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魔女ですが、薬屋を始めたら王様が毎日来ます  作者: ななほし


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第12話 北の町の奇妙な病

 北の町へ向かう馬車の中。


 私は薬箱を抱えていた。


「……重い」


「それだけ薬を持ってきたのか?」


 向かいに座るアルベルトが聞く。


「はい」


「何種類ある?」


「三十種類くらいです」


「多すぎないか?」


「薬屋ですから」


「そうだったな」


 アルベルトは苦笑した。


 馬車の外には、護衛の騎士たちがいる。


 今回は五人だけではない。


 王都からさらに十人ほど加わっている。


「こんな大人数で行く必要あります?」


「ある」


「どうして?」


「君が狙われているからだ」


「……王様」


「何だ?」


「私、そんなに弱くないですよ」


「知っている」


「じゃあ――」


「だから余計に心配なんだ」


「…………」


 私は黙った。


 アルベルトも窓の外を見る。


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて。


「リゼット」


「はい?」


「怖くないのか?」


「何がです?」


「母親のことだ」


 私は少し考えた。


「……怖いです」


「そうか」


「でも、知りたい」


「うん」


「もし、お母さんが生きているなら……会いたいです」


 アルベルトは何も言わなかった。


 ただ、静かに頷いた。


     ◇


 夕方。


 北の町が見えてきた。


「……静かですね」


 私は馬車の窓から町を見る。


 人通りが少ない。


 店もほとんど閉まっている。


「聞いていたより酷いな」


 アルベルトが呟く。


 町の入り口には、簡素な看板が立っていた。


『感染症対策のため、不要な外出を控えてください』


「感染症……」


 私は薬箱を握り直した。


 町へ入ると、さらに異様な光景が広がっていた。


 道端に人が座り込んでいる。


 咳をしている人。


 熱で苦しんでいる人。


 子供を抱きしめている母親。


「こんなに……」


 私は馬車を降りた。


「リゼット」


「大丈夫です」


 私はすぐに近くの患者へ駆け寄る。


「いつから具合が悪いですか?」


「三日前……です」


「熱は?」


「高いです……」


「咳は?」


「少しだけ」


 私は手首に触れる。


「脈が速い」


 次の患者を見る。


「この人も同じ症状です」


「リゼット殿」


 騎士が声をかける。


「町の医師がこちらに」


 白髪の老人が近づいてきた。


「あなたが薬師か?」


「はい」


「私はこの町の医師、ロイドです」


「病気について教えてください」


 ロイドは深いため息をついた。


「最初の患者が出たのは五日前です」


「五日前?」


「はい」


「最初は何人?」


「一人でした」


「今は?」


「三十七人」


「そんなに……」


 私は顔を曇らせる。


「亡くなった人は?」


「まだいません」


「それは良かった」


「ですが――」


 ロイドは声を落とした。


「治った者も一人もいません」


 私は患者を見る。


 症状は高熱、軽い咳、強い疲労。


 でも。


 何かがおかしい。


「薬は?」


「普通の解熱薬や咳止めを使いました」


「効かなかった?」


「一時的には効きます。しかし、数時間するとまた熱が上がる」


「なるほど……」


 私は患者の手を取る。


 そして、目を閉じた。


「……魔力が乱れている」


「魔力?」


 ロイドが驚く。


「はい」


 私は患者の身体を流れる魔力を感じ取る。


 普通の病気ではない。


 体の中に、黒い魔力が少しずつ溜まっている。


「これは……」


「どうした?」


 アルベルトが隣に来る。


「呪いです」


「やはりか」


 アルベルトの表情が険しくなる。


「昨日の魔物と同じか?」


「少し違います」


 私は患者の手を離す。


「この呪いは、直接攻撃するものじゃない」


「では?」


「少しずつ体力を奪っている」


「誰がこんなことを?」


「分かりません」


 私は立ち上がる。


「でも、これなら治せます」


「本当か!?」


 ロイドが驚く。


「はい」


 私は薬箱を開けた。


「ただし、普通の薬では足りません」


「何が必要だ?」


 アルベルトが聞く。


「森にある薬草が必要です」


「どの薬草だ?」


「銀月草」


「銀月草……」


 ロイドが首を振る。


「この町の周辺には生えていません」


「北の森ならあります」


「北の森?」


「はい」


 私は地図を見る。


「でも、夜になると魔物が出ます」


「ならば、明日の朝に採りに行こう」


 アルベルトが言った。


「私も行く」


「王様は町に残ってください」


「なぜ?」


「患者を守る人が必要です」


「それなら騎士がいる」


「でも――」


「私は君と行く」


「…………」


 私は少しだけ笑った。


「分かりました」


     ◇


 その夜。


 町の宿で、私は薬の調合をしていた。


 薬草を刻む。


 煮る。


 混ぜる。


 けれど、どうしても一つ足りない。


「銀月草……」


 私は呟く。


 そのとき。


 コンコン。


「どうぞ」


 扉が開く。


 アルベルトだった。


「まだ起きていたのか」


「薬を作っています」


「手伝おうか?」


「王様にできることは――」


「薬草を押さえるくらいならできる」


「ではお願いします」


 アルベルトが隣に座る。


 二人で薬草を刻む。


 しばらくして。


「リゼット」


「はい?」


「母親のことを考えているのか?」


「……少し」


「セレナが生きていると分かったら、どうする?」


「会います」


「迷わず?」


「はい」


 私は薬草を見つめる。


「だって……」


 少しだけ声が震えた。


「私、お母さんに一度も会ったことがないんです」


「……そうか」


「だから、どんな人なのか知りたい」


 アルベルトは何も言わずに聞いていた。


「優しい人だったのか」


「うん」


「私のことを嫌っていたのか」


「そんなことは――」


 アルベルトが言いかけて止まる。


「……すまない」


「いいんです」


 私は笑った。


「分からないことだらけですから」


 そのとき。


 窓の外で、何かが光った。


「……?」


 私は立ち上がる。


「どうした?」


「あれ……」


 遠くの森。


 月明かりの中で。


 一瞬だけ、白い光が見えた。


「銀月草……?」


 私は目を見開く。


「明日の朝まで待てません」


「今から行くのか?」


「はい」


「危険だ」


「でも、病気の人たちを待たせたくありません」


 アルベルトは少し黙った。


 そして。


「分かった」


「ありがとうございます」


「ただし、私も行く」


「……やっぱり」


「当然だ」


 二人は宿を出た。


     ◇


 夜の森。


 月明かりの下。


 私は薬草を探す。


「どこだろう……」


「リゼット」


「はい?」


「あれじゃないか?」


 アルベルトが指差した。


 木々の間。


 白銀色に輝く小さな花。


「あれです!」


 私は駆け寄った。


「これだけあれば――」


 その瞬間。


 森の奥から声がした。


「久しぶりね」


「…………」


 私は振り返る。


 木の影から、一人の女性が現れた。


 白い髪。


 銀色の瞳。


「……あなたは」


 女性は私を見る。


「大きくなったわね」


 胸が強く鳴った。


「誰……?」


 女性は悲しそうに微笑んだ。


「あなたのことを、ずっと見ていたわ」


 アルベルトが剣を抜く。


「何者だ?」


 女性はアルベルトを見る。


「あなたがアルベルトね」


「なぜ私の名を?」


「私は――」


 女性が一歩近づく。


「セレナ」


「…………」


 私は息を呑んだ。


「あなたの母親よ」


 世界が、一瞬だけ止まったように感じた。


「……お母さん?」


 女性は頷く。


「会いたかった」


 その声は、震えていた。

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