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夜の海、火の花

博多湾夜襲編。

鎌倉武士たちの“抜け駆け文化”全開です。


草野とのコンビ感も楽しんでいただければ!

 博多湾の空気は、張り詰めていた。


 ――来た。


 元軍(東路軍)。


 その数、およそ九百隻。


 水平線の向こうから現れたその光景は、もはや“艦隊”ではない。


 海そのものが敵になったかのようだった。


 無数の船が波間を埋め尽くし、ゆっくりと博多湾へと迫ってくる。


 武士たちは息を呑み、弓に手をかける。


 だが――


(……来ない?)


 ステフは眉をひそめた。


 元軍は湾に突入してこない。


 防塁、乱杭、逆茂木、そして待ち構える武士団。


 完璧な防衛線を前にして――


 止まった。


 そして。


 そのまま志賀島の周辺へと移動し、船を停泊させた。


 まるで、何かを待つように。


(……気味が悪い)


 攻めてこない敵ほど、不気味なものはない。


 戦場は、静まり返った。


 数日が過ぎる。


 元軍は動かない。


 志賀島に停泊したまま。


 ただ“そこにいる”だけで圧迫してくる。


 兵たちは焦れ始めていた。


 だが命令はない。


 動くな。


 待て。


 それだけ。


 ステフは、防塁の内側に座り込んでいた。


 ぼんやりと海を見る。


 遠くに見える元軍の船。


 揺れているだけ。


(……なんでだよ)


 拳を握る。


(壱岐では、あんなに……)


 資時の姿が浮かぶ。


 最後の笑顔。


(……なんで今さら慎重なんだよ)


 怒りと虚無が混ざる。


 何もできない。


 それが、一番つらい。


「よう、異人」


 声がした。


 振り向く。


 一人の武士が立っていた。


 日に焼けた顔。


 鋭い目。


 だがどこか豪胆な雰囲気。


「……誰?」


 男は軽く胸を張る。


「某は草野経永と申す」


 どかっと隣に座る。


「お前、景資殴ったやつだろ」


 ニヤリと笑う。


「……それが?」


「気に入った」


 あっさり言う。


「普通やらねぇ」


 肩をすくめる。


「総大将ぶん殴るとか、正気じゃねぇ」


「……あんたも野蛮そうに見えるけど」


「よく言われる」


 豪快に笑う。


 少しだけ、空気が軽くなる。


 草野は海を見た。


「なぁ」


「……なに」


「一暴れ、しねぇか?」


 ステフの目が細くなる。


「……どういう意味?」


 草野は顎で志賀島を指す。


「夜襲だ」


 あっさり言う。


「寝てるところを叩く」


「船に乗り込んで、暴れて、燃やす」


「簡単だろ?」


「簡単じゃないわよ!」


 即答する。


 だが――


 心が揺れる。


(夜襲……)


 待つだけじゃない。


 攻める側。


「軍令違反じゃないの?」


「そうだな」


 草野はうなずく。


 そして、歯を見せて笑う。


「あんなに恩賞が転がってるのに、軍令違反にビビってこんなところで指くわえてられるか! 手柄は早いもの勝ちだ」


 迷いがない。


(……いいね、それ)


 ステフは腰の脇差に触れる。


 資時の形見。


『鎌倉武士の強さを蒙古の奴らに思知らせてほしい……』


 資時の言葉を思いだす……。


(……やってやるよ)


 立ち上がる。


「……やる」


 短く言う。


 草野が笑う。


「いいねぇ!」


 夜。


 海は静かだった。


 小舟が闇を滑る。


 草野の一党とステフ。


 無言。


 志賀島へ近づく。


 元軍の船。


 灯りは少ない。


 見張りも甘い。


(……油断してる)


 取り付く。


 縄をかける。


 登る。


 甲板へ。


 静寂。


「……行くぞ」


 その一言で。


 地獄が始まった。


 斬る。


 血が飛ぶ。


 悲鳴。


 眠っていた兵が飛び起きる。


 だが遅い。


 すでに斬られている。


 ステフも動く。


 銃を構える。


 撃つ。


 至近距離。


 確実に仕留める。


 混乱が広がる。


「敵襲だ!」


 だが、どこからか分からない。


 炎が上がる。


 草野たちが火を放つ。


 帆に。


 甲板に。


 船体に。


 火が燃え広がる。


「燃やせぇ!」


 狂ったような笑い。


 炎は隣の船へ。


 連鎖する。


 元軍は統制を失う。


 その光景は博多湾からも見えていた。


「火だ!」


「夜襲だ!」


 武士たちがざわめく。


「遅れるな!」


 誰かが叫ぶ。


 次の瞬間。


 別の小舟が出る。


 さらに。


 さらに。


 次々と夜襲が始まる。


 誰も止めない。


 志賀島一帯は、大混戦となった。


 夜明け。


 ステフたちは戻る。


 全身血まみれ。


 だが――


「ははっ! やったな!」


 草野が笑う。


 その勢いのまま、ステフも息を整えながら笑った。


「……最高だったわ!」


 自分でも驚くほど、軽い声だった。


 胸の奥に溜まっていたものが、少しだけほどけていく。


 その瞬間。


 バシャッ――!


 冷たい水が頭から降り注ぐ。


「――っ!?」


 振り向く。


 そこに立っていたのは――


 景資。


 変わらぬ冷たい目。


「隊律を乱すな!」


 一言。


 それだけ。


 怒鳴りもしない。


 褒めもしない。


 処罰もしない。


 ただそれだけ言い残し、本陣へと去っていく。


 沈黙。


 だが――


「……ははっ」


 草野が笑う。


「お咎めなしだな」


 肩をすくめる。


 ステフは濡れた髪をかき上げ、空を見上げた。


 朝焼けが広がっている。


(……少しだけ)


 胸の奥が、軽くなっていた。


 痛みは消えない。


 だが。


 前を向ける。


 そんな気がした。

史実でも日本側は夜襲をかなり行っています。


草野は「戦国武将っぽいノリを持つ鎌倉武士」をイメージして書いています。

ステフも少しずつ元気を取り戻してきました。

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