第4話 王宮で見つかった『魔女の秘薬』
「魔女の秘薬……?」
アルベルトは、老騎士の言葉を繰り返した。
「はい」
老騎士――グレンは、金色に光る薬瓶を見つめたまま頷く。
「三十年前、当時の国王陛下が厳重に封印した秘薬です」
「私は聞いたことがない」
「当然です。知っている者は、ごく一部だけですから」
グレンは周囲を確認する。
地下の宝物庫には、二人しかいない。
「このことは、誰にも?」
「もちろんだ」
アルベルトは薬瓶を見た。
小さな瓶。
中に入っているのは、透明に近い液体。
時々、金色の光がゆっくりと浮かんでは消えている。
「これが本当に、三十年前の秘薬なのか?」
「おそらく」
「おそらく?」
「実物を見たことがあるのは、私の知る限り先代国王陛下だけです」
「では、なぜ分かる?」
「記録が残っています」
グレンは古びた箱を開けた。
中から一冊の本を取り出す。
表紙には何も書かれていない。
「先代国王陛下が残した記録です」
「読んでも?」
「はい」
アルベルトは本を開いた。
古い文字が並んでいる。
その中に、一枚の絵が描かれていた。
金色の光をまとった薬瓶。
そして、その横に――。
「……この薬を作った者の名前は?」
グレンが答える。
「記録では、『白銀の魔女』と」
「…………」
アルベルトの表情が変わった。
「白銀の魔女……」
「三十年前に姿を消した魔女です」
「それと、リゼットがどう関係する?」
「分かりません」
グレンは首を振った。
「ですが、偶然とは思えません」
アルベルトは薬瓶を握りしめた。
「……リゼット」
森の奥で暮らす、小さな魔女。
人付き合いが苦手で。
薬を売るときも妙に淡々としていて。
王である自分に対しても、まるで特別扱いしない。
そんな彼女が――。
古代の秘薬を作った。
「調べる必要があるな」
「陛下」
「何だ?」
「まさか、あの魔女を王宮へ呼ぶおつもりですか?」
「いや」
アルベルトは首を横に振った。
「それは逆効果だろう」
「では?」
「私が通う」
「…………」
グレンが黙った。
「陛下」
「何だ?」
「王様が毎日薬屋へ通う必要はないと思いますが」
「ある」
「秘薬の調査のためですか?」
「もちろんだ」
「……本当に?」
「本当だ」
アルベルトは目を逸らした。
グレンは何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ笑っていた。
◇
「……遅い」
その頃。
私は森の中で薬草を摘んでいた。
昨日は王様が帰ったあと、薬のことをいろいろ考えた。
祖母のこと。
金色の光。
そして、王様の古傷。
考えれば考えるほど分からない。
「……まあ、考えても仕方ないか」
私は薬草を籠へ入れる。
「帰って薬を作ろう」
家へ戻ると、薬草を洗って机の上に並べた。
傷薬。
風邪薬。
胃薬。
眠り薬。
いつもの薬だ。
「……そういえば」
私は昨日の王様を思い出した。
あの人、今日も来ると言っていた。
「来るのかな」
なぜか気になった。
「…………」
自分で言っておいて、私は首を振った。
「別に、来なくてもいいけど」
そう。
来なくてもいい。
むしろ来ないほうがいい。
私は静かな生活を望んでいる。
王様なんて、私には関係ない。
そう思った。
――昼になるまでは。
コンコン。
「…………」
扉を叩く音。
私は固まった。
「リゼット殿」
「…………」
「いるか?」
「…………」
「薬を買いに来た」
私は額を押さえた。
「……本当に来た」
扉を開ける。
「こんにちは」
「こんにちは」
アルベルトが笑顔で立っていた。
「今日も薬を買いに来た」
「何本ですか?」
「三本」
「少ないですね」
「昨日買った分がまだあるからな」
「それなら、今日は来なくても……」
「顔を見に来た」
「…………」
私は黙った。
「……今、何て?」
「いや」
アルベルトは咳払いをする。
「薬を買いに来た」
「最初からそう言ってください」
「そうだな」
私は三本の薬を渡した。
「銀貨九枚です」
アルベルトが銀貨を取り出す。
「ところで、リゼット殿」
「はい?」
「昨日の薬のことだが――」
「何か分かりました?」
「いや」
アルベルトは一瞬だけ迷った。
「王宮に詳しい者がいる。そいつに聞いてみた」
「それで?」
「……昔、似た薬があったらしい」
「似た薬?」
「ああ」
「どんな薬ですか?」
「傷を治す薬だ」
「それなら私の薬と同じですね」
「ただし――」
アルベルトは続けた。
「その薬を作った魔女は、三十年前に消えた」
「…………」
私は動きを止めた。
「魔女の名前は?」
「白銀の魔女」
「…………」
胸の奥が、ざわついた。
その名前を聞いたことがある。
でも、どこで聞いたのか思い出せない。
「リゼット殿?」
「……すみません」
「どうした?」
「少し、気分が悪くなりました」
私は椅子に座った。
頭の中に、昔の記憶が浮かぶ。
祖母。
白い髪。
薬草。
そして――。
『リゼット。このことは誰にも話してはいけないよ』
「……おばあちゃん」
小さく呟いた。
アルベルトが心配そうに私を見る。
「大丈夫か?」
「はい」
「無理をするな」
「大丈夫です」
私は立ち上がった。
「王様」
「何だ?」
「その『白銀の魔女』について、もっと調べられますか?」
「もちろん」
「お願いします」
「ああ」
アルベルトは頷いた。
その日の帰り際。
彼は振り返った。
「明日も来る」
「……薬、まだありますよね?」
「ある」
「じゃあ、来なくても……」
「明日も来る」
「…………」
私は諦めた。
「分かりました」
「では、また明日」
王様が森の中へ消えていく。
私はその背中を見送った。
「……変な人」
けれど。
なぜだろう。
昨日までなら、面倒だと思っていたはずなのに。
今日は少しだけ――。
「……明日も来るのかな」
そう思ってしまった。
◇
その夜。
王宮では、一人の男が古い記録を読んでいた。
「白銀の魔女……」
男は、三十年前の記録をめくる。
そして、あるページで手を止めた。
「……生きている?」
そこには、短い一文が残されていた。
『白銀の魔女は死んでいない』
男は目を細める。
「ならば――」
彼は古い薬瓶の絵を指でなぞった。
「秘薬も、まだ存在するということか」
その目に、欲望の色が浮かんだ。
「探せ」
部屋の隅にいた男たちへ命じる。
「白銀の魔女の行方を」
そして。
「秘薬を作れる者も、だ」
静かな王宮の夜。
誰にも知られないところで――。
魔女を巡る物語が、動き始めていた。




