第3話 王様は薬の秘密を知りたい
翌朝。
私はいつもより早く目を覚ました。
昨日の薬瓶のことが頭から離れない。
金色の光。
あれはいったい何だったのだろう。
祖母なら知っているはずだ。
でも、祖母はもういない。
「……困ったな」
私は薬瓶を持ち上げる。
中身はいつも通りの傷薬。
見た目も匂いも変わらない。
試しに小さな傷に一滴垂らしてみる。
すると、傷はいつもより早く塞がった。
「……やっぱり」
薬の効き目が、少し強くなっている。
原因は分からない。
私は眉を寄せた。
そのとき――。
コンコン。
「…………」
来た。
間違いなく、あの人だ。
「リゼット殿! 起きているか?」
「起きています」
「では開けてくれ」
「嫌です」
「なぜだ!?」
私はため息をついて扉を開けた。
「おはようございます」
「おはよう」
アルベルトは今日も一人だった。
「今日は騎士はいないんですか?」
「ああ。少し離れたところで待たせている」
「なぜ?」
「君が嫌がるだろうと思って」
「……」
昨日までなら、そんなことはどうでもよかった。
でも今日は少しだけ違う。
「王様」
「なんだ?」
「昨日の薬、何か変わったことありませんでした?」
アルベルトの表情が変わった。
「……気づいていたか」
「やっぱり何かあったんですね?」
彼は少し考えてから、頷いた。
「ああ」
アルベルトは昨日買った薬瓶を取り出した。
「夜、これを飲んだ」
「傷はなかったでしょう?」
「傷薬だからな。普通なら飲む必要はない」
「……じゃあ、なぜ?」
「試したかった」
「人体実験ですか?」
「自分の身体で試すなら問題ないだろう」
「問題あります」
私は呆れながら薬瓶を見る。
「それで?」
「飲んだ直後、身体が軽くなった」
「それだけ?」
「それだけではない」
アルベルトは腕を伸ばした。
「十年以上前に負った古傷がある」
「古傷?」
「ああ。剣で斬られた傷だ」
袖をまくる。
そこには、肩から腕にかけて長い傷跡があった。
「昨日までは痛むことがあった」
「今は?」
「全く痛まない」
「…………」
私は傷跡を見る。
確かに、古い傷だ。
そしてその周囲には、まだ薄く金色の光が残っていた。
「……これ」
「何だ?」
「少しだけ、薬の魔力が残っています」
「魔力?」
「はい」
私はアルベルトの腕をじっと見る。
「普通の傷薬に、こんな効果はありません」
「やはりそうか」
「王様は何か知っているんですか?」
「いや」
アルベルトは首を横に振った。
「だから知りたい」
「…………」
「君の薬について」
真剣な目だった。
私は少しだけ考える。
「私も知りたいです」
「え?」
「この薬を作ったのは私です。でも、こんなことになる理由は分かりません」
「そうなのか?」
「祖母から教わった通りに作っているだけです」
「では、その祖母は?」
「……亡くなりました」
アルベルトは何も言わなかった。
余計なことを聞かない。
そのことが、少しだけありがたかった。
「すまない」
「別に」
私は薬棚へ向かう。
「今日は、少し調べてみます」
「私も手伝おう」
「王様に薬作りができますか?」
「できない」
「では、座っていてください」
「分かった」
素直だ。
私は薬草を取り出して、作業を始めた。
薬草を洗う。
細かく刻む。
鍋に入れる。
火をつける。
いつも通りの工程。
「…………」
「…………」
「…………」
静かだ。
アルベルトは何も言わず、私の作業を見ている。
「……見られているとやりにくいんですが」
「すまない」
彼は目を逸らした。
少しすると――。
「リゼット殿」
「何ですか?」
「この薬草は何という名前だ?」
「知らないです」
「知らない?」
「祖母が『これを使え』と教えてくれただけなので」
「名前を知らずに使っているのか?」
「はい」
「…………」
アルベルトが頭を抱えた。
「君は本当に魔女なのか?」
「さっきからそればかりですね」
「いや……」
彼は苦笑した。
「なんというか、私が知っている魔女とは随分違う」
「どんな魔女ですか?」
「呪いをかけたり、怪しい薬を作ったり、森で怪物を従えたり……」
「全部できますよ」
「できるのか!?」
「呪いは簡単です」
「…………」
「でも、人に使うのは嫌なのでやりません」
「そうか」
アルベルトが少し安心した顔をする。
「怪物も?」
「友達はいませんけど」
「……そうか」
なぜか残念そうだった。
そんな話をしているうちに、薬が完成した。
私は瓶に移す。
「できました」
「これが?」
「はい」
新しい傷薬。
けれど、今回は違った。
薬の中に――。
金色の光が浮かんでいる。
「……まただ」
アルベルトも気づいた。
「これは一体……」
「分かりません」
私は薬瓶を手に取る。
その瞬間。
金色の光が強く輝いた。
「っ……!」
眩しい。
思わず目を閉じる。
そして――。
頭の中に、一瞬だけ知らない景色が浮かんだ。
巨大な城。
燃える森。
そして――。
一人の女性。
白い髪。
見覚えのある顔。
「……おばあちゃん?」
女性がこちらを振り向く。
その唇が動いた。
『リゼット――』
そこで映像が途切れた。
「……今の、何?」
私は薬瓶を見つめる。
「リゼット殿?」
「…………」
「大丈夫か?」
「はい……」
けれど、手が震えていた。
祖母が死ぬ前に、一度だけ言ったことがある。
『この薬は、あなたが必要とするときまで誰にも渡してはいけないよ』
子供だった私は、その意味を理解できなかった。
でも今なら分かる。
この薬には、何か秘密がある。
「王様」
「なんだ?」
「この薬……しばらく王宮で保管してもらえませんか?」
「構わないが、なぜ?」
「誰かに盗まれると困るので」
「……分かった」
アルベルトは薬瓶を受け取った。
そして、少しだけ笑った。
「安心しろ」
「?」
「この国の王宮で、一番安全な場所に保管する」
「お願いします」
その日の夕方。
アルベルトは薬瓶を持って王宮へ帰った。
そして――。
王宮地下。
誰も立ち入ることを許されない宝物庫で。
金色の薬瓶を見た老騎士が、震える声を漏らした。
「……まさか」
「どうした?」
アルベルトが尋ねる。
老騎士は薬瓶から目を離せなかった。
「陛下……これは……」
「知っているのか?」
「はい」
老騎士の顔から血の気が引いていく。
「三十年前に滅びたはずの――」
そこで彼は言葉を止めた。
そして、震える手で薬瓶を指差した。
「『魔女の秘薬』です」




