第6話 薬屋に新しいお客さんが来ました
翌朝。
私は薬草を煮ていた。
ぐつぐつ。
鍋の中で薬草が揺れている。
「……今日は何を作ろうかな」
最近、薬を作るのが少し楽しくなってきた。
原因は分かっている。
毎日やって来る、あの王様だ。
「……別に、あの人のためじゃないけど」
昨日も三本。
一昨日も十本。
その前も十本。
薬の在庫が減るのが早い。
「王様って、そんなに怪我する仕事なのかな」
国王なのだから、もっと安全な場所にいると思うのだけど。
そんなことを考えていると――。
コンコン。
「…………」
私は鍋をかき混ぜる手を止めた。
「リゼット殿!」
「はいはい」
扉を開ける。
「おはよう」
「おはようございます」
今日もアルベルトが立っている。
「今日も薬を買いに来た」
「何本ですか?」
「今日は五本」
「少ないですね」
「昨日、王宮の者に分けた」
「……王様、自分で使わないんですか?」
「君の薬は評判がいい」
「そうなんですか?」
「ああ。兵士たちにも飲ませたが、疲労の回復が早いらしい」
「……疲労回復?」
私は首を傾げた。
「私、そんな薬作った覚えありませんけど」
「え?」
「傷薬ですよ」
「…………」
アルベルトが薬瓶を見る。
「これは傷薬だろう?」
「はい」
「では、なぜ疲労が?」
「さあ?」
「…………」
アルベルトは頭を抱えた。
「君は、自分の薬の効果を把握していないのか?」
「全部は把握してません」
「なぜ!?」
「祖母がそういう人だったので」
「どういう人だ?」
「薬を作って、効けば成功。効かなければ失敗」
「……非常に大雑把な教育だな」
「でも、祖母の薬はよく効きました」
「なるほど」
アルベルトが薬瓶を手に取る。
そのとき。
「……ん?」
薬瓶が、ほんの少しだけ光った。
アルベルトも気づいた。
「まただな」
「はい」
私は瓶を覗き込む。
金色の光が、ゆっくりと揺れている。
「昨日より強くないですか?」
「そう見える」
私は瓶を机の上に置いた。
「やっぱり、調べたほうがいいですね」
「ああ」
アルベルトは真剣な顔で頷いた。
「王宮の研究者に調べさせるか?」
「嫌です」
「なぜ?」
「薬を取られそうなので」
「……信用がないな」
「王様も昨日まで私を魔女だと思って怖がっていたじゃないですか」
「怖がってはいない」
「顔に出てました」
「…………」
アルベルトが黙った。
「否定しないんですね」
「いや……少しだけ警戒はした」
「やっぱり」
「だが、今は違う」
「そうですか」
なぜか、その言葉が少し嬉しかった。
私は薬瓶を棚へ戻す。
そのときだった。
「すみません」
店の外から声がした。
「薬を売ってもらえませんか?」
私はアルベルトを見る。
「今日は他のお客さんですね」
「そのようだな」
外へ出る。
そこには、一人の女性が立っていた。
年齢は二十代後半くらい。
旅人のような服装をしている。
「突然すみません」
「どんな薬が必要ですか?」
「弟が熱を出していて……」
「どのくらい?」
「昨日からです」
「咳は?」
「少し」
「吐き気は?」
「ありません」
「なら、これを」
私は薬を渡した。
「一日三回。食後に」
「ありがとうございます」
女性は薬を受け取った。
そして、私の顔を見る。
「……あなたがリゼットさん?」
「はい」
女性の表情が変わった。
「……やっぱり」
「?」
「いえ」
女性は小さく笑った。
「助かりました」
そう言って、薬代を置いて帰っていった。
「…………」
私は彼女の背中を見送る。
「知り合いか?」
アルベルトが聞いた。
「いいえ」
「では、なぜ名前を知っていた?」
「分かりません」
アルベルトが女性の去った方向を見る。
「……少し気になるな」
「そうですか?」
「ああ」
私は気にしなかった。
薬屋をやっているのだから、名前を知られていても不思議ではない。
――そう思っていた。
◇
森を出た女性は、しばらく歩いた。
そして、誰もいない道に入ると立ち止まる。
「……見つけた」
女性は懐から小さな紙を取り出した。
そこには、古い文字で名前が書かれていた。
『リゼット』
「間違いない」
女性は紙を握りしめる。
「白銀の魔女の孫……」
その目に、鋭い光が宿った。
「ようやく見つけた」
◇
一方、その頃。
私は昼食を食べていた。
「王様」
「なんだ?」
「今日、帰らないんですか?」
「帰る」
「いつ?」
「夕方には」
「……そうですか」
私はパンを食べる。
アルベルトは向かいで薬草茶を飲んでいる。
「ところで」
「はい?」
「君は、私が毎日ここへ来るのを嫌がっているか?」
「…………」
私は少し考えた。
最初は嫌だった。
今も、静かな生活が好きだ。
でも。
「……前ほどではないです」
アルベルトが目を丸くした。
「本当か?」
「はい」
「では、明日も来ていいか?」
「薬を買うなら」
「分かった」
アルベルトは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ていると。
なぜか私まで少しだけ笑ってしまった。
――その日の夜。
王宮では、別の報告が届いていた。
「陛下」
「何だ?」
「例の女性についてです」
「リゼット殿の店に来た女か?」
「はい」
騎士が一枚の書類を差し出す。
「身元を調べました」
アルベルトは書類を見る。
そして、表情を変えた。
「……これは」
「三年前に王都から姿を消した、元宮廷魔術師です」
「名前は?」
「エレナ」
アルベルトは書類を握る。
「なぜ、彼女がリゼットのところへ……?」
答えはまだ分からない。
だが。
リゼットの知らないところで――。
少しずつ、人が集まり始めていた。




