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虹の向こう

 いつも読んでいただきありがとうございます!


 鷹島決戦、そして神風――。


 長く続いた弘安の役編も、ひとつの大きな区切りを迎えました。


 今回の第21話では、

 「戦いが終わった後」

 を描いています。


 勝ったはずなのに、

 失ったものはあまりにも大きい。


 資時。

 資能。

 壱岐で散っていった多くの武士や民たち。


 そしてステフ自身も、

 戦いの中で大きく変わってしまいました。


 今回のテーマは、

 「別れ」と「帰還」です。


 ぜひ最後まで読んでいただけたら嬉しいです!

 戦は終わった。


 弘安四年。


 蒙古襲来。


 世界最強を誇った元帝国の大遠征は、九州の海で砕け散った。


 鷹島には、まだ焼け焦げた船の臭いが残っていた。


 海には無数の残骸が漂い、浜辺には討ち捨てられた武器や鎧が転がっている。


 だが。


 武士たちの顔には、確かな安堵があった。


「終わったな……」


 誰かが呟く。


 少弐景資は腕を組み、静かに海を見つめていた。


 その横で、経資が低く言う。


「……景資」


「うむ」


 二人の視線は、同じ人物を探していた。


 ステフ。


 壱岐に現れた異国の女兵士。


 資時と共に戦い。


 壱岐を守り。


 景資を殴り飛ばし。


 武士たちを鼓舞し。


 そして――神風を予言した女。


「聖母宮に隠れると言っていたな」


 景資が呟く。


 松浦党の女武者たちも頷いた。


「迎えに行かねぇと」


「神様扱いしたまま放置は寝覚め悪いしな」


「絶対怒ってるぞ、あいつ」


 わずかな笑いが起きる。


 だが。


 誰もがどこか落ち着かなかった。


 あの嵐。


 あの演説。


 あの存在感。


 本当に、ただの異人だったのか。


 数日後。


 経資、景資、そして松浦党の女武者たちは壱岐へ渡った。


 壱岐は、まだ戦の傷跡が色濃く残っていた。


 焼けた家。


 崩れた砦。


 そして、新しく作られた墓。


 経資は、資時の墓の前でしばらく立ち止まった。


「……帰ったぞ、資時」


 風が吹く。


 その後、一行は聖母宮へ向かった。


 だが。


 いくら探しても、ステフはいなかった。


「おーい!!」


「異人!!」


「ステフー!!」


 松浦党の女武者たちが叫ぶ。


 だが、返事はない。


 社の中。


 裏山。


 海岸。


 どこにも、いない。


「おかしいな……」


「嵐の後に出ていったのか?」


 景資は黙って社殿を見上げる。


 その時だった。


「あ……」


 一人の女武者が空を見上げた。


 全員が視線を向ける。


 空に。


 大きな虹がかかっていた。


 壱岐の海と空を繋ぐような、美しい虹。


 誰も言葉を発さない。


 波の音だけが響く。


 やがて。


 経資が小さく呟いた。


「……本当に」


「神の使いだったのかもしれんな」


 景資も、否定しなかった。


 松浦党の女武者たちも、ただ虹を見つめていた。


 壱岐に突然現れ。


 若き武士を支え。


 国を守れと叫び。


 神風を予言し。


 そして、消えた。


 まるで。


 本当に。


 神功皇后の化身のように。


     ◆


 ――現代。


「っ……」


 ステフはゆっくり目を開けた。


 白い天井。


 薬品の臭い。


 機械音。


「……え?」


 ぼやけた視界。


 そして。


 見慣れた蛍光灯。


「ここ……」


 混乱する。


 体を起こそうとした瞬間。


「無理するな!」


 慌てた声。


 振り向くと、迷彩服姿の男がいた。


「軍医を呼べ!」


「意識戻りました!」


 ステフは呆然とする。


 軍服。


 現代の病院。


 そして、自分の腕には点滴。


「……病院?」


 男が驚いた顔をする。


「お前、覚えてないのか?」


「壱岐で倒れてたんだぞ」


 壱岐。


 その言葉に、ステフの心臓が跳ねた。


「……え?」


「聖母宮の近くで倒れてた」


「演習中に行方不明になって三日だ」


 三日。


 ステフの顔から血の気が引く。


(……三日?)


 自分は。


 何ヶ月も戦っていた。


 資時と出会い。


 壱岐で戦い。


 博多へ渡り。


 神風を見た。


 なのに。


 現代では、たった三日。


「そんな……」


 震える声。


 その時。


 病室の扉が開いた。


「お、目ぇ覚めた?」


 入ってきたのは、同僚の女兵士だった。


 レベッカ。


 陽気で面倒見のいい同僚だ。


「心配したんだからね、あんた」


 そう言って、レベッカはベッド横の椅子に腰掛けた。


「なんかうなされてたらしいし」


「サムライがどうとか、蒙古がどうとか」


 ステフは息を呑む。


(……夢?)


 本当に。


 全部夢だったのか。


 資時も。


 壱岐も。


 神風も。


 ぼんやりする頭で考えていると、レベッカが小さな布包みを取り出した。


「そういや、こんなの懐に入ってたけど」


 布を開く。


「どっかの土産屋で買ったの?」


「この短刀」


 その瞬間。


 ステフの呼吸が止まった。


「……!」


 それは。


 資時の脇差だった。


 見間違えるはずがない。


 何度も触れた。


 何度も握った。


 あの日。


 壱岐で。


 資時が形見として託してくれたもの。


 ステフは震える手で、それを受け取る。


「……そいつは」


 声が震える。


「私の宝物なんだ」


 ぎゅっと脇差を抱きしめる。


「……あってよかった」


 ぽろりと涙が落ちた。


 レベッカが少し驚いた顔をする。


「そんな大事なもんなの?」


 ステフは答えない。


 ただ。


 脳裏に、あの笑顔が浮かぶ。


 色白で。


 端正な顔立ちをした。


 どこか悲しそうな目をした十九歳の武士。


『鎌倉武士の強さを蒙古に思い知らせてほしい……』


「……ばか」


 涙が止まらなかった。


 窓の外。


 雨上がりの空に、小さな虹がかかっていた。

 第21話を読んでいただきありがとうございました!


 今回は、

 「神風の後」

 を意識して描きました。


 歴史として見れば、

 弘安の役は日本側の勝利です。


 ですが実際には、

 壱岐や対馬では多くの命が失われ、

 生き残った人々の心にも深い傷が残りました。


 だからこそ今回、

 派手な戦闘ではなく、

 “静かな余韻”

 を大切にしています。


 そして現代へ戻ったステフ。


 ですが、

 本当にすべて終わったのか――。


 資時との出会い。

 壱岐での日々。

 そして彼から受け継いだ脇差。


 それらは、彼女の中から消えることはありません。

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