、何だそれは、とつぶやいた。

カイルが、片手を上げてそれを制した。



「書いたのに、誰にも届けられなかった。あなたは何か言いたそうに口を開けたまま、一行もしゃべらせてもらえずに、倒されるだけの役にされた」



声が、震えた。

止めなかった。



「それが、ずっと悔しかった。十年、窓から山を見ながら、ずっと悔しかった。だから、話しかけに来ました」



雪の上で、両手を握りしめる。



「書いた者の責任です」



岩棚の上に、沈黙が落ちた。


風が止んでいる。

騎士たちは、息をひそめている。

カイルも、剣を持ったまま動かなかった。


竜は、私を見ていた。

金色の目を、少しも動かさずに。


長い沈黙だった。

私の書いた台詞が一つもない、本当の沈黙だった。


やがて、竜が、ふっと息を吐いた。



「……それは、私が用意していた答えではないな」



心臓が、止まりそうになった。


外れた。

私の書いた正解ではない答えを、私は選んだ。

そして、外れた。


騎士たちの槍が、かすかに鳴った。

カイルの剣の柄が、きしむ音がした。



「すみません」



声が、勝手にこぼれた。

金色の目が、私を見下ろしている。

その目が、ゆっくりと細くなった。



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