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夜の静けさ

束の間の勝利。

そして、戦の合間に見える十九歳の素顔。


今回は戦闘よりも、人間ドラマ重視です。

 浜は、静まり返っていた。


 昼間の喧騒が嘘のように、波の音だけが残る。


 焼け落ちた蒙古の軍船は、黒い影となって浅瀬に横たわっている。

 焦げた木の匂いと、血の匂いが、まだ風に混じっていた。


 だが――


 次の波は来なかった。


 沖に浮かぶ無数の軍船は、距離を取ったまま動かない。


 まるで、こちらを測るように。


(……警戒してる)


 丘の上からそれを見ていたステフは、小さく息を吐いた。


 手榴弾。


 あの爆発。


 あれが効いた。


 予想外の攻撃に、相手は足を止めた。


(時間を稼いだ)


 だが、それだけだ。


 終わったわけじゃない。


 むしろ――


(本番はこれから)


 夜。


 館では、灯りがともされていた。


 武士たちが集まり、酒が振る舞われる。


「よくやった!」


「見事な戦ぶりよ!」


「蒙古を退けたぞ!」


 声が上がる。


 笑いが弾ける。


 杯がぶつかる音。


 まるで勝ち戦の宴のようだった。


 だが、それが“つかの間”であることを、誰もがどこかで理解している。


 だからこそ――


 今だけは、笑う。


 今だけは、忘れる。


 ステフもその中にいた。


 杯を持たされ、強引に飲まされる。


「異人殿も飲め!」


「今宵は祝いだ!」


「おぉ、強いではないか!」


 笑いに包まれる。


 だが、アルコールの熱とは別に、胸の奥がざわついていた。


(……資時は?)


 気づく。


 あの少年の姿がない。


 ついさっきまで、確かにいたはずなのに。


 周囲を見回す。


 いない。


(どこ行ったんだよ……)


 胸騒ぎがした。


 ステフは静かに席を立つ。


 誰にも気づかれぬよう、館を出た。


 外は、冷たい夜気に包まれていた。


 月が、海を照らしている。


 波は静かだ。


 あまりにも静かすぎる。


(……いるとしたら)


 自然と足は浜へ向かう。


 そして――


 見つけた。


 波打ち際に、一人の影。


 資時だった。


 背を向け、海を見ている。


 動かない。


 声もない。


 ただ、立っている。


 ステフはゆっくり近づく。


 足音を立てないように。


 そして、気づく。


(……震えてる)


 資時の手が、わずかに震えていた。


 抑えようとしている。


 だが、止まらない。


 その背中は、昼間の姿とはまるで違った。


 武士ではない。


 指揮官でもない。


 ただの――


 一人の若者だった。


「……資時」


 小さく呼ぶ。


 資時の肩がわずかに揺れる。


 だが、振り向かない。


「見ていたのか」


 静かな声。


「うん」


 ステフは正直に答える。


 沈黙。


 波の音だけが続く。


 やがて。


「……みっともないな」


 資時が言った。


「そんなことない」


 即答だった。


「怖いんだろ」


 資時は何も言わない。


 だが、その沈黙が答えだった。


「当たり前だよ」


 ステフは一歩近づく。


「死ぬかもしれないんだ」


「怖くない方がおかしい」


 資時の手の震えが、少し強くなる。


「……武士は」


 絞り出すような声。


「武士は、恐れてはならぬ」


「誰が決めたの」


 即座に返す。


 資時は言葉を失う。


「そんなの、ただの理想だよ」


 さらに一歩近づく。


「人間は怖がる」


「それが普通」


 そして――


 ステフは、後ろからそっと腕を回した。


 資時の身体を、抱きしめる。


 一瞬、資時の身体が強張る。


 だが、振りほどこうとはしない。


「……何を」


「いいから」


 ステフは優しく言う。


 片手で、資時の頭に触れる。


 ゆっくりと撫でる。


 子どもをあやすように。


 優しく。


 静かに。


「よくやったよ」


 小さく囁く。


「今日、あんたがいなかったら」


「みんな死んでた」


 資時は何も言わない。


 だが、呼吸がわずかに乱れる。


「すごかったよ」


「ちゃんと戦ってた」


「逃げなかった」


 撫で続ける。


 優しく。


 繰り返し。


「だからさ」


 ステフは少しだけ力を込める。


「今くらい、弱くなっていい」


 沈黙。


 波の音。


 夜の風。


 やがて――


 資時の身体から、わずかに力が抜けた。


 肩の緊張がほどける。


 震えは、まだ止まらない。


 だが、それを隠そうとはしなくなった。


「……怖い」


 ぽつりと。


 初めて、言葉になった。


「うん」


 ステフは頷く。


「俺は……死ぬのが怖い」


「うん」


「だが……逃げたくはない」


 その言葉に、ステフは目を閉じる。


(……ああ)


 理解する。


 この子は――


 戦おうとしている。


 恐怖を抱えたまま。


 逃げずに。


「知ってる」


 優しく答える。


 撫で続ける。


 しばらくして。


 資時が小さく息を吐いた。


 震えは、少しだけ収まっていた。


「……すまぬ」


「なんで謝るの」


「見せるべきではない姿だ」


「違うよ」


 ステフは首を振る。


「それが本当の姿」


 資時は黙る。


「武士の前に、人間でしょ」


 その言葉に、資時はゆっくりと目を閉じた。


 しばらくして――


「……そうかもしれぬな」


 小さく、そう言った。


 夜は、静かに更けていく。


 遠くの海には、無数の軍船。


 まだ動かない。


 だが、それは嵐の前の静けさだった。


 ステフは資時の背に額を預ける。


(……守りたい)


 ふと、そう思う。


 任務でも、使命でもない。


 ただの感情。


 弟のような。


 それでいて――


 それ以上の、何か。


 その情は、確かに深くなっていた。


 やがて夜が明ける。


 新しい戦いが、始まる。


 消耗戦。


 逃げ場のない戦い。


 その前の、わずかな静けさ。


 二人だけが知る時間は、静かに終わりを迎えようとしていた。

武士だから強いのではなく、怖くても戦うから武士。


資時の「人間らしさ」を描きたかった回でした。

ステフの感情も、このあたりから大きく変わり始めます。

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