第8話 森で爆発が起きました
ドォン!!
二度目の爆発音が森に響いた。
「……今の、近いですね」
「ああ」
アルベルトが剣を抜く。
「リゼット殿。ここにいてくれ」
「嫌です」
「なぜ!?」
「私の家ですから」
「危険かもしれない!」
「だから行きます」
私は薬草籠を置き、壁に立てかけていた杖を手に取った。
「……杖?」
アルベルトが目を丸くする。
「魔女なので」
「それは知っている」
「では、行きましょう」
「……分かった」
私たちは森の奥へ向かった。
◇
森の中には、煙が立ち込めていた。
「何か燃えているな」
「火ではありません」
「分かるのか?」
「薬草の匂いがします」
私は鼻を動かす。
焦げた薬草。
魔力。
そして――。
「……血の匂い」
アルベルトが険しい顔になる。
「気をつけろ」
木々の間を抜ける。
そこには、小さな馬車が横倒しになっていた。
周囲には荷物が散乱している。
「誰かいる!」
アルベルトが駆け寄る。
馬車の下から、男の声が聞こえた。
「助け……て……」
「今出す!」
アルベルトが馬車を持ち上げる。
私は男を引っ張り出した。
「大丈夫ですか?」
「う……」
男は若い商人だった。
肩に深い傷がある。
「薬を」
私はすぐに傷薬を取り出した。
「これを飲んでください」
「……薬?」
「はい」
商人は震える手で瓶を受け取り、飲み干した。
傷が塞がっていく。
「……助かった」
「何があったんですか?」
「突然……何かに襲われたんだ」
「何か?」
「黒い……影のような……」
商人は震えながら森の奥を見る。
「……あそこにいる」
「え?」
私は振り返った。
木々の間。
黒い何かが動いた。
「アルベルト」
「分かっている」
剣を構える。
「下がっていろ」
「嫌です」
「またか」
「私も戦えます」
「君は薬屋だろう?」
「魔女です」
「……そうだったな」
黒い影が姿を現した。
獣のような形。
しかし、普通の獣ではない。
身体から黒い煙が噴き出している。
「魔物か?」
「違います」
私は杖を握った。
「これは――呪いです」
「呪い?」
「誰かが魔法で作ったものです」
黒い獣がこちらへ飛びかかってくる。
「リゼット!」
アルベルトが前へ出た。
剣が黒い獣を弾き飛ばす。
「今のうちに逃げろ!」
「嫌です」
「またそれか!」
「このままだと王様が怪我します」
「私は――」
黒い獣が再び飛びかかる。
アルベルトが剣で受け止める。
「ぐっ……!」
押されている。
「王様!」
私は杖を地面に突き立てた。
「……少しだけ、借ります」
「何を?」
「森の魔力を」
目を閉じる。
森の中を流れる魔力が、少しずつ集まってくる。
木々が揺れる。
風が止まる。
そして。
「――眠って」
杖の先から、淡い光が広がった。
黒い獣の動きが止まる。
「…………」
獣がゆっくりと地面へ崩れ落ちた。
黒い煙が消えていく。
「……終わりました」
私は杖を下ろした。
アルベルトがこちらを見る。
「……君」
「はい?」
「本当に薬屋か?」
「薬屋です」
「今の魔法は?」
「簡単な眠りの魔法です」
「…………」
アルベルトは何も言わなかった。
私は倒れた黒い獣を見る。
「でも、おかしい」
「何が?」
「こんな場所に呪いを使った魔物がいるなんて」
「自然に生まれたものではない?」
「はい」
私は黒い煙の残りを指先で触れた。
その瞬間。
「……っ」
頭の中に、声が響いた。
『白銀の魔女を探せ』
「…………」
私は思わず手を引いた。
「どうした?」
「今……声が」
「声?」
「はい」
私は周囲を見回す。
誰もいない。
でも。
確かに聞こえた。
『秘薬を探せ』
「…………」
アルベルトが私の顔を見る。
「リゼット殿」
「……王様」
「何だ?」
「私を狙っている人がいるかもしれません」
アルベルトは黙った。
「……なぜそう思う?」
「この魔物が、私の祖母を探していました」
「…………」
「『白銀の魔女を探せ』って」
アルベルトの顔から笑みが消える。
「分かった」
「何が?」
「君は、もう一人ではいない」
「……?」
アルベルトは剣を収めた。
「この件は私が調べる」
「王様の仕事じゃないですよね?」
「国民を守るのは国王の仕事だ」
「私、国民ですか?」
「もちろんだ」
「……そうでした」
私は少しだけ安心した。
そのとき。
森の奥から、枝を踏む音が聞こえた。
パキッ。
「……誰?」
アルベルトが剣を抜く。
しかし、そこには誰もいなかった。
ただ。
一本の木に、ナイフが突き刺さっていた。
ナイフには紙が括りつけられている。
アルベルトが紙を取る。
「何と書いてあります?」
彼は黙って紙を読む。
そして、私に渡した。
『白銀の魔女の娘へ』
「…………」
私は息を呑んだ。
「娘……?」
私は祖母の顔を思い浮かべる。
でも。
私の母について、祖母はほとんど何も話してくれなかった。
紙の裏には、さらに一文だけ書かれていた。
『次は、薬屋を狙う』
「…………」
アルベルトが私を見る。
「リゼット」
「はい」
「明日から、私の護衛をつける」
「嫌です」
「なぜ!?」
「人が増えると落ち着かないので」
「では私一人で守る」
「王様が?」
「ああ」
「仕事は?」
「…………」
アルベルトが黙った。
「仕事してください」
「分かった」
その夜。
私の薬屋の前には――。
国王直属の騎士が五人、立っていた。
「……五人」
私は窓から外を見る。
「話が違う」
アルベルトが言った。
「私一人では心配だからな」
「王様もいますよね?」
「ああ」
「じゃあ六人です」
「そうだな」
「……多すぎます」
私はため息をついた。
でも。
窓の外にいる騎士たちを見て。
ほんの少しだけ、安心している自分がいた。
そして同じ頃。
王都の暗い路地裏では――。
「見つけた」
エレナが一枚の紙を燃やしていた。
「白銀の魔女の孫娘」
炎に照らされた彼女の顔には、笑みが浮かんでいる。
「やっと、あなたに会える」




