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冷たい総大将

舞台は博多湾へ。

そして、少弐景資登場です。


冷徹な総大将と、資時を失ったステフ。

衝突は避けられません。

 船が博多湾に近づいたとき――


 ステフは、息を呑んだ。


(……なんだよ、これ)


 視界いっぱいに広がる光景。


 海上には、無数の軍船。


 鎌倉武士団の船が列をなし、湾内を埋め尽くしている。


 その規模は、壱岐とは比べものにならない。


 さらに海面には――


 びっしりと打ち込まれた木の杭。


 船の侵入を阻むための障害物。


 波に揺れながらも、確実に“壁”として機能している。


 そして、その向こう。


 浜辺には――


 長く連なる防塁。


 石と土で築かれた壁が、地平線のように続いている。


 その前には乱杭。


 逆茂木。


 敵を削り、足止めし、殺すための仕掛けが幾重にも重ねられていた。


(……要塞だ)


 思わず呟く。


 ここはもう、ただの海岸ではない。


 戦うために作られた場所。


 勝つために用意された戦場。


 壱岐とは違う。


 最初から、全力で迎え撃つ覚悟がある。


 船が浜に着く。


 資能と経資が先に降りる。


 ステフも続いた。


 博多の地は、戦の空気に満ちていた。


 武士、雑兵、馬、荷。


 あらゆるものが動いている。


 だが混乱はない。


 すべてが統制されている。


 張り詰めた空気の中にあるのは――恐怖ではなく、覚悟だった。


「こちらだ」


 経資が言う。


 本陣へ向かう。


 本陣。


 そこは、さらに空気が違った。


 整然と並ぶ武士たち。


 無駄のない動き。


 静かな緊張。


 その中心に――


 一人の男が座っていた。


 少弐景資。


 総大将。


 整った顔立ち。


 無駄のない姿勢。


 涼しげな目。


 感情の揺れを、一切見せない。


 資能と経資が進み出る。


「景資」


 資能の声。


 景資はゆっくりと視線を向ける。


「戻られましたか」


 淡々とした声。


「報告を」


 短く言う。


 経資が口を開く。


「蒙古の軍勢は数万」


「波のように押し寄せ、倒しても尽きぬ」


「指揮官を狙う戦術も用いたが――」


 戦況を伝える。


 砦での攻防。


 押し寄せる敵。


 持ちこたえた時間。


 そして――


 わずかに息を整え。


「資時は、最後まで奮戦し……」


 一瞬、言葉が止まる。


 だが、続ける。


「……討ち死にした」


 空気が、止まる。


 誰も動かない。


 その中で。


 景資が口を開いた。


「そうか」


 あまりにも軽い一言。


 そして――


「たった数日しか持ちこたえられぬとは、情けない」


 冷たい言葉。


 資能と経資へ。


 さらに。


「資時も同様だ」


 淡々と名を口にする。


「所詮、その程度であったか」


 その瞬間。


 ステフの中で、何かが弾けた。


(……ふざけんな)


 頭が真っ白になる。


 心臓が激しく打つ。


 体の奥から怒りが噴き上がる。


(あいつが、どれだけ戦ったか……!)


 最後の笑顔。


 矢を受けながら立っていた姿。


(それを……それを……!)


 気づけば、身体が動いていた。


「――ッ!!」


 踏み込む。


 一瞬で距離を詰める。


 景資に飛びかかる。


 拳を振り抜く。


 鈍い音。


 景資の顔が弾ける。


 そのまま押し倒す。


 馬乗りになる。


 胸倉を掴む。


「てめぇ……!!」


 声が震える。


 怒りで。


 涙で。


「何も知らねぇくせに……!!」


 景資の目が見開かれる。


 だが、すぐに戻る。


「離せ、異人」


 低い声。


 だがステフは離さない。


「ふざけんなよ!!」


 叫ぶ。


「逃げなかったんだぞあいつは!!」


「最後まで戦ったんだ!!」


「怖いって言いながら、それでも!!」


 言葉が崩れる。


 涙が溢れる。


 止まらない。


 その涙が。


 ぽた、ぽたと。


 景資の頬に落ちる。


 温かい滴。


 その瞬間。


 景資の目が、わずかに揺れた。


「控えよ!」


 家臣たちが動く。


 だが――


「よい」


 景資が制した。


 短く、強く。


 動きが止まる。


 その隙に、資能と経資が駆け寄る。


「やめよ、ステフ!」


 腕を掴まれる。


 引き剥がされる。


 力が抜ける。


 そのまま、引き離される。


 景資はゆっくりと立ち上がる。


 衣を整える。


 頬を軽く拭う。


 そして――


 何も言わず、本陣の奥へ戻っていった。


 その背中は、変わらず冷たかった。


 静寂が戻る。


 ステフはその場に崩れ落ちる。


 肩で息をする。


 涙が止まらない。


「……ごめんなさい。取り乱して……」


 

 経資が静かに首を振る。


「違う」


 そして、ステフを見る。


「景資はな」


 ゆっくりと語る。


「あえて、あのような態度を取ったのだ」


「総大将として、他の御家人たちの前で身内に情を見せるわけにはいかぬ」


「ゆえに、誰よりも厳しくあらねばならぬ」


 理解はできる。


 だが。


 納得は、できない。


「それでも……!」


 声が震える。


 経資は、わずかに目を細めた。


 そして――


「だからこそ」


 静かに言う。


「資時の父として」


 一瞬、言葉を詰まらせ。


「怒ってくれて、ありがとう」


 その言葉に。


 ステフの涙が、また溢れた。


 博多の空は重い。


 だが――


 戦は、これからが本番だった。

景資は「悪人」ではなく、「大将」であることを意識して描いています。


そして、ステフの怒りは資時への想いそのものでもあります。

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