第2話 王様、翌朝から本当に来ました
翌朝。
私は布団の中で目を覚ました。
窓の外から、小鳥の鳴き声が聞こえる。
いつもと変わらない朝。
昨日の出来事は、きっと夢だったのだ。
森で怪我をした男を助けた。
その男が国王だった。
そして、毎日来ると言われた。
――そんな馬鹿な話があるわけがない。
「……よし」
私は布団から出た。
朝食を作り、薬草を煮込み、昨日採ってきた薬草を仕分けする。
いつも通りの生活。
静かで、平和だ。
やっぱり夢だったのだ。
「リゼット殿ー!」
「…………」
窓の外から声がした。
私は動きを止めた。
「リゼット殿! 起きているか!」
「…………」
聞こえない。
私は何も聞いていない。
「昨日の国王だ!」
「名乗らなくても分かります!」
思わず叫んでしまった。
「おお! 起きていたか!」
「…………」
最悪だ。
夢ではなかった。
私は仕方なく玄関へ向かう。
扉を開けると、そこには昨日の男――アルベルト国王が立っていた。
昨日とは違い、今日は綺麗な服を着ている。
そして、その後ろには騎士が二人。
「おはよう、リゼット殿」
「おはようございます」
「今日も薬を買いに来た」
「……昨日、十本買いましたよね?」
「ああ」
「もう使ったんですか?」
「いや」
「では、なぜ?」
「予備だ」
「…………」
王様というのは、薬を大量に買い込む習慣でもあるのだろうか。
「今日は二十本もらおう」
「多すぎません?」
「王宮には大勢いるからな」
「王宮の人全員が怪我する予定なんですか?」
「そういう意味ではない」
アルベルトは苦笑した。
私はため息をつきながら薬を取りに行く。
「一瓶、銀貨三枚です」
「二十本だから……銀貨六十枚だな」
「はい」
「金貨一枚でいいか?」
「……お釣りが面倒なので、そうしてください」
金貨一枚を受け取る。
銀貨四十枚のお釣り。
私は袋から銀貨を数え始めた。
「……一、二、三、四――」
「ところで、リゼット殿」
「はい?」
「この薬は、どうやって作っている?」
「薬草を煮ています」
「それだけ?」
「それだけです」
「魔法は?」
「使ってません」
「…………」
アルベルトが黙り込む。
「何か?」
「いや……」
彼は私の手元にある薬瓶を見る。
「昨日の傷は、かなり深かった」
「そうですね」
「普通の治癒薬なら、あそこまでの傷を完全に治すには時間がかかる」
「そうなんですか?」
「知らなかったのか?」
「薬を作るのは祖母から教わりました。効くかどうかは……まあ、飲んでみれば分かるので」
「ずいぶん大雑把だな」
「薬屋なんてそんなものです」
「そんなものなのか……?」
アルベルトは困った顔をしている。
私は気にせず銀貨を数える。
「はい。お釣りです」
「ありがとう」
彼が銀貨を受け取った。
そのときだった。
「陛下」
後ろにいた騎士の一人が声をかける。
「そろそろ王宮へお戻りください」
「分かっている」
「本日の会議が――」
「分かっていると言っている」
「しかし……」
騎士が困った顔をする。
私はその様子を見て、ふと思った。
「王様って、暇なんですか?」
「…………」
「…………」
「…………」
三人の視線が私に集まった。
「何ですか?」
「いや……」
アルベルトが額を押さえる。
「私はこれでも国王だ」
「そうですよね」
「毎日会議もある」
「でしょうね」
「決裁書も山ほどある」
「大変ですね」
「だから暇ではない」
「では、帰ればいいのでは?」
「…………」
国王が黙った。
騎士二人も黙った。
「……君は、私に帰ってほしいのか?」
「はい」
「即答だな」
「薬は売りましたから」
「……そうか」
アルベルトは少し寂しそうな顔をした。
私はその顔を見て、ほんの少しだけ罪悪感を覚える。
だからと言って、王様と毎日話したいわけではない。
「では、また明日」
「明日も来るんですか?」
「もちろん」
「…………」
私は扉を閉めた。
静かになった。
「……よし」
これでいい。
私は薬作りに戻った。
ところが――。
昼過ぎ。
また扉が叩かれた。
「リゼット殿」
「…………」
「昼食を持ってきた」
「いりません」
「美味しいぞ」
「いりません」
「王宮の料理人が作った」
「……」
私は扉を開けた。
アルベルトが大きな籠を持って立っている。
「食べないか?」
「……いただきます」
「よし」
「なぜ嬉しそうなんですか?」
「君が少し私に慣れてきた気がするからな」
「気のせいです」
「そうか」
アルベルトは笑った。
私は籠を受け取る。
中にはパンや肉、野菜などがたくさん入っていた。
「……これ、一人分ですか?」
「もちろん」
「多すぎません?」
「王宮ではこれくらい普通だ」
「王様って大変ですね」
「何がだ?」
「食費が」
「そこか?」
私は思わず笑った。
ほんの少しだけ。
アルベルトはそれを見て、目を丸くした。
「……今、笑ったか?」
「笑ってません」
「笑っただろう」
「気のせいです」
「そうか」
彼も笑った。
不思議な人だ。
昨日会ったばかりなのに、まるで昔から知っているような気がする。
――その日の夕方。
私は薬瓶を並べながら、ふと考えた。
なぜ王様は、こんな森の奥まで毎日来るのだろう。
薬が欲しいだけなら、昨日まとめて買った分で十分なはずだ。
それに、今日だって。
薬を買ったあとも、帰ろうとしなかった。
「……変な人」
そう呟いたとき。
机の上に置いていた薬瓶が、淡く光った。
「……え?」
私は慌てて薬瓶を手に取る。
中に入っているのは、昨日と同じ傷薬。
なのに――。
薬の中に、小さな金色の光が浮かんでいた。
「これ……何?」
祖母から教わった薬作り。
今まで、一度もこんなことはなかった。
私は薬瓶をじっと見つめる。
すると、どこからともなく。
懐かしい祖母の声が聞こえた気がした。
『リゼット。この薬だけは――』
「……おばあちゃん?」
けれど、その先の言葉が思い出せない。
薬瓶の光は、すぐに消えた。
私はしばらく黙っていた。
そして、小さく呟く。
「……明日、王様に聞いてみよう」
この薬を飲んだとき。
何か変わったことがなかったか。
それを確かめるために。
――私はまだ知らなかった。
この小さな薬瓶が、王国中を巻き込む騒動の始まりになることを。




