↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/22

海の民

今回の主役は「松浦党」。


海賊であり、水軍であり、武士でもある――海の民です。

 鷹島へ向かう海は、まるで戦そのものの匂いがした。


 潮の香り。


 焦げた木の臭い。


 血の臭い。


 そして、遠く水平線を埋め尽くす黒い影。


 元軍の大艦隊である。


 大小無数の船が海を進む中、松浦党の船団だけは異様だった。


 細い。


 軽い。


 速い。


 まるで魚の群れのように波間を滑っていく。


 大軍を乗せる軍船ではない。


 数人、多くても十数人ほどしか乗れぬ小舟。


 しかし、その小舟には、歴戦の武士たちが乗っていた。


 ステフは、その松浦党の船へ乗せられていた。


 櫂を握る女武者たちは、皆、日に焼けている。


 髪を無造作に束ね、腕には傷跡。


 鎧も統一されていない。


 だが、その目だけは鋭かった。


 海の上では、彼女たちは完全に別の生き物だった。


「異人、酔ってねぇか?」


 若い女武者が笑う。


「まだ平気」


 ステフが答えると、周囲が少し笑った。


「肝は据わってるみてぇだな」


「その金髪、波で目立ちすぎだけどな!」


「夜襲じゃ即バレだ!」


 豪快な笑い声。


 武士というより、漁師や海賊に近い。


 だが、それが妙に心地よかった。


 しばらくして。


 船上に静かな時間が訪れる。


 波の音だけが響く。


 年嵩の女武者が、不意に口を開いた。


「……文永の役を知ってるか」


 ステフは頷いた。


「昔の記録や話で、少しだけ」


「少し、か」


 女武者は苦く笑う。


「なら、知らねぇことを教えてやる」


 空気が変わった。


 先ほどまで笑っていた女たちの顔から、笑みが消える。


「七年前……蒙古は壱岐や対馬だけじゃなく、肥前の海沿いも襲った」


「わたしたち松浦党の村も焼かれた」


 静かな声。


 だが、その奥には押し殺した怒りがあった。


「女たちは捕まった」


 ステフの表情が固まる。


「蒙古の連中は、女の手の平に穴を開けた」


「……え」


「そこへ皮紐を通してな」


 女武者は淡々と言う。


「数珠つなぎにして、船の横へ吊るした」


 ステフの呼吸が止まる。


「逃げるなって見せしめさ」


 別の女武者が低く呟く。


「赤子も殺された」


「幼子もだ」


「泣き声がうるせぇってな」


 ステフの胃が締め付けられる。


 現代の戦争映画ですら、ここまで生々しいものはなかった。


「佐志房様も死んだ」


 女武者の一人が海を見つめたまま言う。


「息子たちも」


「孫たちも」


「親子三代、皆な」


 船が静まり返る。


 佐志房。


 松浦党の武士。


 文永の役で、一族と共に最前線へ立った男。


 圧倒的物量の元軍へ向かい、親子三代で戦い、そのまま討ち死にした。


「だが、あの人たちのおかげで、大宰府は備える時間を稼げた」


「わたしたちは、それを忘れちゃいねぇ」


 女武者たちの目に宿るもの。


 それは復讐だけではない。


 誇りだった。


 ステフは何も言えなかった。


 歴史として知っていた元寇。


 だが、目の前の彼女たちは、その地獄を生き抜いてきた人間だった。


 失った者たちだった。


「だから、わたしたちは戦う」


 女武者が言う。


「一族の仇を討つために」


「家族を殺した奴らを、海へ沈めるためにな」


 その時だった。


 見張りが叫ぶ。


「見えたぞ!!」


 ステフは立ち上がる。


 双眼鏡を覗く。


 そして――絶句した。


 海が消えていた。


 そこにあったのは、船。


 船。


 船。


 巨大な楼船。


 無数の帆。


 黒い艦影。


