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18/22

神風の悪戯

いつも読んでいただきありがとうございます!


 今回は、激しい海戦の合間の“束の間の休息回”です。

 ですが、ただ休むだけでは終わりません。


 松浦党の女武者たちとの交流、

 八幡神信仰と神功皇后伝説、

 そして――「神風」。


 歴史を知るステフだからこそ口にできる“未来”と、

 海で生きてきた松浦党だからこそ感じ取れる“海の異変”。


 戦の中で少しずつ絆を深めていく女たちの空気感も楽しんでいただければ嬉しいです!


 また、今回は少しコミカル寄りな空気も入れています。

 ずっと重苦しい戦いが続いていたので、読者の皆様にも少し息抜きをしていただければと思います。


 それでは、第18話をお楽しみください!

 日が落ち始めた頃。


 松浦党の小舟は、入り江へ静かに滑り込んだ。


 鷹島近くの小さな浜。


 周囲を岩場と林に囲まれた、人目につかぬ場所だった。


「今日はここまでだ!」


 女武者の一人が声を張る。


 ようやく休める。


 そう思った瞬間、ステフは全身から力が抜けた。


「うわ……」


 砂浜へ座り込む。


 足が震えていた。


 夜襲。


 海戦。


 炎。


 血。


 叫び声。


 ここ数日、まともに眠っていない。


「異人もさすがに限界か?」


「限界」


 即答すると、女武者たちが笑った。


「はははっ! 正直でよろしい!」


 やがて焚き火が起こされる。


 米を炊く匂い。


 魚を焼く匂い。


 潮風に混じり、香ばしい香りが漂う。


 それだけで、ステフの腹が鳴った。


「腹減った……」


「そりゃ生きてる証拠だ」


 渡されたのは、質素な食事だった。


 麦飯。


 味噌。


 漬物。


 めざし。


 それだけ。


「……地味」


 思わず呟くと、女武者たちが吹き出した。


「贅沢言うな!」


「戦の最中だぞ!」


 だが。


 一口食べた瞬間。


 ステフは目を見開いた。


「……美味しい」


 麦飯の素朴な甘み。


 塩気の強い味噌。


 焼いためざしの香ばしさ。


 漬物の酸味。


 現代日本の豪華な料理ではない。


 けれど。


 疲れ切った体には、不思議なほど染みた。


「なんか……落ち着く」


 ステフがぽつりと呟く。


 女武者の一人が笑う。


「そりゃよかった」


「海の上じゃ、ろくなもん食えねぇからな」


 焚き火を囲みながら。


 久しぶりの女同士の会話が始まった。


「異人の国って、やっぱ肉ばっか食うのか?」


「まあ、多いかな」


「しかし、見れば見るほど不思議な髪だなぁ」


「陽に透けると金みてぇだ」


「触っていいか?」


「どうぞ」


 恐る恐る髪に触れた女武者が目を丸くする。


「柔らけぇ……」


「海の向こうの人間って、本当にこんな髪してんのか」


「目も青いしなぁ」


「海みたいだ」


「蒙古の連中とも違う」


「……姫神様みてぇだな」


「それは盛りすぎ」


 笑いが起こる。


 戦場とは思えぬ穏やかな時間だった。


 女だけで話していると、不思議と心が軽くなる。


 ステフは、少しだけ現代へ戻った気分になっていた。


 その時だった。


 沖を見ていた女武者の一人が眉をひそめる。


「……風向きが変わったな」


 別の女武者も頷く。


「波も高くなってる」


「潮の流れもおかしい」


 ステフは海を見る。


 黒い海。


 湿った風。


 重たい空気。


 その瞬間。


 脳裏に歴史の記憶が蘇った。


 ――弘安の役。


 ――元軍壊滅。


 ――神風。


 ステフは思わず立ち上がった。


「……来る」


「ん?」


 女武者たちが振り向く。


「神風が来る」


 その場が静まった。


「神風?」


「なんだそりゃ」


 ステフは海を見つめたまま言う。


「ものすごい嵐」


「海そのものが暴れる」


「船なんて、全部飲み込むくらいの」


 女武者たちは顔を見合わせた。


 冗談を言っている顔ではない。


「……お前、なんでそんなこと分かる」


「分かるんじゃない」


 ステフは呟く。


「知ってるんだ」


 歴史で。


 教わった。


 何百年も後の未来で。


 だが、そんなこと説明できるはずもない。


 ステフは誤魔化すように空を見上げた。


「……私の国じゃ、こういう空は危ないって言われてる」


 女武者たちは再び海を見る。


 海で生きてきた女たちだ。


 波。


