崩れる波
二日目の戦い。
元軍の物量と集団戦法が、少しずつ壱岐を呑み込んでいきます。
そして――資時に悲劇が訪れます。
夜が明けた。
冷たい朝の空気が、浜を包んでいる。
昨日の戦の痕は、まだそこにあった。
焼け焦げた軍船。
黒く染まった砂。
血の匂い。
だが――
それを覆い尽くすように、海の向こうには無数の影が並んでいる。
蒙古の軍船。
昨日よりも、近い。
(来る)
丘の上で双眼鏡を構えたステフは、小さく息を吐いた。
今日は違う。
もう、様子見ではない。
本気で潰しに来る。
そのとき――
動いた。
軍船が、一斉に浜へと向かう。
波を切り、数を増やしながら迫ってくる。
(数が違う……)
昨日の四隻とは比べ物にならない。
十、二十――それ以上。
浜を埋め尽くす勢い。
だが、ステフは視線を逸らさない。
(やることは同じ)
昨日、資時と決めた。
ただの力比べでは勝てない。
ならば――
潰すべきは“頭”。
浜。
資時は馬上で軍勢を見据えていた。
すでに覚悟は決まっている。
恐怖はある。
だが、昨日の夜で、それと向き合った。
逃げないと決めた。
(来い)
静かに思う。
そして――
軍船が浜に到達した。
次々と兵が降り立つ。
隊列が広がる。
その中に、明らかに異なる装いの者たちがいる。
装飾の多い鎧。
周囲を従える立ち位置。
(あれが……)
指揮官。
丘の上。
ステフも、それを捉えていた。
(見つけた)
自動小銃を構える。
照準を合わせる。
呼吸を止める。
距離はある。
風もある。
だが――
(いける)
引き金を引く。
乾いた音。
弾丸が飛ぶ。
一人。
指揮官の身体が崩れる。
周囲がざわめく。
(次)
もう一人。
撃つ。
倒れる。
さらに。
もう一発。
確実に、指揮官だけを狙う。
浜。
「今だ!」
資時が叫ぶ。
弓が一斉に引かれる。
和弓の弦が鳴る。
放たれた矢が、空を裂く。
狙いは同じ。
指揮官。
次々に射抜かれる。
倒れる。
統率が揺らぐ。
「かかれ!」
騎馬武者が突撃する。
砂を蹴り、敵陣へ突っ込む。
混乱した敵に、刃が叩き込まれる。
歩兵も続く。
槍が突き出される。
刀が振るわれる。
隊列は崩れる。
押し返す。
押し返す。
押し返す。
(いける!)
一瞬、そう思えた。
だが――
終わらない。
次の波。
さらにその後ろ。
また新たな兵が上陸する。
指揮官が倒れても。
次が出てくる。
また倒す。
また現れる。
繰り返し。
終わりがない。
(……くそ)
ステフは歯を食いしばる。
弾は有限。
敵は無限のように湧いてくる。
浜。
資時は刀を振るいながら、それを理解していた。
(数が……多すぎる)
一度押し返す。
だが、すぐに埋められる。
また押す。
また来る。
まるで波だ。
切っても、切っても。
次が来る。
「退くな!」
叫ぶ。
だが、味方の数は確実に減っている。
疲労も蓄積していく。
呼吸が荒くなる。
腕が重くなる。
(まだだ……!)
踏みとどまる。
だが――
その瞬間。
鋭い痛みが走った。
「――っ!」
肩。
矢が突き刺さっていた。
蒙古の弓。
深く食い込んでいる。
血が滲む。
だが。
資時は歯を食いしばり――
そのまま矢を折った。
「問題ない!」
叫ぶ。
馬に飛び乗る。
意識を切らさない。
(まだ戦える)
そう思った。
だが、違った。
戦場は、すでに限界だった。
「資時様! これ以上は!」
家臣の声。
周囲を見る。
押されている。
明らかに。
このままでは、全滅する。
資時は一瞬だけ目を閉じ――
そして決断する。
「……退く!」
声が響く。
「島の奥へ退くぞ!」
丘の上。
「――撤退!?」
ステフが叫ぶ。
双眼鏡越しに、流れが変わったのが分かる。
武士たちが後退を始める。
だが、それは崩壊ではない。
統制された撤退。
資時の指示だ。
(生き残る判断……!)
ステフは銃を背負い、丘を駆け下りる。
合流しなければ。
浜から内陸へ。
武士たちは後退しながら戦う。
振り返り、敵を斬り。
また下がる。
だが、追撃は激しい。
数で押してくる。
止まらない。
逃げるしかない。
「資時!」
ステフが追いつく。
馬上の資時。
その肩から血が流れている。
「怪我してる!」
「問題ない」
即答。
顔色は悪くない。
意識もはっきりしている。
手綱も握れている。
「本当に大丈夫!?」
「動ける」
短い言葉。
それで十分だった。
(……よかった)
ステフは安堵する。
致命傷ではない。
まだ戦える。
まだ生きている。
だが。
その矢には――
毒が塗られていた。
じわじわと。
確実に。
資時の体を蝕み始めていた。
まだ、誰も気づいていない。
資時自身でさえ。
戦は、終わっていない。
むしろ――
ここからが、本当の地獄だった。
毒矢という展開は、史実の「徐々に追い詰められる壱岐勢」を意識しています。
まだ戦える。
けれど確実に死へ向かっている。
そんな資時を書きました。




