第14話 二十年前の真実
ドンッ――!
扉が激しく揺れた。
「セレナ! そこにいるのは分かっている!」
外から男の声が響く。
私は思わず後ずさった。
「お母さん……」
「大丈夫よ」
セレナは静かに答えた。
けれど、その表情は硬い。
アルベルトが剣を構える。
「何人いる?」
「少なくとも十人」
セレナが答えた。
「分かるのか?」
「魔力を感じるわ」
アルベルトは私を見る。
「リゼット、私の後ろに」
「でも――」
「今は言うことを聞いてくれ」
「……はい」
私は頷いた。
そのとき。
セレナが私の肩に手を置いた。
「リゼット」
「はい」
「さっきの話の続きをするわ」
「おばあちゃんのこと?」
「ええ」
セレナは静かに息を吐いた。
「二十年前、この国には大きな病が広がったの」
「病……?」
「今、北の町で起きているものとよく似ている」
私は目を見開いた。
「同じ病なの?」
「完全に同じではないわ。でも、根は同じ」
「根?」
「呪いよ」
私は唇を噛んだ。
「じゃあ……今回の病も、誰かが?」
「そう考えていいでしょう」
アルベルトが険しい顔をする。
「二十年前にも、誰かが意図的に病を広げたということか?」
「そう」
セレナは頷いた。
「当時、王都でも多くの人が倒れたわ」
「そんな記録は――」
「残っていないわ」
アルベルトが黙る。
「なぜ?」
「王宮が隠したから」
「……何?」
「正確には、隠さざるを得なかった」
セレナは棚から古い瓶を取り出した。
中には、乾燥した薬草が入っている。
「この病を治せる薬を作ったのが、あなたのおばあさまよ」
「おばあちゃんが……」
「ええ」
「じゃあ、どうして記録がないの?」
「薬の材料が特殊だったから」
「特殊?」
「白銀の魔女から与えられたものなの」
私は肖像画を見る。
銀髪の女性。
「その人が?」
「そう」
セレナは頷いた。
「彼女の魔力には、普通の人にはない性質があった」
「どんな?」
「他人の魔力を浄化する力」
アルベルトが呟く。
「だから呪いを消せたのか」
「ええ」
私は自分の手を見る。
「じゃあ、私の金色の薬も……」
「その力の一部を受け継いでいる」
「…………」
胸が高鳴る。
怖い。
でも、知りたい。
「どうして私に?」
「それは――」
セレナが言葉を止める。
外から再び声が響いた。
「セレナ! 最後の警告だ!」
ドンッ!
扉に亀裂が入った。
「話はあと」
アルベルトが剣を握る。
「まずはここを守る」
セレナが微笑む。
「相変わらず王様は勇敢ね」
「あなたは私を知っているのか?」
「昔、何度か会ったわ」
「私が幼い頃か?」
「ええ」
アルベルトが驚く。
「……覚えていない」
「無理もないわ」
セレナは少し寂しそうに笑った。
「あなたはまだ子供だったもの」
そして。
セレナは私を見る。
「リゼット」
「はい」
「これを持って」
渡されたのは、小さな銀色のペンダントだった。
「これは?」
「あなたのおばあさまのものよ」
私はペンダントを握る。
すると。
金色の光が指先から漏れた。
「……!」
ペンダントが淡く輝く。
セレナの顔色が変わった。
「やっぱり……」
「どうしたの?」
「そのペンダントは、あなたを認めた」
「どういうこと?」
「それは、魔女の血を受け継ぐ者にしか反応しないの」
私は驚いてペンダントを見る。
すると。
中央に小さな文字が浮かび上がった。
『継承者』
「継承者……?」
アルベルトが覗き込む。
「何を継承した?」
セレナは答えなかった。
その代わり。
悲しそうに私を見つめた。
「あなたにはまだ、知らなくていいことよ」
「でも――」
「今知れば、あなたは狙われ続ける」
「もう狙われているじゃない!」
思わず声が大きくなった。
セレナが目を見開く。
「お母さんがいなくなってから、私はずっと何も知らなかった」
「……」
「おばあちゃんも何も教えてくれなかった」
「……」
「なのに今さら、危険だから知らなくていいなんて……」
涙が出そうになった。
「私は、自分のことくらい自分で決めたい」
セレナは黙っていた。
やがて。
「……そうね」
小さく笑った。
「あなたは本当に、あの人に似ているわ」
「おばあちゃんに?」
「いいえ」
セレナは肖像画を見る。
「白銀の魔女に」
その瞬間。
扉が吹き飛んだ。
「来た!」
黒いローブを着た男たちが、一斉に家へ入ってくる。
「セレナを捕らえろ!」
「娘もだ!」
アルベルトが前へ出る。
「リゼット!」
「はい!」
「下がって!」
騎士たちがいない今、アルベルト一人で敵を食い止める。
「王様!」
「心配するな!」
剣が光る。
一人。
二人。
三人。
敵が次々と倒れていく。
「すごい……」
思わず呟く。
しかし。
「――まだいる!」
セレナが叫んだ。
窓の外。
大量の黒い瓶を持った男が立っていた。
「まさか……!」
セレナの顔が青ざめる。
「何?」
「あれは二十年前と同じ」
男が瓶を地面に叩きつける。
黒い煙が広がった。
「呪いの霧よ!」
セレナが魔法を放つ。
白い光が霧を押し返す。
しかし。
霧は止まらない。
「お母さん!」
「リゼット!」
セレナが私を見る。
「金色の薬を出して!」
「薬を?」
「あなたの薬なら、この霧を浄化できる!」
「でも、まだ作ってない!」
「なら――」
セレナが私の胸元を指差した。
「そのペンダントを使って!」
「どうやって?」
「願って!」
「願うって……」
「あなたの魔力を、薬を作るときと同じように流して!」
私はペンダントを握った。
目を閉じる。
薬を作るときの感覚を思い出す。
薬草。
水。
魔力。
そして――
「みんなを助けたい」
金色の光が溢れた。
「――っ!」
部屋いっぱいに光が広がる。
黒い霧が、金色の光に触れた。
そして。
少しずつ消えていく。
「な……」
敵の男が後ずさる。
「そんな……」
セレナが呟いた。
「これほどの力を……」
私は自分の手を見る。
金色の光が、まだ残っている。
そのとき。
敵の男が叫んだ。
「やはりだ!」
「…………」
「その娘こそ――」
男は笑った。
「白銀の魔女の後継者だ!」
アルベルトの表情が変わる。
セレナも目を伏せる。
そして私は初めて理解した。
私が狙われている理由。
金色の薬。
祖母。
母。
白銀の魔女。
全部が一本の線で繋がっている。
けれど――
まだ、一番大切なことだけが分からない。
なぜ、お母さんは私を置いていなくなったのか。
私はセレナを見つめた。
「お母さん」
「……」
「私を隠した、本当の理由を教えて」
セレナは静かに目を閉じた。
「……分かったわ」
そして。
母は二十年前の、最後の夜について語り始めた。




