表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/12

浜の火

遂に蒙古襲来。

壱岐の浜辺で、少弐資時たちは四万の元軍を迎え撃ちます。


史実の絶望感を意識しながら書きました。

 丘の上は、静まり返っていた。


 風が草を揺らす音だけが、耳に残る。


 ステフは腹ばいになり、双眼鏡を構えていた。


 視線の先は、海。


(……まだか)


 時間の感覚が曖昧になる。


 だが――


(来た)


 水平線の向こうに、影が浮かぶ。


 軍船。


 一つ、二つと増えていく。


 やがて、それは確かな“群れ”となる。


 ステフは呼吸を整えた。


 焦るな。


 すべては一瞬で決まる。


 一方、浜。


 少弐資時は、馬上で海を見ていた。


 波は静かだ。


 だが、その向こうから来るものは、静寂とは無縁のもの。


 死。


 破壊。


 蹂躙。


 それを、資時は知っている。


(……七年前)


 脳裏に、焼きついた光景が蘇る。


 文永の役。


 壱岐は、守られなかった。


 蒙古の軍勢が押し寄せ――


 村は焼かれ。


 人は斬られ。


 女子供さえ、容赦なく殺された。


 そのとき、自分はまだ十二。


 何もできなかった。


 ただ、遠くから報せを聞き――


 そして、見た。


 帰還した者たちの顔を。


 祖父の顔。


 父、景資の顔。


 責める声。


 罵る声。


「なぜ助けなかった」


「見殺しにしたのか」


 民の怒りは当然だった。


 だが、それは武士たちにも向けられた。


 幼かった資時にも。


 同じ年頃の武士たちが、視線を逸らす。


 あるいは、露骨に距離を取る。


 言葉はなくとも、伝わるものがあった。


 ――お前たちは守れなかった。


(……あのとき)


 胸の奥が、わずかに軋む。


 悔しさか、怒りか、それとも――


 ただの無力さか。


 分からない。


 だが、一つだけは確かだ。


(もう、同じことは繰り返さぬ)


 資時はゆっくりと息を吐いた。


 海を見る。


 迫り来る軍船。


 圧倒的な数。


 勝てるとは思わない。


 それでも。


(死に時は今)


 静かに思う。


(死ぬなら、この壱岐にて)


 逃げるつもりはない。


 生き延びることも、もはや望まぬ。


 ただ――


 ここで、終わる。


 それでいい。


 それで、ようやく。


 あの時の借りを、返せる。


 資時は手綱を握る。


 指先は震えていない。


 恐怖はある。


 だが、それを押し潰す覚悟があった。


「……来るぞ」


 低く呟く。


 周囲の武士たちも、海を見る。


 誰も声を上げない。


 だが、その沈黙は――逃げではない。


 戦う者の沈黙だった。


 丘の上。


 ステフは双眼鏡を覗き続けていた。


 先頭の軍船が浜へ近づく。


(……四隻)


 先遣隊。


 想定通りだ。


 船が浅瀬に乗り上げる。


 兵が降り始める。


 革鎧、鉄の兜。


 統率された動き。


 次々に浜へ展開していく。


(……まだ)


 ステフは息を止める。


 全員が上がるまで。


 船に残っていては意味がない。


 浜に兵が増える。


 隊列を整えようとする。


(……今だ)


 ステフは立ち上がる。


 手榴弾を握る。


 ピンに指をかける。


 その瞬間、口元が歪む。


「私のいる時代じゃ、日本はおもてなしの国だったね」


 小さく呟く。


 視線の先には、無防備な軍船。


 帰るはずの場所。


 だが今日は違う。


 ピンを抜く。


「最高の想い出にしてやるよ!」


 腕を振り抜く。


 手榴弾が弧を描く。


 一つ。


 二つ。


 三つ――


 船へ。


 退路へ。


 叩き込む。


 一瞬の静寂。


 そして――


 轟音。


 爆発。


 火と煙が噴き上がる。


 木造の軍船が内側から裂ける。


 破片が飛び散り、炎が広がる。


 別の船でも爆発。


 連鎖する炎。


 浜。


 資時の目の前で、それは起きた。


 轟音。


 炎。


 破裂。


 見たことのない破壊。


「――なっ」


 一瞬だけ、驚愕が走る。


 だが――すぐに理解する。


(ステフか)


 計画通り。


 退路は断たれた。


 蒙古兵たちが振り返る。


 叫ぶ。


 混乱する。


 海へ戻ろうとする。


 だが――船は燃えている。


 戻れない。


 逃げ場がない。


(今だ)


 資時は刀を抜いた。


「かかれぇぇぇッ!!」


 号令が響く。


 騎馬武者が駆ける。


 砂を蹴り、突撃。


 弓が引かれる。


 放たれる。


 矢が空を裂く。


 次々に敵へ突き刺さる。


 崩れる隊列。


 さらに――


 歩兵が突入。


 槍が突き出される。


 刀が振るわれる。


 混乱した敵に、容赦なく叩き込まれる。


 資時も馬を進める。


 矢を放つ。


 一射で一人。


 確実に倒す。


 距離が詰まる。


 刀を振るう。


 一閃。


 敵が倒れる。


(これが……戦)


 血が飛ぶ。


 叫びが響く。


 だが、止まらない。


(これでいい)


 それでいい。


 逃げない。


 ただ、戦う。


 それが――今の自分のすべてだ。


 やがて。


 浜は静まり返る。


 倒れ伏す兵。


 燃え続ける船。


 血と煙の匂い。


 初戦は――大勝だった。


 だが。


(……終わりじゃない)


 丘の上で、ステフは双眼鏡を構え直す。


 海を見る。


 そして――


 息を呑む。


(……なんだよ、これ)


 無数の船。


 四隻など、比較にならない。


 水平線を埋め尽くす軍船。


 第二陣。


 第三陣。


 そのさらに後ろにも続く影。


 海が黒く染まっているようだった。


 浜でも、ざわめきが広がる。


 資時は馬上から、それを見る。


 理解する。


(……これが、本隊か)


 先ほどの勝利。


 それは、ただの“入口”に過ぎない。


 だが――


 資時の目は、揺れなかった。


 むしろ、静かに定まっていく。


(よい)


 心の奥で、何かが決まる。


(ここで死ぬ)


 それでいい。


 逃げずに。


 この地で。


 それが、自分の選んだ道だ。


 ステフは手の中の手榴弾を見る。


 数は限られている。


(……ここからが本番だ)


 勝利のあとに来る、絶望。


 だが、それでも。


 戦うしかない。


 燃える船の向こうから――


 次の軍船が、すでに迫っていた。

「私のいる時代じゃ、日本はおもてなしの国だったね」


この台詞はかなり気に入っています。


最初の勝利はあくまで“序章”。

ここから本当の地獄が始まります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