第11話 私のお母さんを探します
翌朝。
私は一睡もできなかった。
「セレナ……」
昨日、薬瓶が映し出した名前。
それが私の母親の名前なのだとしたら。
私は今まで、自分の母親について何も知らなかったことになる。
「……どうして、おばあちゃんは教えてくれなかったんだろう」
幼い頃。
母親について尋ねたことは何度もあった。
けれど祖母は、いつも同じ答えだった。
『いつか、あなた自身が知る日が来るよ』
その言葉の意味を、私はずっと分からなかった。
「まさか、こんなことになるなんて……」
私は机の上に置かれた古い手紙を見る。
そこには、祖母の字。
そして、昨日現れた母の名前。
「……知りたい」
私は立ち上がった。
「お母さんのこと」
◇
昼前。
いつものように扉が叩かれた。
「リゼット」
「はい」
扉を開ける。
「おはよう」
「おはようございます、王様」
アルベルトが立っていた。
今日はいつもより荷物が多い。
「それは?」
「調査資料だ」
「こんなに?」
「ああ」
アルベルトは机の上に大量の書類を置いた。
「セレナという名前について、王宮の記録を調べた」
「何か分かりましたか?」
「少しだけな」
私は椅子に座る。
アルベルトも向かいに座った。
「三十年前から二十年前までの王宮記録に、『セレナ』という名前の女性が三人いる」
「三人……」
「ただし、そのうち二人は別人だと確認できた」
「残る一人は?」
アルベルトは一枚の書類を取り出した。
「王宮薬師見習い」
「……薬師」
「ああ」
私は目を見開く。
「年齢は?」
「当時、十八歳」
「十八歳……」
「記録では、薬草と治癒魔法に非常に優れていたとある」
私は薬瓶を見る。
金色の光。
祖母。
そして母。
「……私と同じ」
「おそらくな」
「その人は、今どこに?」
アルベルトの表情が曇った。
「二十年前に、王宮を辞めている」
「理由は?」
「記録には書かれていない」
「それだけ?」
「もう一つある」
アルベルトは別の紙を出した。
「王宮を辞める直前、セレナはある人物と一緒にいるところを目撃されている」
「誰ですか?」
「白銀の魔女」
私は息を呑んだ。
「……おばあちゃん?」
「違う可能性が高い」
「どうして?」
「当時の記録に、白銀の魔女の特徴が残されている」
アルベルトは紙を指した。
「白い髪。銀色の瞳。そして、非常に強い魔力」
「…………」
「君の祖母について分かっている特徴とは一致しない」
「じゃあ……」
「君の祖母とは別人だ」
私は黙り込んだ。
「それなら、白銀の魔女は誰なんでしょう?」
「まだ分からない」
アルベルトが答える。
「だが、一つだけ確かなことがある」
「何ですか?」
「セレナは、白銀の魔女と深い関係があった」
私は書類を見る。
母の名前。
白銀の魔女。
王宮薬師。
そして、祖母。
全部が一本の線で繋がり始めている。
◇
「それで」
私は顔を上げた。
「母は今どこにいるんですか?」
「それが分からない」
「……そうですか」
「だが、最後の記録がある」
「どこですか?」
「王都の北にある町だ」
「行きましょう」
「……え?」
アルベルトが目を丸くする。
「そこへ行けば、母の手がかりがあるかもしれないんですよね?」
「ああ」
「なら、行きましょう」
「危険だ」
「分かっています」
「敵が君を狙っている」
「それも分かっています」
私はアルベルトを見る。
「それでも、知りたいんです」
「…………」
「私は今まで、お母さんのことを何も知りませんでした」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
「名前すら知らなかったんです」
「……リゼット」
「だから」
私は手を握りしめる。
「今度は、自分で知りたいです」
アルベルトはしばらく黙っていた。
そして。
「分かった」
「本当ですか?」
「ああ」
アルベルトは頷いた。
「ただし、条件がある」
「何ですか?」
「私も一緒に行く」
「王様が?」
「当然だ」
「仕事は?」
「……なんとかする」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではない」
「じゃあ――」
「だが、君を一人で行かせるよりはいい」
私は少しだけ笑った。
「ありがとうございます」
「礼を言う必要はない」
「でも、嬉しいです」
アルベルトは一瞬、黙った。
「……そうか」
なぜか、耳が少し赤くなっていた。
◇
その日の午後。
私たちは出発の準備を始めた。
薬。
食料。
地図。
必要な道具。
「これくらいでいいでしょう」
「少ないな」
「薬屋なので」
「旅に出るのだから、もっと必要だろう」
「薬ならたくさんあります」
私は薬棚を指差す。
「傷薬、解毒薬、熱冷まし、疲労回復薬……」
「なるほど」
「あと、眠り薬も」
「……それは使うのか?」
「必要なら」
「私には使わないでくれ」
「使いませんよ」
そんな会話をしていると。
「陛下!」
外から騎士の声がした。
アルベルトが立ち上がる。
「何だ?」
「町から使者が来ています!」
「町?」
「はい!」
私は扉を開ける。
そこには、息を切らした男性が立っていた。
「助けてください!」
「どうしました?」
「町で……病気が広がっています!」
「病気?」
「原因が分かりません!」
私は薬屋の看板を見る。
そしてアルベルトを見る。
「……行かないと」
「ああ」
母親を探す旅に出る前に。
まずは目の前の人を助ける。
それが薬屋としての私の仕事だ。
「王様」
「何だ?」
「町へ行きましょう」
「分かった」
アルベルトが頷く。
こうして。
私たちは、北の町へ向かうことになった。
母の手がかりを探すために。
そして――。
その町で起きている謎の病を解決するために。
◇
その頃。
北の町のとある建物。
一人の男が、黒い瓶を机の上に並べていた。
「もうすぐ来る」
男は笑う。
「白銀の魔女の血を引く娘が」
黒い瓶の中で、液体が揺れる。
「薬を作れる魔女なら――」
男は瓶を一つ手に取った。
「この病も治せるはずだ」
そして。
男の背後には、白い髪の女性が立っていた。
「……まだ、あの子を巻き込むつもりなの?」
男は振り返る。
「セレナ」
女性は何も答えない。
ただ、悲しそうに目を伏せていた。
――リゼットの母、セレナ。
彼女はまだ、生きていた。




