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魔女ですが、薬屋を始めたら王様が毎日来ます  作者: ななほし


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第5話 王様、薬屋の店番をする

 翌朝。


 私は目を覚ますと、まず窓の外を確認した。


「…………」


 誰もいない。


 よし。


 今日は来ないかもしれない。


 昨日までなら、少し寂しいような気がしたかもしれない。


 でも、そんなことはない。


 王様は忙しい。


 国王なのだから、毎日こんな森の奥まで来る暇があるはずがない。


「今日は静かに薬を作れそう」


 私は満足して朝食を作った。


 パンを焼く。


 薬草茶を淹れる。


 そして椅子に座る。


「いただきます」


 もぐもぐ。


 静かだ。


 最高だ。


 やっぱり一人が一番――。


 コンコン。


「…………」


 パンを持ったまま固まる。


「リゼット殿!」


 聞き覚えのある声。


「今日も来たぞ!」


 私はゆっくりとパンを置いた。


「……あの人、国王ですよね?」


 誰に聞くでもなく呟く。


 当然、返事はない。


 私は玄関へ向かった。


 扉を開ける。


「おはようございます」


「おはよう」


 そこにはアルベルトがいた。


 今日も一人。


 ただし、今日は妙な荷物を持っている。


「それは?」


「食材だ」


「……またですか?」


「昨日、君が昼食を喜んでくれただろう?」


「喜んでません」


「全部食べただろう?」


「お腹が空いていたので」


「そうか」


 アルベルトは楽しそうに笑った。


「今日は私が料理をする」


「帰ってください」


「なぜ!?」


「王様が料理をする場所ではありません」


「王宮では料理をしているぞ」


「王宮の料理人に任せてください」


「今日は休みだ」


「嘘ですよね?」


「嘘だ」


「…………」


 私は扉を閉めようとした。


「待ってくれ!」


 アルベルトが扉を押さえる。


「薬屋を手伝わせてくれ」


「嫌です」


「なぜだ?」


「王様だからです」


「王様だと手伝えないのか?」


「むしろ、王様だから手伝わせたくないです」


「では、今日は王様ではなく客として来た」


「客なら買い物だけして帰ってください」


「それは困る」


「なぜ?」


「君と話したい」


「…………」


 この人は。


 時々、ものすごく素直なことを言う。


「……一時間だけです」


「本当か?」


「はい。一時間だけ薬屋を手伝ってください」


「分かった!」


 こうして。


 国王陛下による、薬屋の店番が始まった。


     ◇


「いらっしゃいませ」


「…………」


「どうしました?」


「客が来ない」


「そうですね」


「店番とは暇なものなのか?」


「私の店はいつもこうです」


 森の奥にある小さな薬屋だ。


 客が来るほうがおかしい。


 たまに森へ薬草を採りに来た冒険者や、町からわざわざ買いに来る人がいるくらいだ。


 アルベルトは椅子に座り、店内を見回している。


「薬は全部で何種類ある?」


「二十種類くらいです」


「これほどあるのに、客が来ないのか」


「必要な人が少ないので」


「王都に店を出せばいい」


「嫌です」


「即答だな」


「人が多いので」


「商売としては、そのほうが――」


「嫌です」


「…………」


 アルベルトは黙った。


 しばらくすると、森の入り口から一人の老人が歩いてきた。


「おや、リゼットちゃん」


「こんにちは、おじいさん」


 近所に住む老人だった。


 彼はアルベルトを見る。


「……そちらは?」


「客です」


「ほう」


 老人はアルベルトをじろじろ見る。


 そして。


「偉そうな客じゃのう」


「…………」


 アルベルトが苦笑する。


「よく言われます」


「そうかい」


 老人は薬を二本買って帰っていった。


 アルベルトはその背中を見ながら呟く。


「……私が国王だと知らないのだな」


「言ってないので」


「言わないのか?」


「言う必要あります?」


「……ないな」


 アルベルトが笑った。


「ここでは、私はただの客か」


「そうですね」


「悪くない」


 その声が妙に嬉しそうだった。


 私は少しだけ不思議に思った。


 王様なら、王様として扱われることに慣れているはずだ。


 なのに。


 この人は、私の前では普通の人でいようとしている。


「……変なの」


「何が?」


「何でもありません」


     ◇


 一時間後。


「では、私は帰る」


「はい」


「明日も来る」


「薬、まだありますよね?」


「ある」


「じゃあ――」


「来る」


「…………」


 もう諦めた。


「好きにしてください」


「ありがとう」


 アルベルトは笑った。


 そして森を出ていく。


 私は扉を閉めた。


「……本当に毎日来るつもりなんだ」


 なぜか、少しだけ笑ってしまった。


     ◇


 その頃。


 王都では――。


「陛下」


 王宮の執務室。


 アルベルトは大量の書類を前にしていた。


「…………」


「陛下?」


「今日は何枚ある?」


「昨日より多いです」


「そうか」


 アルベルトは遠い目をした。


「リゼット殿のところへ行きたい」


「仕事をしてください」


「分かっている」


「ならば、こちらを」


 側近が書類を積み上げる。


 アルベルトは深いため息をついた。


 そのとき。


「陛下」


 別の騎士が入ってきた。


「例の件ですが」


 アルベルトの表情が変わる。


「何か分かったか?」


「はい」


 騎士が一枚の紙を差し出した。


「三十年前、『白銀の魔女』と接触した人物の記録を見つけました」


「誰だ?」


「当時、王宮に仕えていた薬師です」


「その薬師は?」


「すでに亡くなっています」


「では、家族は?」


「一人だけ」


 騎士が答える。


「孫娘がいます」


「名前は?」


 騎士は紙を見た。


「リゼット――」


「…………」


 アルベルトの手が止まった。


「姓は?」


「記録にはありません」


 部屋が静まり返る。


 アルベルトはゆっくりと顔を上げた。


「……確かめろ」


「はい」


「ただし」


 アルベルトの声が低くなる。


「彼女に危害を加えるな」


「承知しました」


 騎士が部屋を出ていく。


 アルベルトは窓の外を見る。


 森の方角。


「リゼット……」


 彼女はまだ何も知らない。


 自分の祖母が何者だったのかも。


 自分の薬が何なのかも。


 そして――。


 自分が、どんな秘密に巻き込まれようとしているのかも。


「……明日も、会いに行くか」


 アルベルトは小さく笑った。


 机の上には、終わっていない書類が山積みになっていた。


「その前に、これを片付けないとな……」


 王様の夜は、まだ長い。

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