第9話 薬屋に騎士が五人増えました
「……多すぎる」
朝。
私は窓の外を見て、もう一度呟いた。
「多すぎる」
昨日までなら、森の中に人影など一つもなかった。
それが今は――。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
「本日も異常ありません!」
「…………」
庭に騎士が五人。
しかも全員、朝から元気だ。
「王様」
「なんだ?」
私の隣で薬草茶を飲んでいるアルベルトを見る。
「どうして騎士が庭にいるんですか?」
「君の護衛だ」
「知っています」
「昨日、薬屋を狙うという脅迫があっただろう」
「ありましたね」
「だからだ」
「五人も必要ですか?」
「必要だ」
「本当に?」
「本当だ」
「…………」
私は窓の外を見る。
騎士たちは真剣な顔で森を警戒している。
一人は木の上。
一人は家の裏。
一人は玄関。
残り二人は――。
「何で薪割りしてるんですか?」
「護衛の一環です!」
「そうなんですか?」
「はい!」
私はアルベルトを見る。
「王様」
「何だ?」
「この人たち、仕事を間違えてません?」
「……私もそう思う」
騎士たちは黙々と薪を割っていた。
◇
「それで、今日は何をするんですか?」
アルベルトが聞く。
「薬を作ります」
「手伝おう」
「王様にできるんですか?」
「昨日も店番をした」
「薬作りは?」
「……できない」
「では、座っていてください」
「分かった」
アルベルトは素直に椅子へ座った。
私は薬草を取り出す。
「これは傷薬」
「うん」
「これは熱冷まし」
「うん」
「これは胃薬」
「なるほど」
「これは――」
「惚れ薬はあるか?」
「…………」
私はアルベルトを見る。
「ありません」
「そうか」
「必要なんですか?」
「いや」
アルベルトが少しだけ顔を赤くした。
「ただ聞いただけだ」
「そうですか」
私は薬草を刻む。
「ちなみに、惚れ薬なんて存在しませんよ」
「そうなのか?」
「好きな人が自分を好きになる薬なんて、あったら怖いでしょう」
「……確かにな」
「人の気持ちは薬で変えるものじゃありません」
アルベルトが私を見る。
「君らしいな」
「何がです?」
「いや……何でもない」
私は首を傾げた。
◇
昼になった。
騎士たちも家の中に入ってきた。
「……狭い」
「申し訳ありません!」
騎士の一人が頭を下げる。
「でも、外は寒いので」
「そうですか」
私は人数分の薬草茶を出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
「いただきます!」
「……美味い」
五人の騎士が一斉に薬草茶を飲む。
「どうですか?」
「疲れが取れる気がします!」
「これ、普通のお茶ですよ」
「そうなんですか!?」
「薬草を少し入れただけです」
「それが普通ではないのでは……?」
アルベルトが呟いた。
私は聞かなかったことにした。
◇
午後。
私は薬を作っていた。
すると。
「リゼット殿」
「はい?」
「この薬草は?」
アルベルトが棚から薬草を一つ取った。
「触らないでください」
「……分かった」
「それは毒があります」
「先に言ってくれ」
「言おうと思ってました」
「遅い」
アルベルトが慌てて薬草を戻す。
「王様」
「何だ?」
「指、大丈夫ですか?」
「……?」
私は彼の手を見る。
指先が少し赤くなっていた。
「毒がついてます」
「…………」
「解毒します」
私は彼の手を取った。
アルベルトが固まった。
「じっとしてください」
「あ、ああ」
私は薬を塗る。
「これで大丈夫です」
「……そうか」
「はい」
「…………」
「どうしました?」
「いや」
アルベルトは手を見ながら、妙に嬉しそうだった。
「何でもない」
「変なの」
私は手を離した。
その瞬間。
アルベルトの顔が少し寂しそうになった。
私は気づかなかった。
◇
夕方。
アルベルトが帰る時間になった。
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
「明日も来る」
「……薬、必要ですか?」
「必要だ」
「何本?」
「一本」
「一本だけ?」
「ああ」
「それなら、明日じゃなくても――」
「明日来る」
「…………」
私は諦めた。
「分かりました」
「では、また明日」
アルベルトが森を出ていく。
私は扉を閉めた。
「……一本の薬を買うために、毎日来るのか」
どう考えてもおかしい。
でも。
少しだけ――。
「……まあ、いいか」
そう思った。
◇
夜。
騎士たちは交代で見張りをしていた。
森は静かだった。
風の音。
虫の声。
何もない。
「……異常なし」
騎士の一人が呟いた。
その瞬間。
森の奥で、枝が折れた。
「……誰だ!」
騎士たちが一斉に剣を抜く。
しかし、何もいない。
「気のせいか?」
一人の騎士が近づく。
その足元に――。
小さな瓶が落ちていた。
「これは……」
拾い上げる。
瓶の中には、黒い液体が入っている。
「隊長!」
「触るな!」
しかし、遅かった。
瓶の中の液体が、突然――。
黒い煙になって噴き出した。
「っ!」
騎士たちが身構える。
煙は空へ昇っていく。
そして。
森の奥から、低い声が響いた。
『白銀の魔女を渡せ』
騎士たちの顔が強張る。
『さもなくば――』
声が消える。
森は再び静かになった。
「……隊長」
「ああ」
「これ……陛下に報告しますか?」
「当然だ」
「しかし……」
隊長は薬屋の方を見る。
窓には、小さな明かりが灯っている。
「今夜は何としても、あの方を守れ」
騎士たちは頷いた。
そして――。
薬屋の中では。
「……ふぁ」
私は大きなあくびをした。
「眠い」
何も知らずに、布団へ入った。
その夜。
私は久しぶりに、祖母の夢を見た。
『リゼット』
「……おばあちゃん?」
『王様を信じなさい』
「どうして?」
『あなたを守れるのは――』
そこで目が覚めた。
「…………」
外はまだ暗い。
私は胸に手を当てる。
「……何だったんだろう」
そして窓の外を見る。
庭には五人の騎士。
その向こうには、深い森。
私は知らなかった。
この夜。
王都へ向かった一人の騎士が――。
国王アルベルトへ、重大な報告を届けていることを。
「陛下」
「どうした?」
「敵が動きました」
「…………」
アルベルトは立ち上がった。
「明日の朝、私自身が森へ向かう」
国王の声は、今までにないほど冷たかった。