 風。


 潮。


 その違和感は、確かに感じていた。


「……確かに、嫌な海だ」


「空気が重い」


「いつもの夏嵐じゃねぇな」


 一人が焚き火へ薪を放り込む。


「八幡神が荒ぶってるのかもな」


「八幡神?」


 ステフが聞き返す。


 女武者が頷いた。


「わたしたち松浦党は、代々八幡神を信仰してる」


「海へ出る前も」


「戦へ行く前も」


「必ず祈る」


「八幡神は武士の守り神だ」


「それに、神功皇后様もおられる」


「神功皇后?」


「昔、海を渡って異国を討った女帝様だ」


「対馬も壱岐も、この辺りの海はみんな神功皇后様の伝説が残ってる」


 ステフは思い出す。


 壱岐で見た神社。


「……聖母宮」


「ああ」


 女武者が頷く。


「あれも神功皇后様を祀ってる」


「壱岐も対馬も、松浦党の海も、皆ゆかりの地よ」


 そう言われて。


 女武者たちは改めてステフを見る。


 金髪。


 碧眼。


 白い肌。


 異国の女。


 しかも。


 海を越え、武器を持ち、蒙古と戦っている。


「……似てるな」


 一人がぽつりと呟く。


「え?」


「神功皇后様にだよ」


「いやいやいや!」


 ステフが即座に否定する。


「海の向こうから来た女」


「武勇がある」


「しかも嵐を言い当てる」


 女武者たちの顔が、だんだん悪戯っぽくなっていく。


「待って、その顔やめて」


「……面白ぇこと思いついた」


 年嵩の女武者がニヤリと笑った。


「異人、お前を“姫神の使い”にする」


「は?」


「この辺じゃ見ねぇ顔だろ」


「しかも神風を予言した」


「だったら武士どもに、“八幡神が遣わした姫神が現れた”って吹き込めばいい」


「絶対怒られる!!」


「大丈夫だって!」


「男ども、こういう話好きだから!」


「景資の顔見てぇなぁ!」


「竹崎とか真顔で拝みそう!」


「やめなさいって!」


 だが。


 女武者たちは本気だった。


「白い束帯持ってこい!」


「髪も整えろ!」


「異人、座れ!」


「ちょ、待っ――」


 無理やり座らされる。


 髪を梳かれる。


 金髪のウェーブが丁寧に整えられていく。


「綺麗な髪だなぁ……」


「月の光みてぇだ」


「肌も白ぇし、本当に神様っぽい」


 やがて。


 白い束帯が運ばれてきた。


 それを羽織らされた瞬間。


 女武者たちが一斉に黙る。


「……おい」


「これ、本当に姫神じゃねぇか?」


「やばいな……」


「ちょっと神々しい」


「やめて怖い!」


 焚き火の光に照らされる白装束。


 金髪。


 青い瞳。


 この時代では、確かに人ではない何かに見えた。


「よし決まりだ」


 年嵩の女武者が満足げに頷く。


「異人、お前は今から“八幡神の遣い”だ」


「嫌すぎる……」


「まず武士どもの前で“神風が来る”って言え」


「そのあと壱岐の聖母宮へ隠れる」


「男どもには、本当に神が現れたと思わせるんだよ!」


「絶対あとで怒られる!!」


「その時は逃げろ!」


「無責任!!」


 焚き火の周囲で笑い声が響く。


 だが。


 ステフはふと空を見上げた。


 夜空。


 重い風。


 荒れ始めた波。


(……本当に来る)


 神風。


 歴史を変えた大嵐。


 そして彼女は、まだ知らなかった。


 この悪戯が、やがて九州中の武士たちを巻き込み。


 本当に“神風”として語られることになるなど。

第18話を読んでいただきありがとうございました!


 今回は「神風」という弘安の役最大の要素へ向けた前振り回でもあります。


 ただ、単純に“台風が来て終わり”ではなく、

 当時の人々がそれをどう受け止めたのか、

 なぜ“神風”という伝説になったのかを、

 ステフという現代人視点と、八幡神を信仰する中世武士たちの価値観を通して描いてみました。


 また、松浦党の女武者たちとの掛け合いは書いていてかなり楽しかったです。

 命懸けの戦場だからこそ、こういう馬鹿騒ぎや悪戯が逆に人を支えていたのかもしれません。


 そして次回はいよいよ――

 “神風”前夜。


 歴史を知るステフ。

 神を信じる武士たち。

 海を知る松浦党。


 それぞれの想いが交差していきます。


 もし面白かったら、

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 次回もよろしくお願いします!

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