第13話 母との再会
「……お母さん?」
自分の口から出た言葉が、まるで誰かの声のように聞こえた。
目の前にいる女性。
白銀の髪。
どこか懐かしい瞳。
私の記憶には、この人の姿はない。
それなのに。
胸の奥だけが、ずっと前から知っているような気がした。
「リゼット……」
女性――セレナが、私の名前を呼ぶ。
その声が震えていた。
「本当に……大きくなったのね」
「…………」
何も言えなかった。
聞きたいことは山ほどある。
どうしていなくなったの?
どうして私を置いていったの?
どうして今まで会いに来なかったの?
そして――
「……本当に、お母さんなの?」
ようやく出た言葉だった。
セレナは静かに頷いた。
「ええ」
「証拠は?」
アルベルトが低い声で尋ねる。
セレナは彼を見る。
「慎重なのね。おばあさまに似ているわ」
「私の祖母を知っているのですか?」
「もちろん」
セレナは悲しそうに微笑んだ。
「私の師匠だったもの」
「……え?」
私は目を見開く。
「おばあちゃんが……お母さんの師匠?」
「そうよ」
セレナは白銀草の花を見つめる。
「私は幼い頃から薬草と魔法を学んだの」
「じゃあ、お母さんも魔女なの?」
「いいえ」
セレナは首を横に振る。
「私は魔女ではないわ」
「でも……」
「薬師よ」
セレナは自分の胸元に手を当てた。
「王宮薬師だった」
その言葉に、アルベルトの表情が変わる。
「やはり……」
「王宮の記録に残っていた女性ですね」
セレナは頷く。
「そう」
私は母を見る。
「どうして王宮を辞めたの?」
「……」
セレナの顔が曇った。
「それは――」
突然。
森の奥から黒い煙が上がった。
「伏せろ!」
アルベルトが叫ぶ。
私は反射的に身をかがめた。
直後。
黒い魔法が木々を吹き飛ばす。
「っ!」
「リゼット!」
アルベルトが私の腕を掴み、自分の後ろへ引き寄せる。
「大丈夫か?」
「はい!」
セレナが森の奥を睨む。
「……来たのね」
「誰が?」
私が尋ねる。
「あなたを狙っている人たちよ」
「!」
黒い影が木々の間を走る。
一人。
二人。
いや――もっといる。
「囲まれている」
アルベルトが剣を構える。
「セレナ、あなたは何を知っている?」
「全部ではないわ」
「なら話してくれ」
「今は無理」
「なぜ?」
「ここでは、あの子を守れない」
セレナが私を見る。
「あの子?」
「リゼットよ」
その瞬間。
黒い影の一人が叫んだ。
「白銀の魔女を渡せ!」
私は息を呑む。
「また……」
以前、森で聞いた言葉。
白銀の魔女。
私を狙う者たちは、ずっとそれを探している。
「お母さん」
私はセレナを見る。
「白銀の魔女って……誰なの?」
セレナは答えなかった。
ただ、私を見つめる。
「……あなたのおばあさまではないわ」
「え?」
「そして――」
セレナは一瞬、言葉を迷った。
「あなたでもない」
「じゃあ、誰なの?」
「それを知る前に――」
セレナの指先から淡い光が広がる。
「ここを離れましょう」
魔法陣が地面に浮かんだ。
「転移魔法……?」
アルベルトが驚く。
「王宮魔術師でも簡単には使えないはずだ」
「昔、少し習っただけよ」
セレナが苦笑する。
「ただし、一度に三人まで」
「三人……」
セレナ。
私。
そして――
アルベルト。
私はアルベルトを見る。
「王様も一緒に」
「当然だ」
アルベルトが頷く。
その瞬間。
黒い魔法が飛んできた。
「危ない!」
私は咄嗟にアルベルトの腕を掴んだ。
しかし。
セレナが私たちの前に立った。
「――光壁」
白い壁が出現する。
黒い魔法がぶつかり、激しい音を立てた。
「お母さん!」
「大丈夫」
セレナは笑った。
「でも、急いで」
「うん!」
私は魔法陣の中へ入る。
アルベルトも続く。
最後にセレナが入った。
「行くわよ」
光が強くなる。
次の瞬間――
景色が消えた。
◇
目を開ける。
「……ここは?」
そこは森の中にある、小さな家だった。
古びている。
けれど、どこか温かい。
壁には薬草が吊るされている。
棚には古い薬瓶。
そして。
部屋の奥に、一枚の肖像画があった。
私はその絵に近づく。
「……おばあちゃん」
若い頃の祖母が描かれている。
その隣には――
「これは……?」
若いセレナ。
そして、そのさらに隣に。
もう一人の女性が描かれていた。
銀色の髪。
青い瞳。
見たことのない女性。
「この人は誰?」
セレナが黙り込む。
アルベルトも絵を見つめる。
「……白銀の魔女です」
セレナが小さく呟いた。
「え?」
「あなたのおばあさまが、私に薬を教えていた頃」
セレナは肖像画を見つめる。
「私はこの人と出会った」
「誰なの?」
「王宮にも知られていない、本当の白銀の魔女」
私は息を呑んだ。
「じゃあ、おばあちゃんは……」
「違うわ」
セレナは首を横に振る。
「おばあさまは、その人の協力者だった」
「……協力者?」
「そして私たちは、その人を守るために――」
セレナは言葉を止めた。
しばらくして。
「あなたを隠したの」
「……私を?」
「ええ」
胸が締め付けられる。
「どうして?」
「あなたが――」
セレナの瞳が揺れる。
「その人の魔法を受け継いでいたから」
「…………」
私は自分の手を見る。
薬を作るときに現れる、あの金色の光。
あれは――
「私の力と、関係があるの?」
「ええ」
セレナが頷いた。
「あなたの中には、普通の魔力とは違う力が眠っている」
アルベルトが口を開く。
「それが、あの金色の薬なのか?」
「そう」
「では、なぜ敵はリゼットを『白銀の魔女』と呼ぶ?」
セレナは少しだけ目を伏せた。
「それは……」
そのとき。
家の外から、馬の音が聞こえた。
「誰か来た」
アルベルトが剣を抜く。
セレナも立ち上がった。
「……もう見つかったのね」
「お母さん?」
セレナは私を見る。
「リゼット」
「はい」
「あなたに話さなければならないことがあるわ」
「何?」
「あなたのおばあさまは――」
セレナが口にした瞬間。
家の扉が激しく叩かれた。
ドンッ!
そして外から声が響く。
「セレナ!」
「…………」
「娘を渡せ!」
私は凍りついた。
アルベルトが私の前に立つ。
セレナは、静かに目を閉じた。
「……来てしまったのね」
そして。
母は私に告げた。
「リゼット。あなたのおばあさまは――」
「二十年前、この国を救った人なの」
私は息を呑んだ。
外では、敵の足音が近づいていた。




