七百年越しに守るもの
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
ついに最終話です。
壱岐で始まった、小さな出会い。
異国の女兵士と、
十九歳の若き鎌倉武士。
最初は敵同士のようだった二人が、
共に戦い、
共に泣き、
多くの命を見送りながら、
七百年前の日本を駆け抜けてきました。
この物語を書きながら、
「国を守る」とは何か、
「誇り」とは何か、
そして、
「人が人を想う気持ちは時代を超えるのか」
ということをずっと考えていました。
軍の病院。
「だからさ、あの上官ほんっと最悪なんだって!」
レベッカはリンゴをかじりながら愚痴を続けていた。
「自分でミスしたくせに、“誰かフォローできなかったのか”とか言い出してさ!」
「はは……」
ステフは苦笑する。
窓の外は穏やかな青空だった。
点滴も外れ、体調はほぼ回復している。
けれど。
心だけは、まだ七百年前に置いてきたままだった。
壱岐。
博多。
鷹島。
そして。
少弐資時。
「……ねぇ」
レベッカがふと真面目な顔になる。
「正直さ」
「自分の国でもないのに、日本のために命張るとか、割に合わなくない?」
ステフは少し黙った。
枕元には、あの脇差が置かれている。
資時が遺したもの。
ステフはそっと脇差に触れた。
「……私は案外、嫌じゃないよ」
「ん?」
「誇りを大事にする連中と、一緒に戦うの」
レベッカは目を丸くする。
「うわ、なんか映画みたいなこと言い出した」
「うるさい」
二人は笑った。
だが。
ステフの胸には、確かなものが残っていた。
恐怖で震えながらも逃げなかった若者。
家族を守るために戦った武士たち。
意地を張りながら、それでも国を守ろうとした人々。
戦争は綺麗じゃない。
むしろ醜く、残酷だ。
それでも。
命を懸けて守ろうとするものが、人にはある。
◆
数週間後。
ステフは壱岐を訪れていた。
潮風。
海の匂い。
どこか懐かしい。
「……変な感じ」
初めて来たはずなのに。
帰ってきたような感覚がした。
聖母宮。
砦跡。
七百年前、確かに自分が立っていた場所。
そして最後に、ステフは小さな神社へ向かった。
少弐資時を祀る社。
地元では、
“壱岐を守った若武者”
として語り継がれているらしい。
ステフは賽銭を入れ、小さく笑う。
「……神様になったのか」
「出世したもんだね、資時」
その時。
風が吹いた。
ふわり、と香の匂いが漂う。
あの夜。
資時が死を覚悟し、香を焚いていた時と同じ香り。
ステフは反射的に振り向いた。
そこに、一人の青年が立っていた。
色白で。
端正な顔立ち。
そして。
どこか優しそうな目。
心臓が跳ねる。
「……資時?」
思わず漏れた声。
青年は少し驚いた顔をした。
「え?」
「すみません、人違いでした?」
「あ……ごめん」
ステフは慌てて首を振る。
青年は苦笑した。
「俺、この神社の研究で来てるんです」
「研究?」
「はい。大学で中世史を専攻してて」
「特に元寇関係を調べてます」
ステフは思わず青年を見つめた。
似ている。
顔だけじゃない。
雰囲気が。
青年は神社を見上げながら続けた。
「この辺、面白い伝承が多いんですよ」
「伝承?」
「弘安の役の時、八幡神の化身が壱岐に現れたって話です」
ステフの鼓動が止まりそうになる。
「……!」
「白い装束をまとった異国の女だったらしくて」
「若い武士と共に戦って、神風を予言したとか」
ステフは思わず身を乗り出した。
「その話、詳しく聞かせて!」
青年が少し驚く。
「え、あ、はい」
「特に松浦党の土地で強く残ってる伝承なんです」
「神功皇后の再来だったんじゃないか、って語られてて」
ステフは呆然とした。
七百年。
あの戦いが。
あの人たちが。
ちゃんと、この国に残っている。
忘れられていない。
青年は少し笑った。
「もちろん史実かどうかはわからないですけど」
「でも、俺はこういう話、結構好きなんですよね」
その笑顔が。
本当に資時によく似ていた。
◆
それから。
ステフは何度も壱岐を訪れるようになった。
青年――
神崎透という名前だった。
二人は一緒に史跡を巡り。
資料館へ行き。
時には海を見ながら話した。
「少弐資時って、十九歳で戦死してるんですよね」
透が資料を見ながら呟く。
「若すぎるなぁ……」
ステフは静かに海を見る。
「……うん」
「でも、すごく立派な奴だったよ」
透は少し不思議そうに笑う。
「見てきたみたいに言いますね」
「まぁね」
ステフも笑った。
潮風が吹く。
海の向こう。
七百年前の空が、そこに重なる気がした。
ステフは思う。
あの戦いで、自分は何を得たのか。
国を守る意味。
誇り。
命の重さ。
軍人として、ずっとわからなかったもの。
だが。
あの時代の人々は、命を懸けて教えてくれた。
守るべきものは、
大義名分なんかじゃない。
隣で笑う誰か。
帰りたい場所。
生きていてほしい人。
そのために、人は戦うのだと。
そして。
それは七百年経っても、きっと変わらない。
ステフは脇差に触れる。
資時の形見。
「……見てる?」
小さく呟く。
風が吹いた。
ふわりと香が香る。
まるで。
『ああ』
そう返事をされた気がした。
空は青く晴れていた。
壱岐の海は、今日も静かだった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
長かった弘安の役の物語も、
これで完結です。
この作品では、
単なる「歴史IF」や「タイムスリップもの」ではなく、
“時代を超えて受け継がれる想い”
を描きたいと思っていました。
少弐資時という若武者。
少弐資能という老将。
景資、経資、松浦党、草野たち。
彼らは皆、
誇りや意地や守りたいもののために戦いました。
そしてステフは、
そんな彼らとの出会いを通して、
軍人として本当に大切なものを知っていきます。
最後、
資時にそっくりな青年を登場させたのは、
転生を断言したかったわけではありません。
ただ、
人の想いや魂は、
時代を超えてどこかに残っていくのではないか。
そんな余韻を残したくて描きました。
また、
壱岐・対馬・博多・鷹島など、
実際に今も史跡や伝承が残る土地を舞台にしているため、
少しでも「元寇」や鎌倉武士たちに興味を持っていただけたなら、とても嬉しいです。
ここまでステフたちの旅に付き合ってくださり、
本当にありがとうございました。
もし面白かったと思っていただけたら、
ブックマーク・評価・感想などいただけると、とても励みになります。
それでは――
また別の物語でお会いできたら嬉しいです。
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