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老将の覚悟

老将・少弐資能、動く。


今回は「武士の覚悟」がテーマです。

 志賀島の浜は、混乱に包まれていた。


 元軍は捕虜にした対馬や壱岐の民を盾にし、その背後から矢を放ち、てつはうを投げ込んでくる。


 悲鳴。


 爆音。


 血。


 砂煙。


 武士たちは攻めきれず、足を止めていた。


「くっ……!」


 少弐景資が歯を食いしばる。


 矢を放てば、民に当たる。


 突撃すれば、女子供ごと踏み潰す。


 それが分かるからこそ、動けない。


 景資の拳が震えていた。


 冷徹な男だと思っていたステフは、その姿に驚いていた。


(……迷ってる)


 この男もまた、人間だった。


 そのとき。


「景資!!」


 老いた声が響く。


 馬を進めてきたのは――少弐資能。


 白髪の老将。


 齢八十四。


 だが、その眼光は鋭い。


 景資が振り向く。


「父上……」


 資能は前方を見る。


 人間の盾。


 泣き叫ぶ島民。


 そして、その後ろで嗤う元軍。


 老将は、一瞬だけ目を閉じた。


 だが次の瞬間、目を見開く。


「景資、負ければ国中の民がああなる!」


 怒声のような声。


「迷うな!!」


 景資が息を呑む。


 資能は叫ぶ。


「わしが全責任を受ける!!」


 そして――


「放てぇぇぇぇ!!」


 命令が響いた。


 一瞬。


 武士たちが止まる。


 だが。


 老将の覚悟が、皆の背を押した。


「……っ!」


 弓が引き絞られる。


 放たれる。


 無数の矢。


 空を埋める黒い雨。


 元軍へ降り注ぐ。


 悲鳴。


 血飛沫。


 島民にも矢が刺さる。


 だが――止まらない。


 武士たちの目に、迷いは消えていた。


「続けぇぇ!!」


「押し返せ!!」


 怒号が轟く。


 鎌倉武士団が一斉に突撃する。


 その瞬間だった。


 元軍の船団後方で火の手が上がる。


「――何っ!?」


 敵がざわめく。


 船の裏側。


 そこへ、小舟の集団が突っ込んでいた。


「今だぁぁぁ!!」


 豪快な叫び。


 草野経永。


 さらに――


「蒙古ども! 首を置いてゆけぇぇ!!」


 河野通有。


 夜襲を得意とする武士たちが、船の裏側から奇襲を仕掛けていた。


 火矢。


 斬撃。


 混乱。


 元軍は挟み撃ちとなる。


「前へ逃げるぞ!」


 元軍が崩れる。


 前方へ殺到する。


 その瞬間。


 景資の目から迷いが消えた。


「左右から包め!」


「逃がすな!!」


 冷静な指示が飛ぶ。


 武士たちが動く。


 騎馬武者が駆ける。


 槍衾が形成される。


 逃げ場を失った元軍へ、鎌倉武士団が襲いかかった。


 ステフも銃を構える。


 撃つ。


 元軍兵士が倒れる。


 さらに脇差を抜く。


 資時の形見。


(……見てろ、資時)


 斬る。


 押し返す。


 島民を守るために。


 やがて。


 戦線が崩壊する。


 元軍は耐えきれず、船へ撤退を始めた。


 志賀島を放棄する。


 武士たちの怒号が海へ響く。


 戦の後。


 救い出された島民たちが浜辺に集められていた。


 泣き崩れる者。


 倒れる者。


 傷だらけの者。


 景資が、その前に立つ。


 無言。


 そこへ。


 資能が歩み出る。


 老将は、島民たちの前で深く頭を下げた。


「島民に攻撃を仕掛ける命を出したのは、わしだ」


 静かな声。


「わしの判断で、多くの者を危険に晒した」


「どれほど恨まれても、弁解はせぬ」


 砂浜に沈黙が落ちる。


 資能はさらに頭を下げた。


「……それでも、戦わねば、この国の民すべてが同じ目に遭うところであった」


「老い先短いこの身ゆえ、罵りも恨みも、すべてわしが背負おう」


 すると。


 一人の壱岐の老人が前へ出た。


「何を申されますか……」


 震える声。


「あんたらは戦ってくれた」


「資時様も……必死に……」


 涙を流す。


「わしらを一人でも多く逃がそうとしてくださった」


「礼を言うのはこちらです……!」


 その言葉に、周囲の島民たちも泣きながら頭を下げた。


 資能は目を閉じる。


 肩が、小さく震えていた。


 その頃。


 元軍は志賀島を放棄し、壱岐へ撤退していた。


 捕虜にした元軍兵士から、景資は新たな情報を得る。


「江南軍……十万……?」


 景資の顔が険しくなる。


 南宋を滅ぼしたばかりの大軍。


 その江南軍が壱岐で東路軍と合流するという。


(……まずい)


 もし壱岐を完全な拠点にされれば。


 次に来るのは、博多そのもの。


 景資は即座に命じる。


「鎌倉へ早馬を出せ!」


「援軍を要請する!」


 部下たちが駆けていく。


 だが。


 景資は海を見つめた。


(間に合わぬかもしれん)


 鎌倉から援軍が来るまで、時間がかかる。


 その前に。


 壱岐を奪い返さねばならない。


 敵の拠点にしてはならない。


「ならば――」


 声が響く。


 振り返る。


 資能だった。


 老将はまっすぐ景資を見る。


「わしが行こう」


 静かな声。


「父上……?」


「壱岐奪還の総大将」


「この老骨が務める」


 周囲がざわめく。


 八十四歳。


 普通なら床に伏していてもおかしくない年齢。


 だが。


 資能の目には、なお炎が宿っていた。


「資時を死なせた」


「壱岐の民も、多く死なせた」


「ならば、最後まで責任を果たす」


 その声に、迷いはなかった。


 ステフは、その横顔を見る。


 資時によく似ていた。


 優しさと。


 覚悟を宿した目。


(……似てる)


 胸が締め付けられる。


 景資はしばらく黙っていた。


 やがて。


 深く頭を下げる。


「……頼みます、父上」


 その瞬間。


 壱岐奪還戦が、始まった。

資能はかなり好きなキャラクターです。


ただ強い老人ではなく、責任を背負い続けた武士として描いています。

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