 旗。


 旗。


 旗。


 水平線まで埋め尽くされている。


「……っ」


 四千隻。


 海の上に巨大都市が浮かんでいるようだった。


「怖気づいたか、異人」


 女武者が笑う。


 ステフは双眼鏡を下ろし、乾いた笑みを浮かべた。


「正直、ドン引きしてる」


「はははっ!」


 船上に笑い声が広がる。


 だが、その直後。


 全員の目が変わった。


 獣の目。


「海じゃ、デカい船ほど動きが鈍い」


「つまり、的だ」


 次の瞬間。


 松浦党の船団が一斉に散開した。


「えっ!?」


 統率が崩れたように見える。


 だが違う。


 それぞれが別方向へ走っている。


 しかも異様に速い。


「行くぞ!!」


 波を裂き、小舟が元軍へ向かう。


 元軍の矢が飛ぶ。


 だが、小舟は楼船の真下へ潜り込んだ。


「矢が届かねぇ場所だ!!」


 女武者が叫ぶ。


 ステフは目を見開いた。


(死角を使ってる……!)


「鉤縄!!」


 鉤が投げられる。


 ガシャン、と船縁へ引っかかった。


 そして。


 松浦党の武士たちが猿のように一気に駆け上がる。


「うおおおおっ!!」


 甲板へ乱入。


 元軍が慌てる。


 だが。


 そこからが本当の地獄だった。


 狭い甲板。


 乱戦。


 集団戦法が得意な元軍は、この距離で力を発揮できない。


 てつはうも。


 矢の雨も。


 味方を巻き込む。


「死ねぇぇぇ!!」


 松浦党の武士が太刀を振るう。


 首が飛ぶ。


 血が舞う。


 槍を掴み、敵を引き寄せ、喉を裂く。


 個人戦。


 接近戦。


 そこでは鎌倉武士たちは異常な強さを発揮した。


「強すぎる……!」


 ステフが呟く。


 女武者が笑った。


「武士は、一対一なら化け物なんだよ」


 別の船では火が上がる。


 火攻め。


 帆へ火矢。


 油。


 炎が瞬く間に広がる。


「逃げろぉ!!」


 元軍が混乱する。


 夜になると、さらに恐ろしかった。


 闇夜。


 静かな海。


 そこへ、太鼓の音。


 矢。


 怒号。


 だが敵は現れない。


 また静かになる。


 そしてまた太鼓。


 矢。


 怒声。


「寝かせねぇんだよ」


 女武者が笑う。


「眠れねぇ兵は、そのうち狂う」


 さらに驚くべきは。


 松浦党には絶対的総大将がいないことだった。


 各一族。


 各小舟。


 それぞれが独自に動く。


 なのに。


 なぜか噛み合う。


 一隻の元船へ。


 四方八方から小舟が襲い掛かる。


「なんで連携取れてんのよ!?」


 ステフが叫ぶ。


「勘だ!!」


「勘でこんな動きする!?」


 女たちは爆笑した。


 さらに。


 彼らは海そのものを武器にしていた。


 浅瀬。


 岩礁。


 急流。


 巨大な元船を誘い込み、動けなくなったところを襲う。


「ここはわたしたちの庭だ」


 女武者が不敵に笑う。


 結果。


 元軍は動けなくなった。


 四千隻もの巨大艦隊。


 だが。


 博多湾へ攻め込むどころではない。


 鷹島近海で足止めされていた。


 燃える敵船。


 海へ落ちる兵士。


 怒号。


 悲鳴。


 その中でステフは呆然と呟く。


「……これ、本当に武士?」


 すると女武者が笑った。


「違うな」


 そして。


 太刀を肩へ担ぐ。


「わたしたちは海賊だ」

松浦党は調べれば調べるほど格好良く、どうしても力を入れてしまいました。


史実でも彼らの夜襲や海上戦は、元軍を大いに苦しめたと言われています。


ここから鷹島決戦へ向かっていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。