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潔くない蝉

老将、壱岐へ帰る。


資能の過去と、資時との思い出を中心に描きます。

 志賀島を離れ、武士団は博多湾へ戻っていた。


 夕暮れの海。


 潮風。


 波の音。


 だが、誰も口数は多くない。


 人間の盾。


 てつはう。


 血と悲鳴。


 志賀島で見たものは、あまりにも重かった。


 その中で――


 少弐資能は、馬上で静かに海を見ていた。


 白髪を風が揺らす。


 齢八十四。


 老将。


 だが、その背はまだ折れてはいない。


 ステフは少し離れた場所から、その背中を見ていた。


(……資時に似てる)


 ふと、そう思う。


 あの優しい目。


 どこか人を安心させる空気。


 資時の面影が、そこにはあった。


 資能は静かに目を閉じる。


 そして――

 自らの人生を思い返していた。


 1198年、資能は武藤資頼の子として生まれた。


 武藤資頼は鎌倉幕府創設期からの有力御家人。


 父・資頼は、源頼朝より九州の監視役――鎮西奉行に任じられ、大宰府へ下向した。


 九州を抑える。


 異国に最も近い地。


 それがどれほど重要か、頼朝は理解していた。


 やがて父は朝廷より“大宰少弐”の官職を授かる。


 そして。


 資能の代から、その官名を名字として名乗るようになった。


 ――少弐。

 九州を背負う名。


 1232年。

 父の跡を継ぎ、資能は鎮西奉行となった。


 筑前。

 豊前。

 肥前。

 壱岐。

 対馬。

 三前二島。

 九州北部を束ねる巨大な勢力。


 北条氏と九州武士を繋ぐ役目。


 鎌倉幕府からの信頼は厚かった。


 戦い。

 政。

 幾つもの修羅場を越えてきた。

 誇りもあった。

 守ってきた自負もある。


 そして。

 息子たち。

 内政に優れた経資。

 戦に優れた景資。

 二人とも優秀だった。


 家を支え。

 武士として成長した。

 だが――

 唯一心残りであり、資能の脳裏に浮かぶのは。

 幼き日の資時の姿だった。


『お爺様ー!!』


 幼い声。


 夏の日差し。


 庭を走ってくる小さな影。


 まだ幼かった資時。


 笑顔。


 汗だくになりながら。


『セミを取りました!』


 小さな手には、大きな蝉。


 誇らしげだった。


 資能は思わず笑った。


『ほう、見事だ』


『でかいでしょう!』


『うむ』


 羽をばたつかせる蝉。


 それを見ながら、資能は言った。


『セミはな』


 資時が首を傾げる。


『地上に出てきて七日ほどで命を果てる』


『短い命だ』


『だが潔い』


 資時が目を丸くする。


『潔い?』


『うむ』


『逃げも隠れもせず、最後まで鳴き、生を全うする』


『我ら武士と同じよ。武士の情けじゃ、逃がしてやりなさい』


 資時は「おお……」と感心した顔をした。


 だが次の瞬間。


『では、長生きのお爺様は潔くないセミですな』


 にやっと笑う。


 一瞬、資能はぽかんとした。


 そして。


『この悪餓鬼めが!!』


 思わず笑いながら頭を小突いた。


 資時は逃げる。


『ははは!』


『待てこら!』


 夏の日。

 蝉の声。

 あの時間。


「……潔くないセミ、か」


 資能は小さく呟いた。


 その声に。


 近くにいた経資が振り向く。


「父上……?」


 資能は海を見る。


 壱岐の方角。


 そこに。


 元軍がいる。


 資時を殺した敵が。


「……よくも我が孫を」


 静かな声。


 だが。


 次第に熱を帯びる。


「許せぬ」


 その一言に。


 凄まじい怒気が滲んでいた。


 経資が息を呑む。


 ステフも、その気迫を感じていた。


(……怒ってる)


 老将。


 穏やかに見える老人。


 だが今、その胸には燃える炎があった。


 ステフは、そっと脇差に触れる。


 資時の形見。


 思い出す。


 笑顔。


 震える手。


 最後の言葉。


『アメリカ人の武勇を蒙古に見せつけてやれ』


 胸が締め付けられる。


(……見せてやるよ)


 静かに思う。


 資時のために。


 壱岐のために。


 やがて。

 一行は博多湾へ戻る。

 湾内には、無数の船。


 兵。

 武士たち。

 そして。

 壱岐奪還の準備。


 慌ただしく動く兵たちの中で、資能が振り返る。


「船を出す」


 短く言う。


「壱岐を奪い返す」


 その目は鋭い。


 迷いはなかった。


 武士たちが動く。


 兵糧。

 矢。

 馬。

 武具。

 次々と船へ運び込まれていく。


 海風が吹く。


 空は曇っていた。


 まるで。

 これから始まる戦を予感しているかのように。


 資能が船へ乗り込む。


 経資も続く。


 そして。


 ステフ。


 船縁に立ち、壱岐の方向を見る。


 遠い。


 だが。


 確かに、そこにある。


 資時が死んだ島。


 守ろうとした島。


「出せぇ!!」


 怒号。


 船が動き出す。


 波を割る。


 壱岐へ向けて。


 奪還戦へ向けて。


 老将・少弐資能最後の戦が、始まろうとしていた。

セミの思い出は、この章でどうしても入れたかった場面でした。


資能にとって資時は、ただの跡継ぎではなく、本当に可愛い孫だったのだと思います。

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