第10話 王様が怒っています
朝。
私は目を覚ますと、窓の外を見た。
「…………」
騎士が五人。
昨日と同じだ。
ただし、今日は少し様子が違う。
全員が妙に緊張している。
「何かあったのかな」
私は朝食を作り、薬草茶を淹れた。
そして玄関を開ける。
「おはようございます」
「おはようございます、リゼット様!」
五人が一斉に頭を下げる。
「……様?」
「昨日までは殿でしたよね?」
「陛下から命令がありまして」
「何て?」
「『リゼットに何かあったら全員責任を取れ』と」
「…………」
私は頭を抱えた。
「王様、何を考えてるんですか」
その直後。
森の入り口から馬の足音が聞こえてきた。
「リゼット!」
アルベルトだった。
「おはようございます」
「おはよう」
彼は馬から降りる。
いつもより表情が険しい。
「何かありました?」
「ああ」
アルベルトは私を見る。
「昨夜、敵から警告があった」
「……やっぱり」
「何か知っているのか?」
「騎士の人から聞きました」
「そうか」
アルベルトは小さく息を吐いた。
「君を狙っている連中は、本気だ」
「何が欲しいんでしょう?」
「おそらく――君の薬だ」
「薬?」
「ああ」
アルベルトは昨日の薬瓶を取り出した。
金色の光が浮かんでいる。
「これだ」
「……」
私は瓶を見る。
「これが、そんなに価値のあるものなんですか?」
「分からない」
「王様なのに?」
「王だからこそ分からないこともある」
アルベルトは真剣な顔をしていた。
「だが、三十年前の記録に、この薬と同じ特徴を持つものがあった」
「白銀の魔女……」
「ああ」
私は祖母を思い出す。
「おばあちゃんは、私に何も教えてくれませんでした」
「なぜだろうな」
「分かりません」
私は昨日の手紙を取り出した。
「でも、これだけは残してくれました」
アルベルトが読む。
『王を信じなさい』
「…………」
「どういう意味だと思います?」
「分からない」
アルベルトは少し考えた。
「だが、少なくとも君の祖母は、私たちの王家と何らかの関係があったのだろう」
「王様のおばあちゃんと?」
「いや」
アルベルトは首を横に振った。
「私の祖父の時代だ」
「三十年前……」
「そうだ」
そこでアルベルトがふと気づいた。
「待て」
「?」
「三十年前ということは――」
彼は私を見る。
「君の祖母は、当時まだ若かったのでは?」
「……たぶん」
「ならば、白銀の魔女とは別人なのかもしれない」
「え?」
私は目を瞬かせる。
「祖母が白銀の魔女ではない?」
「可能性はある」
私は少し考える。
確かに。
私は祖母が昔、何をしていたのか知らない。
ただ、薬を作るのが上手だった。
それだけだ。
「じゃあ、誰が白銀の魔女なんでしょう?」
「それを調べている」
「分かりました」
そのとき。
「陛下!」
騎士の一人が駆けてきた。
「何だ?」
「森の西側で、不審な人物を見つけました」
「人数は?」
「一人です」
「追え」
「それが……」
騎士が言葉を濁す。
「逃げられました」
「…………」
アルベルトの顔が険しくなる。
「顔は?」
「確認できませんでした」
「特徴は?」
「黒いローブを着ていました」
私はそれを聞いて、昨日の女性を思い出した。
エレナ。
元宮廷魔術師。
祖母を知っている。
「王様」
「何だ?」
「エレナさんという人を知っていますか?」
「…………」
アルベルトが私を見る。
「なぜ、その名前を?」
「昨日来た女性です」
「そうか」
アルベルトは少し考える。
「元宮廷魔術師だ」
「彼女も祖母を知っています」
「……そうだろうな」
「何か知っているんですか?」
「少なくとも、普通の人物ではない」
「でも、悪い人には見えませんでした」
「人は見た目だけでは判断できない」
「そうですけど……」
私は少し考える。
エレナの言葉。
祖母の手紙。
そして敵の警告。
全部が繋がっているような気がする。
「私、エレナさんに会いたいです」
「駄目だ」
「どうして?」
「危険だからだ」
「でも、祖母のことを知っているんですよ」
「だからこそだ」
アルベルトの声が強くなった。
「君は、自分がどれだけ危険な立場にいるのか分かっていない」
「…………」
「敵は君の薬を狙っている」
「…………」
「そして、君の祖母について何か知っている者が動いている」
アルベルトは私の肩に手を置いた。
「私は君を危険にさらしたくない」
「……王様」
「頼む」
真剣な顔。
私は少しだけ驚いた。
この人が、こんな顔をするなんて。
「分かりました」
私は頷いた。
「勝手に会いに行くのはやめます」
「ありがとう」
アルベルトはほっとしたように笑った。
「でも」
「?」
「エレナさんが向こうから来たら、話を聞いてもいいですよね?」
「…………」
アルベルトが黙る。
「駄目ですか?」
「……その場合は、私も同席する」
「分かりました」
「約束だ」
「はい」
私は笑った。
アルベルトも笑った。
その瞬間。
森の奥から、金色の光が見えた。
「……?」
私は振り返る。
薬屋の中。
棚に置いていた薬瓶が、強く光っている。
「リゼット!」
アルベルトが叫ぶ。
私は急いで店の中へ入った。
薬瓶の光が、壁に影を映している。
そこには――。
一人の女性の姿。
白い髪。
長いローブ。
そして、私とよく似た横顔。
「……おばあちゃん?」
影がゆっくりと動く。
そして、声が聞こえた。
『リゼット』
「……!」
『あなたに伝えなければならないことがあります』
私は息を呑む。
『あなたの母親は――』
そこで光が消えた。
「…………」
部屋が静まり返る。
「母親?」
私は呟いた。
アルベルトも驚いた顔をしている。
私は知らなかった。
母が誰なのか。
どこで生まれたのか。
なぜ祖母と二人で暮らしていたのか。
そして――。
なぜ母について、祖母が何も語らなかったのか。
「王様」
「ああ」
「私……母親のことを知りたいです」
アルベルトは頷いた。
「分かった」
その声には、迷いがなかった。
「一緒に探そう」
私はその言葉を聞いて――。
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
その日の夜。
王宮では、別の男が一枚の報告書を読んでいた。
「……王が動き始めたか」
男は笑った。
「ならば、こちらも急ぐ必要がある」
机の上には、一枚の古い肖像画。
そこには――。
白い髪の女性が描かれていた。
「白銀の魔女」
男は呟く。
「お前の娘は、もうすぐ見つかるぞ」
そして、その隣には。
まだ誰も知らない名前が書かれていた。
『リゼットの母――セレナ』
物語は、少しずつ。
過去へと繋がり始めていた。




