戦の現実
志賀島攻防戦。
今回から戦争の“残酷さ”をより正面から描いていきます。
人間の盾という重い描写がありますのでご注意ください。
夜襲の熱気は、翌日になっても消えてはいなかった。
志賀島沖では、いまだ黒煙を上げる元軍の船が見える。
昨夜の奇襲は、確実に敵を混乱させていた。
博多湾の武士たちも興奮している。
誰もが口々に武勇を語り、笑い、次は自分が手柄を立てると息巻いていた。
そんな中――
「おい、異人」
声が飛ぶ。
振り返る。
少弐景資。
総大将。
相変わらず涼しい顔。
感情の読めない目。
「……何?」
「狩りに行くぞ」
あまりにも自然に言う。
「は?」
景資は志賀島の方角を見る。
「敵は小舟の夜襲に気を取られている」
「今なら陸からも食い破れる」
短く言う。
その目は鋭い。
昨夜の無断夜襲。
普通なら怒るべき行為。
だが景資は、それを“好機”へ変えようとしていた。
(……この人、本当に戦上手なんだ)
ステフは思う。
感情では動かない。
使えるものは、何でも使う。
それがこの男だった。
志賀島。
だが、完全な島ではない。
“海の中道”と呼ばれる細長い砂州によって、本土と繋がっている。
つまり――
陸路でも攻め込める。
武士たちは馬を走らせた。
砂煙が舞う。
鎧の音が響く。
景資を先頭に、九州中の武士団が集結していた。
竹崎季長。
菊池武房。
大矢野種保・種村兄弟。
秋月種宗。
歴戦の猛者たち。
誰もが殺気立っている。
「昨夜の続きだ!」
「蒙古どもを叩き出せ!」
怒号。
鬨の声。
武士団は一気に志賀島へ雪崩れ込んだ。
元軍も応戦する。
矢が飛ぶ。
てつはうが炸裂する。
轟音。
爆炎。
砂が舞う。
だが。
それでも鎌倉武士団は止まらない。
馬が駆ける。
弓が唸る。
刀が閃く。
景資の指揮は的確だった。
「左を押せ!」
「船を浜へ追い込め!」
命令が飛ぶ。
武士たちが呼応する。
押している。
確実に。
(いける――!)
ステフも銃を構えながら前進する。
だが。
次の瞬間だった。
「……っ?」
空気が変わる。
元軍の船。
その船壁に――
人が吊るされていた。
縛られている。
痩せた男。
泣き叫ぶ女。
子供。
対馬や壱岐の民。
捕虜。
「な……」
息が止まる。
元軍は、捕虜を盾にしていた。
船の周囲にも並べる。
前へ押し出す。
「やめろぉ!」
武士の誰かが叫ぶ。
だが。
元軍は止まらない。
捕虜の背後から矢を放つ。
さらに。
てつはう。
爆発。
悲鳴。
混乱。
「くっ……!」
景資が歯を食いしばる。
攻めきれない。
矢を放てば、捕虜に当たる。
馬を突っ込ませれば、民ごと踏み潰す。
他の武士たちも止まる。
竹崎季長が舌打ちする。
菊池武房も馬を止める。
誰も、撃てない。
その隙を突き――
元軍が反撃してくる。
集団で押し寄せる。
盾を並べる。
長槍。
矢。
爆音。
統率された戦い。
「下がれ!」
景資が叫ぶ。
武士団が後退する。
砂浜に血が広がる。
ステフは、その光景を呆然と見ていた。
(……これが)
戦争。
ゲームじゃない。
映画じゃない。
英雄譚でもない。
人が死ぬ。
泣く。
壊れる。
しかも。
卑劣で。
残酷で。
救いがない。
ふと。
父の顔が浮かんだ。
アメリカでの記憶。
『軍隊には入るな』
父は、何度もそう言った。
父も軍人だった。
だが、戦場経験がある父は――軍を誇らしげに語ることはなかった。
『戦争は、人間を壊す』
『正義とか名誉とか、そんな綺麗なもんじゃない』
『最後に残るのは後悔だ』
何度も聞かされた。
だが当時のステフには理解できなかった。
(大げさだって思ってた)
国を守る。
誰かを助ける。
強くて格好いいもの。
そんなイメージだった。
だが。
違った。
目の前にあるのは――
恐怖。
怒り。
絶望。
そして。
人間の醜さだった。
「……ちくしょう」
声が漏れる。
景資が前を見る。
苦しそうな顔だった。
冷徹な男。
そう思っていた。
だが今、その男は。
攻撃をためらっている。
人間の盾を前に。
民を巻き込めない。
だから止まる。
(……同じなんだ)
この時代の武士も。
アニメやドラマみたいな化け物じゃない。
怒る。
迷う。
苦しむ。
怖がる。
普通の人間だ。
資時と同じように。
元軍のてつはうが炸裂する。
轟音。
悲鳴。
砂煙。
戦場は混沌へ変わっていく。
「退け!」
景資が再び命じる。
武士団は後退する。
悔しさを滲ませながら。
ステフも下がる。
脇差に触れる。
資時の形見。
(……戦って、こんなものなのか)
答えは出ない。
ただ。
胸の奥が重かった。
壱岐で感じた怒りだけでは、もう前に進めない。
戦場を知ってしまった。
それでも。
戦わなければならない。
その現実だけが、そこにあった。
夕暮れ。
志賀島は赤く染まっていた。
海も。
砂浜も。
まるで血の色のように。
ステフが初めて「父の言葉」を理解する回でした。
英雄譚だけでは終わらない。
戦争の現実を書きたいと思っています。




